(この記事は、2022年11月28日に配信しました第360号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、クラシック音楽とコロナ禍についてです。
晩秋になり、都内の街路樹もだいぶ色づき始めていますが、今年は思ったよりも暖かい日もあり、例年よりも過ごしやすい気もしています。コロナが流行り始めてから3年が経ち、休校や休業、不要不急の外出の自粛から始まり、それが段々と緩和され、今ではコロナとの共生という流れになっています。ピアノ教室では、最初の1年は発表会やコンサートを中止にしましたが、その後は規模を縮小して少しずつ再開して今日に至っています。
コロナ禍で、クラシック音楽のコンサートなどを企画・運営している事業者は、どのように対応してきたのか、どのような苦労があったのかを伝えるインタビュー記事を見つけたので読んでみました。
クラシックのコンサートやリサイタルでは、ある程度の大きさのホールで多くの聴衆が集まり、演奏が終わるとブラボーなどと声を上げて拍手喝采で終わるという流れですから、コロナ禍の影響はかなり大きくなります。コロナ流行の最初の頃は、コンサートやリサイタルが中止となりましたが、その後、無観客で再開し、次に収容人数の50%を上限として観客を入れてよい事になり、少しずつ楽になったのかと思っていましたが、なかなか大変だったようです。お芝居は何回も公演がありますし、ポピュラー音楽のコンサートは大きな会場で行うので、普段の半分の観客でもなんとかなるのかもしれませんが、クラシック音楽のコンサートでは採算が取れないそうです。オーケストラ公演では、演奏者も多いですからなおさらです。
3回目の緊急事態宣言前には、日本クラシック音楽事業協会としては、これまでのコロナ対策をした上でコンサートなどの継続を要望したそうですが、「コンサートでクラスターが出ていないのは分かっているけれど、人の流れを止めないといけない」という事で、全面中止になったのだそうです。その後、緊急事態宣言の再延長の時に、コンサートなどは観客数の制限付きで行っても良いという緩和措置が取られました。しかし、これまでは全面中止で補償が付いていましたが、緩和措置で補償がなくなり、コンサートが開催できる嬉しさ半分、採算が取れない悲しさ半分という複雑な状況だったようです。
緊急事態宣言が解除されてからは、ウィーンフィルやベルリンフィルなどの海外のオーケストラの検証実験に基づいて、日本のオーケストラも再開しましたが、独自の基準を設けるため日本クラシック音楽事業協会と日本オーケストラ連盟、日本演奏連盟の3つの団体が一緒になって、NHK交響楽団や感染症の専門家たちと共に飛沫実験などを行ったそうです。普段は、それぞれ別々に活動をしている団体が、コロナ対策を機に集まって活動をしたというのですから、皮肉とも思えますし、ちょっと興味深いとも思えます。ちなみに実験結果は、トランペットやトロンボーンは2メートルほど前方に飛沫が飛ぶそうですが、その他の楽器はこれまで通りでも、ほぼ感染リスクが変わらなかったそうです。
このような検証実験を経て、ガイドラインを作ってコンサートを少しずつ再開し、現在では、かなりコロナ禍前のようにコンサートやリサイタルが開かれるようになりました。再開されて良かったと思っていましたが、その陰にこのような業界団体の苦労があるとは知りませんでした。しかし、その甲斐あって満席のコンサートもあるのですから、苦労が報われた面もあるでしょう。
コンサートが通常のスタイルで再開されますと、観客の中には、コロナ対策として座席の間隔を空けて座っていた頃の方がよかったという声を上げる方も少なくないそうです。1席ずつ開けて座ることで、隣の方を気にすることなくゆったりと音楽を楽しめるのですから、お客の立場に立つと断然その方がよいわけです。しかし、運営側からすると採算が取れませんから、今後は難しそうですが、ただ、例えばプレミアムコンサートのような企画は、個人的にはありかなとも思います。
クラシック業界も、このようにいろいろとコロナの影響を受けた訳ですが、コロナ禍だからこそ、先程挙げたようにこれまで別々に活動していたクラシック音楽の団体が結束したり、観客もそんな演奏家を応援しようという雰囲気があり、みんなで一体感を感じて行動できたことは大きな収穫だったそうです。
その一方で、通常に近い形でコンサートが開催されるようになると、ライブビューイングをお金を払って見て、演奏家を応援しようという聴衆が減っているそうで、熱気が冷めてきているとも言われます。演奏会が中止になっていた頃は、オンラインで地方のオーケストラの演奏を聴くなど話題になりましたが、今では聞かなくなった気がします。やはり、生で音楽を聴くことがコンサートやリサイタルの醍醐味ですから、その点でリアルなコンサートにはかなわないわけですが、演奏家の指運びや表情などのアップは、生のコンサートでは見ることができないのでオンラインの強みと言えます。オンラインならではのコンサートやリサイタルの更なる発展も期待したいものです。
また、コロナ禍により、チケットについても変化があります。以前は、ホールの入り口で、スタッフがチケットを確認してチケットのもぎりをしていましたが、接触を避けるために、自分でチケットのもぎりをして箱に入れるスタイルになりました。スタッフの人数を減らすこともできますから、これも一つの変化ですね。いっその事、紙のチケットを止めてスマホを活用する方法も検討されたそうですが、クラシックの聴衆は高齢者が多いので、スマホは難しいとの事で、チケットレスにはなっていないようです。
ライブビューイングやチケットレスは、コロナ禍だからこそ生まれたもので、クラシック音楽業界で失速しているのは残念だと書かれていました。航空券や展覧会、様々なイベントの入場券が、チケットレスになっていますし、ご高齢の方々がスマホを使いこなしている様子も見かけますから、かなり近い将来は、チケットレスになるのではないかと個人的には思いました。
きちんとコロナ対策を講じた上で、コロナと共生しながら音楽業界がより良い進化ができますよう、一人のクラシックファンとして応援していきたいと思います。
(この記事は、2022年10月17日に配信しました第357号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、絵画と音楽のお話です。
10月も半ばとなり、過ごしやすい気候となりました。行楽などお出かけにピッタリな季節ですね。街中では、だいぶ前からハロウィン関連のグッズや装飾を目にするようになり、すっかり秋を感じる風物詩の一つになった感じがします。
秋は、芸術の秋でもありますが、芸術は音楽だけでなく、美術や建築、服飾、文学、デザインなど実に様々です。音楽の世界では、作曲家たちが日夜、新しい音楽を生み出すべく奮闘しているわけですが、そのアイディアはどこからきているのか、どうやって音楽を作り出しているのか、疑問に思う事も少なくありません。ドレミファソラシという限られた音を使って、いろいろな作曲家が次々と新しい音楽を作り出し、一部似ている音楽はあるとしても、他の誰とも被ることなく新しい音楽を作り出すのですから、凄いなあと感心せずにはいられません。
ベートーヴェンは、散歩しながら構想を練り、ショパンは、外部の音を遮断した防音の部屋の中にこもって、悩みに悩んで何回も書き直しながら作曲をしていたそうです。シューベルトは、いつでもどこでもアイディアが降ってくるそうで、いつでもメモできるように、寝ている時も枕元にメモ帳を置き、眼鏡をかけて寝ていたとも言われています。友人達との会食中に急にひらめいて、テーブルクロスにメモを書き始めた事もあったそうです。
ベートーヴェンの散歩しながらというのは、少しかっこいい感じもしますし、ショパンはなんだか追い込まれた悲壮感のようなものを感じたり、シューベルトは、クラシックの作曲家の中では、若干地味な感じがしていましたが、実はこれぞ天才という人だったのかと思ったり、クラシックの作曲家も、それぞれ独自の作曲方法があったようです。
いずれの作曲家も、自己の内面と向き合うことで作曲活動している点は共通している気がしますが、それだけではなく、他のものとの関わりの中で音楽を生み出すきっかけを得ることも多かったようです。ショパンなどのロマン派の作曲家は、貴族のサロンで演奏していましたが、そのような場を通して当時の文豪や画家たちとの交流があり、いろいろと刺激を得て、作曲活動に役立てていたようです。
月刊ピアノ10月号には、「絵画と音楽」という特集が組まれていますが、これを見ますと、絵画からインスピレーションを得て生み出された音楽について、詳しく説明がされていました。
例えば、ボッティチェリの絵画に、「春」「東方三博士の礼拝」「ヴィーナスの誕生」という作品があります。どれも大変有名なので、ご存知の方も多いと思います。イタリア・ルネサンスの傑作です。この15世紀の3枚の絵画からインスピレーションを得て、同じイタリアの20世紀の音楽家レスピーギは、管弦楽の作品を作曲しました。タイトルは、そのままスバリ「ボッティチェリの3枚の絵」です。雑誌にはQRコードがあり、そこから視聴できますが、絵画を見て音楽を聴きますと、絵画のどの部分を表現したのかが分かったり、自分が絵画から得た印象との比較などもできて、とても面白い音楽鑑賞ができると思います。
同じルネサンスを代表する画家に、レオナルド・ダ・ヴィンチがいます。「モナリザ」や「最後の晩餐」などの作品が有名ですね。「最後の晩餐」は、処刑前夜のキリストと12人の使徒の晩餐の様子を描いたもので、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれた壁画です。キリストが、この12人の使徒の中に、裏切り者がいると予言し、使徒たちが動揺する場面が描かれていますが、この壁画の中にも登場しているマタイが書き記した福音書を元に、ヨハン・セバスチャン・バッハが管弦楽と合唱、独唱などで演奏する「マタイ受難曲」を作曲しました。
また、同時期のルネサンスで活躍したミケランジェロは、バチカンのシスティーナ礼拝堂にある大変有名な「最後の審判」という壁画を描いていますが、中央に描かれたキリストが、死者たちに裁きを下しています。最後の審判の日は、「怒りの日」と呼ばれ、モーツァルトやヴェルディなども、死者のためのミサ曲の中で「怒りの日」という音楽を作曲しています。両方の曲とも、聴き覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
もっと古い時代のグレゴリオ聖歌の中にある「怒りの日」のメロディーは、リストやサン=サーンス、マーラー、ラフマニノフなどが引用しています。作曲家によって、それぞれの「怒りの日」が表現されていますので、聴き比べますと大変面白いと思います。
ピアノ曲に影響を与えた絵画としては、18世紀のロココ様式の時代に活躍した画家ヴァトーの「シテール島への巡礼」があります。愛の女神ヴィーナスの島と呼ばれるシテール島に、何組もの恋人たちが訪れるという、官能的で喜びに溢れた絵画なのですが、20世紀の作曲家ドビュッシーが、この絵画からインスピレーションを得て作られたのが、ピアノ曲「喜びの島」です。第1メロディーからして、柔らかくウキウキしたような印象の音楽で、まさに喜びに満ちた作品と言えるかと思います。
月刊ピアノでは、他に、葛飾北斎とドビュッシーの作品についてや、19世紀後半にヨーロッパで巻き起こったジャポニズム(日本趣味)の影響を受けた音楽なども紹介されていました。絵画の大きな写真も掲載されていますので、とても分かりやすい特集だと思います。
音楽だけでも、十分楽しめる完結されたものですが、そこに至るまでに影響を受けた絵画について知ると、より音楽も深く理解することができますし、なにより楽しみが増してくると思います。今年の秋は、一味違った芸術の秋を楽しんでみてはいかがでしょうか。
(この記事は、2022年10月3日に配信しました第356号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、魅せるピアノ奏法のお話です。
9月も終わり、秋本番となりました。この土日に、お子様やお孫さんの運動会があったという方も多いのではないでしょうか。スポーツの秋に食欲の秋、読書の秋、芸術の秋など、いろいろな場面で秋を感じることと思います。コンサートやリサイタルも、以前に比べてだいぶ復活してきているようですから、コロナですっかり足が遠のいてしまった方も、オンラインとは違った生の音楽の素晴らしさを味わってみるのも良いかもしれません。
書店などにも置いてありますが、ピアノの楽譜付きの月刊誌「月刊ピアノ」というものがあります。ピアノや音楽のいろいろな話題だけでなく、クラシックからJポップまで幅広いジャンルのアレンジ楽譜がたくさん掲載されています。今回、その特集に興味があり、手に取ってみました。
特集は、「魅せるピアノ奏法」というもので、最近話題になっているH ZETT Mさんやレ・フレールさん、菊池亮太さんの3人を取り上げていました。
H ZETT Mさんは、体をのけぞったり、ピアノの下にもぐったり、飛び跳ねたりと、いろいろな体勢でパフォーマンスをしながら凄い演奏テクニックでピアノを弾くピアニストです。このような演奏を生徒さんが真似したら、指導されている先生方は腰を抜かしそうですが(笑)。
ピアノのリサイタルやコンサートは、かしこまっていて堅苦しいイメージもありますが、このようなコンサートでしたら大変気軽ですし、面白いので聴きに行きたくなりますね。雑誌のインタビューの中でも、「ピアノは、本来座って弾くべき。立って弾くのは、弾きにくいし間違いだから。でも、音楽という世界で一般的な善悪、正しい、正しくないという枠にとらわれなくてもよい場面があると考えている。何か魅せようというよりも、面白いことないかなあと探している」と話していました。
固定概念から飛び出して、もっと自由に楽しもうという姿勢が感じられます。それにしても、いろいろな体勢でよくピアノが弾けるなあと感心してしまうのですが、これも日頃の練習の賜物のようです。普段は、チェルニーの練習曲をメトロノームに合わせて練習していますが、結構ゆっくりのテンポで、一音ずつ確認しながら弾いているのだそうです。本番でのびっくりするようなパフォーマンスも、実は日々の基礎練習があってこそと言えるのかもしれません。
レ・フレールさんは、連弾のピアニストとして以前から有名です。一般的な連弾のデュオという幅を超えた、兄弟ならではの阿吽の呼吸で素晴らしいピアノ演奏を披露し続け、今年で20年を迎えるそうです。7人兄弟の3番目、長男の守也さんと、5番目の圭土さんのコンビで、お二人ともルクセンブルクの国立音楽学校に留学してピアノを学ばれたそうです。連弾は、1台のピアノを2人で弾くもので、高音部担当のプリモ、低音部担当のセカンドというように、役割分担して1つの音楽を奏でますが、レ・フレールさんはそれだけではなく、演奏中の1人の後ろからもう1人が手を伸ばして二人羽織の形で演奏したり、1人が演奏中にもう1人がピアノに後ろ向きで手を伸ばして弾くというような、実に様々な連弾スタイルを編み出し、魅せるピアノ連弾を確立しました。
即興演奏中に疲れたから替わって、という事で編み出された連弾スタイルもあるそうですから、何か派手な事をしようと狙っているというよりも、日々の練習などで自然と生み出されたものなのかもしれません。独創的な音楽と1台4種の独自の連弾スタイルから、キャトルマンスタイルとも呼ばれています。かつて、幼かったモーツァルトが、宮殿で目隠しをしたり鍵盤を布で隠したままチェンバロを演奏したそうですが、レ・フレールさんの連弾を見たら、きっとビックリするでしょうね。
菊池亮太さんは、超絶技巧を駆使した演奏を披露しているピアニストです。「月刊ピアノ」の中に、いろいろな奏法の動画が見られるようにQRコードがあるので(H ZETT Mさんや、レ・フレールさんのQRコードもあります)、気になる方は実際に動画をご覧になるとよいでしょう。その中に、シフラが編曲した超絶技巧のピアノ曲「熊蜂の飛行」を菊池さんが駅ピアノで演奏している動画があります。リストの再来とまで言われるシフラの編曲ですから、弾きこなせるピアニストも多くはない程の難曲です。
これを、菊池さんは、いとも簡単に弾きこなしていて、最初は観客ゼロの状態でしたが、人々が続々と集まっている様子が映っていました。白髪のお婆様もピアノに吸い寄せられるように近づいていましたし、その横をベビーカーを押しているお母さんと制服姿の幼稚園児が歩いてきているのですが、お母さんの制止を振り切って幼稚園児が菊池さんの方に近づいていく姿もあり、演奏後はあちこちから拍手が沸き起こっていました。練習すれば誰でもできる領域ではありませんが、だからこそ、菊池さんのようなスーパーテクニックを駆使したかっこいいピアニストになりたいと憧れの気持ちを抱く方も多いのかもしれません。
どの方も、単にピアノ演奏を披露するだけではなく、これまでの常識の枠を超えて、お客さんをあらゆる角度から楽しませてくれるピアニストだと思います。また、ピアノという楽器は、思った以上にいろいろな可能性がある楽器だと思いました。今度は、是非生の演奏やパフォーマンスを見てみたいものです。
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