(この記事は、2024年9月16日に配信しました第405号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、ピアニストという仕事についてのお話です。
世の中にはいろいろな仕事がありますが、ピアノが好きなお子様の場合、ピアニストに憧れることもあると思います。自分自身のことを振り返ってみても、華やかなドレスを着て、オーケストラとフルコンサートピアノで共演しているピアニストを見て、ピアニストに憧れたものです。しかし、ピアニストが、リサイタルでの演奏以外に何をしているのか、お子様にとってはなかなかイメージが湧かないと思います。
ちょうど、ピアニストにインタビューしている記事がありましたので、読んでみました。インタビューを受けたのは嘉屋翔太さんというピアニストで、2021年にフランツ・リスト国際ピアノコンクールで最高位を獲得されています。3歳の頃にヤマハ音楽教室で先生がピアノを弾いている姿を見て、「カッコいい。自分もピアノを弾きたい」と思ったことがピアニストになったきっかけだそうです。
開成中学・高校生の時にも、ピアノのコンクールで相次いで好成績を収め、高校2年生の時には、コンクールで上位入賞することが出来たらピアニストを目指すため音大受験をすると決めたのだそうです。当時のピアノの先生からは、ピアニストとして活躍できる人は限られ、狭き門であると伝えられていたそうですが、猛練習をして東京音大のピアノ演奏家コース・エクセレンスに特待生として入学することになったのだそうです。
インタビューでは、ピアニストの仕事について「演奏活動」と「練習」を挙げています。演奏活動のために練習は欠かせません。観客の皆さんにはステージで披露する演奏しか見えていませんが、その裏には日々の地道な準備や練習があると話されています。
「演奏活動」には、月に2、3回のコンサートがあり、多くが依頼されたもので早ければ1年前から、急な依頼だと1、2か月前に依頼が来るそうです。コンサートの形態は様々で、ソロのこともあればアンサンブルもあり、会場がサロンのこともあれば個人のパーティーという事もあるそうです。演奏曲目は、リサイタルの場合、自分でテーマを決めて自由に選ぶこともあれば、主催者から希望がある場合には意向に沿うような曲目にするそうです。どちらにしても、特定の時代の作品を選んだり、友人関係師弟関係、相互的な影響を受けた曲を選び、演奏会が終わった時にお客さんの教養が一つ増えるような、お客さんにとって新しい発見や学びが得られるようなプログラムを心がけているのだそうです。確かに、リサイタルやコンサートに行こうと思った時には、誰が演奏するのか、どんな曲を演奏するのかをチェックして選びますよね。ピアニストは、そういうところにも気を配っているのですね。
コンサートに関わる打ち合わせやスケジュール管理、衣装の準備などは全てピアニスト本人が行うそうで、コンサート用のチラシを作ったり、プロモーションもピアニスト自身で行っている方もいるのだそうです。
記事では、具体的に1日のスケジュールも書かれていました。午前中に2時間ほど楽譜の背景などを調べ、午後に2時間半ほど大学院でレッスンを受け、夜に4時間ほど楽譜の全体像を細かく見ながらピアノの練習をしているのだそうです。単に指の練習のためにピアノを弾くのではなく、音楽の構造を理解することを大切にしているそうです。楽曲は、起承転結のある物語のように書かれているものが殆どなので、楽譜の全体像を細かく見ることが大切ですし、一方で音楽には表現をつけることも大切なので、作曲家や作曲当時の時代背景などの調べ物をする時間も、仕事の時間として確保しているのだそうです。また、大学院のレッスンでは、自己練習でまとめたものを先生と共有して、ディスカッションするのだそうです。自分の思い描いた音楽と伝統的な解釈に、大きな隔たりがないのかを確認して、新たな解釈を吹き込む可能性を探るためなのだそうです。
ピアニストのお仕事でのやりがいや苦労についてというテーマでは、指を滑らかに動かすような、ピアノを弾く技術を磨く職人的な側面と、楽曲の魅力を独自に解釈をして表現するという芸術的な側面があることや、音楽には正解がないのが苦労する点ですが、同時にやりがいも感じていると話していました。正解がない音楽の世界では、日常生活で感じる全てのことが演奏のインスピレーションの源になっているのだそうです。
ピアニストになるために、どのようなことを学んだのかというテーマでは、「演奏面」と「対外的な面」という2つの軸で努力をしたそうです。「演奏面」では、ピアノはただ指先で弾くものではなく、耳を使って弾くものだということに気づいたそうです。派手で指をたくさん動かす超絶技巧の曲を弾くのが好きで、そういう曲を弾く自分に酔いしれていた側面もあったそうですが、先生に「何も内容が無い」と指摘されたそうです。ただ音を出すだけなら練習すれば多くの人ができますが、少ない音でいかに人の心を動かせるのかがプロのピアニストだと気づいたのだそうです。そのため、本当に美しいのかと審美眼を養うために、一音一音をじっくり聴きながら弾く練習に切り替えたそうです。バランスよく響いているのか、本当に自分は、ちゃんと音が聴こえていたのかと立ち止まりながら練習をしていて、自分の演奏が変わってきたと思えるまで、1、2年かかったそうです。
対外的な面では、「ピアニストの肩書を得ること」「演奏の機会を増やすための人脈づくり」という2つのことを努力したそうです。大学の特待生になって、演奏の仕事を得られるようにはなったそうですが、やはりフランツ・リスト国際ピアノコンクールで入賞してからの方が、箔が付くので圧倒的に演奏の仕事が増えたそうです。ピアニストとして仕事をするには、第3者から認められる必要があるのですね。
もう一つの「演奏の機会を増やすための人脈づくり」では、演奏の機会を得るために、コンサートを主宰されている方との関係作りを行ったそうです。マネジメント会社との契約をした今でも、以前のお付き合いから仕事の機会を得ることがあるのだそうです。ピアニストは人間関係が重要な仕事なので、礼儀やコミュニケーションの積み重ねを大切にしてきたそうで、演奏の仕事をいただく際にも役立っているそうです。
将来の夢や目標については、クラシック音楽本来の楽しみ方を伝えられるような活動をしていきたいとお話ししていました。クラシック音楽は単に古いという意味ではなく、本来は「一流の」という意味のラテン語が由来だそうです。クラシックを新鮮なもの、廃れないもの、洗礼されたものとして、その価値を広めるような活動をしたいという意気込みも話していました。また、伝統的なクラシックのスタイルを持ちつつ、新しさも兼ね備えることがクラシック音楽界に必要なことと考えていて、将来的にはそのような曲を自ら書いて発表していきたいとも話していました。クラシック音楽の素晴らしさを次の世代に伝えることにも意欲があり、音楽も勉強もどちらも学べるような教室の構想もお持ちなのだそうです。
最後に、お子様の保護者に向けたメッセージとして、人生の中で本気で何かを成し遂げなければならない局面が訪れると思うので、お子様が何かに挑戦したいことがある場合には、環境が許すのであれば挑戦できるようにしてほしいと話していました。ご自身の経験として、かつて一緒に学んだ友人達から刺激を受けることが多々あるそうですし、またご両親が音楽にあまり詳しくはなかったそうで、理解が得られずよく喧嘩もしていたそうです。よくお子様と対話して、お互いの理解を深めることが大切ですし、また、お子様はどこかで保護者を喜ばせたいと思っているものなので、些細なことでもよいので愛情を伝えたら、お子様の頑張りの原動力になるのではともお話しされていました。
ピアニストの普段の生活ぶりなどは、まず知る機会がありませんので、とても興味深く読みましたし、お子様への接し方などについても、学ぶことの多い内容でした。併せて、今後の嘉屋翔太さんのご活躍にも注目していきたいと思いました。
(この記事は、2024年8月5日に配信しました第403号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、「パリだからこそ生まれた名曲」のお話です。
先日から、パリでオリンピックが開催されていますね。日本選手の活躍が連日報道されています。スポーツは全般的に10代から20代くらいの若手が有利な印象を受けますが、先日の馬術では、40代の選手たちが総合馬術団体で銅メダルを獲得して話題になりました。92年ぶりにメダルを獲得したそうで、まさに快挙なのではないでしょうか。
日本代表の選手たちに、「侍ジャパン」や「なでしこジャパン」などと愛称が付けられますが、馬術は40代という年齢が注目されたためか「初老ジャパン」という愛称が付けられています。「なんだか…」という気もしましたが、中高年の新たな希望の星になるのかもしれません。
開催中のオリンピックにちなんでという事だと思いますが、テレビ番組「題名のない音楽会」ではパリを特集していて、「パリだからこそ生まれた名曲の音楽会」というタイトルが付けられていました。芸術の都とも呼ばれるパリには、昔から芸術家たちが集まってきており、数々の名曲も誕生しています。「なぜ、その名曲がパリで生まれたのか?」を、指揮者の出口大地さんが解説しながら、番組は進行しました。ちなみに、出口さんは、2021年にハチャトゥリアン国際コンクールの指揮部門で日本人初の優勝をされ、日本のオーケストラからのオファーが殺到している注目の指揮者です。
「パリといえば芸術の都と呼ばれていますが、クラシック音楽にとっても重要な街なのですか?」という司会者の問いかけから、番組はスタートしました。
パリだからこそ生まれた名曲、第1曲目は、ロッシーニ作曲のオペラ「ウィリアム・テル序曲」が紹介されました。
オペラ界の巨匠がパリで大ヒットさせた名曲ですが、パリでなければならなかった理由を司会者が聞きますと、出口さんは、「パリ・オペラ座の依頼が無茶ぶりだったからです」と答えていて、「ほほ~っ」と司会者も驚いている様子でした。パリ・オペラ座からの依頼には多くの条件が付けられており、歴史的な興味を引き付ける内容であることや、バレエや大合唱など多彩なスペクタクル要素があることなどが要求されたそうです。当時オペラの上映時間は、3時間程度が相場だった中、この「ウィリアム・テル」はなんと5時間もかかる超大作でした。この様な形態のオペラは、グランドオペラと呼ばれ、当時のパリを象徴する華やかな芸術だったのだそうです。
番組では、出口さんの指揮で「ウィリアム・テル序曲」が演奏されました。テレビ画面のテロップには、「華やかなファンファーレ!パリジャンの好みにドストライクです!」「遠くから行進してくる騎馬隊。特徴的なリズムは馬の足音です!」など、音楽の場面に応じて解説が流れていました。華やかという言葉がぴったりな音楽で、この1曲でその場がとても盛り上がる作品でした。舞台の端で聴いていた司会者も、満面の笑顔で拍手を送っていました。「グランドオペラの序曲というだけあって、華やか!」と感想を話しますと、出口さんも「派手という感じですね」と答えていました。
パリだからこそ生まれた名曲、第2曲目では、ストラヴィンスキー作曲のバレエ「火の鳥」より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」が紹介されました。どんどん新しい音楽表現に挑戦していったところが、パリらしさを表しているのだそうです。
当時、世界中から芸術家が集まり、切磋琢磨して新しい文化が作られていきましたが、その中でも特出していたのがロシアの総合芸術プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフでした。パリでロシアのバレエ団「バレエ・リュス」を旗揚げし、芸術家たちに音楽や舞台美術、衣装などを依頼して最先端の芸術を取り込んでいました。マティスやピカソなど、有名な芸術家もかかわっていたそうです。そのディアギレフが、駆け出しの作曲家だったストラヴィンスキーに作曲を依頼して生み出された音楽が、この曲です。
出口さんは、新しい音楽表現の具体例として、最初にティンパニの演奏方法を挙げました。ティンパニは、通常、先端をフェルトに包まれたバチで叩いて演奏しますが、木のバチで叩くように楽譜上に指示がされているのだそうです。とても斬新ですね。番組では、フェルトのバチを使用した時の音と、木のバチを使用した時の音を比較していました。フェルトのバチは、音が柔らかく角のない丸い感じの音になり、木のバチは、はっきりとしたインパクトのある音になっていました。出口さん曰く、「木のバチを使用した音は、原始的で野蛮な響きがしますよね」と解説をされていました。
続けて、トロンボーンを挙げました。「火の鳥」の中では、滑らかにスライドさせて音を出すグリッサンド奏法が使われています。当時は、とても珍しい演奏方法で、凶悪な踊りの中で、グロテスクな雰囲気を表現しています。番組で演奏されましたが、「ティンパニの画期的な響きに乗って、魔王と手下の凶悪なテーマが管楽器に現れます」「曲の始まりから、かつてないほど鮮やかで緊張感あふれる音楽!さすが当時の最先端!」というテロップも流れていました。指揮者自らの解説を、演奏を聴きながら見ることができるのはテレビ番組ならではで良いと思いました。演奏後に、「激しかったけれど、凶悪でしたよね~」と司会者と出口さんが感想を話していましたが、とても斬新な音楽という事がよく伝わってきました。
パリだからこそ生まれた名曲、第3曲目では、ガーシュイン作曲の「パリのアメリカ人」が紹介されました。「ラプソディー・イン・ブルー」という作品で有名なガーシュインですが、音楽を学ぶためにパリを訪れた時に、パリの街に魅了されて、この曲を作りました。ガーシュインが、パリで実際に耳にした音をそのまま曲に使っているところが、パリでなければならなかった理由なのだそうです。
当時パリで流行した歌「ラ・ソレーラ」のメロディーがそのまま使用され、パリの街を走っていた車のクラクションのような音も使用したり、パリで作成して特許を取ったサクソフォンも使用しました。そのため、1920年代のアメリカ人から観たパリの街を表現した曲という事なのだそうです。
オーケストラの演奏と同時にテロップでは、「小洒落たパリの街を散歩しているガーシュイン。どこからか「ラ・ソレーラ」の鼻歌が聞こえてきます」「タクシーにクラクションを鳴らされるガーシュイン!」「パリの街のあまりの喧騒に、路地裏に逃げ込んでいきます」「トランペットのソロによる哀愁漂うブルースのメロディー。故郷のアメリカを思い出しています」などの解説が流れ、その光景が本当に見えるかのごとく音楽が作られていることがよくわかり、とても楽しく感じました。
ホールに足を運んで、生演奏ならではの迫力や雰囲気を楽しむことが音楽の醍醐味だと思いますが、テレビ番組では音楽を聴きながら同時に演奏の解説を見ることができたり、演奏者のアップが見れたりと別の楽しみ方もあります。初めて聴く音楽だったり、お子様などは、このような音楽の聴き方の方が、わかりやすくて興味が持ちやすいのかもしれません。
パリのオリンピックも開催中ですし、次回の「題名のない音楽会」でも引き続きパリを特集するそうですので、まだまだパリとの関わりは続くようですね。
(この記事は、2024年7月22日に配信しました第402号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」という本のお話です。
各地で梅雨も明け始め、本格的な夏になりました。パリ・オリンピックの開会も、刻々と近づいていますね。
スポーツの世界ではオリンピック、物理や化学、医学などではノーベル賞、音楽や美術などではコンクールと優れた個人や作品を表彰する制度があります。文学の世界では、先程のノーベル賞のほか、日本国内では芥川賞や直木賞、もっと一般的なものでは本屋大賞などもあります。
昨年、書籍の中でもクラシックやポップスなど、世界の様々な音楽をテーマにした書籍を表彰する「音楽本大賞」というものが創設されました。そして、先日第2回の受賞作が発表されましたが、大賞に選ばれたのが、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」です。
音楽史をテーマに、学校の理科室に科学者の肖像画はほとんどないのに、なぜ音楽室にベートーヴェンなどの肖像画が掲げられているのかなど、身近な疑問を取り上げたり、歴史上の人物が西洋の白人男性に偏重している点に着目して、ジェンダーや人種の問題にも迫り、音楽の新たな可能性を切り開いた点が評価されたそうです。
本の帯には、「音楽史学で読み解く、まったく新しい音楽史の世界!」「なぜ、音楽史はこんなに珍妙でケッタイなものになっているのか?」「音楽史は演奏の役に立つのか?」など、気になる文言ばかりでしたので早速読んでみました。
3部構成になっていて、パート1では、これまでの音楽史が持っていた問題点。パート2では、音楽史の書き方から問題が起きた背景。パート3では、音楽史の将来について書かれています。それぞれの項目を見てみると、「ちっともロマンティックではないロマン派」「ヒットチャートを駆け抜けたお坊さんのお経」「嘘とジョークの音楽史」など、気になるものばかりでした。
その中でも最初に書かれている、「なぜ、音楽室には作曲家の肖像画あるの?」は、当たり前で疑問にすら感じていなかったことを、まずは再認識しました。言われてみますと、先程も書きましたが、理科室に科学者の肖像画がないどころか、同じ芸術である美術室にもレオナルド・ダ・ビンチやゴッホ、ルノアール、葛飾北斎などの肖像画は一枚もありません。かなり特殊なことだったのですね。
学校の音楽室に作曲家の肖像画がある理由は、楽器販売会社が、学校へ楽器を販売するときのおまけとして作曲家の肖像画を集めたものをカレンダーとして配布したことがきっかけだそうです。しかし、そもそも作曲家の肖像画がたくさん描かれた理由は、歴史的にみると画家などの肖像画にはなかった役割があったそうです。
人に好きな楽曲を説明する場合、その音楽がどのような音色だったのか、どのような作曲技法によって書かれたのかなど、音楽そのものを言葉で説明することは、かなり難しいものです。そのため、「まあ一度聴いてみて」と音源そのものを紹介して終わることが多いように思います。
画家の作品のように、見ることもできませんし(音楽の訓練を積むと、楽譜を見ると頭の中で音が鳴るので理解できますが)、文学作品のように読むこともできません。そのため、作曲家の人となりについて書き、その人物のイメージをつかむために肖像画を描いて、音楽の代わりに語っていたのだそうです。そう言われてみますと、描かれている作曲家のほとんどは、きりっとした少し凛々しい雰囲気を醸し出しつつ、J.S.バッハは、少し厳しそうな肖像画なので、「きっちりした音楽なのかな」とか、モーツァルトは、宮廷の貴族のような服装をしていて明るい表情の肖像画なので、「上品で華やかな明るい音楽なのかな」とか、ベートーヴェンは、髪の毛がぐしゃぐしゃで怖い顔つきをしている肖像画なので、「激しい音楽なのかな」と何となく感じていたものです。
音楽家の初めての肖像画は、吟遊詩人という現在のシンガー・ソング・ライターがモデルだったそうです。フィドルという弦楽器を持つ人物画で、当時の絵画スタイルなので仕方がないのかもしれませんが、かなり変形して描かれているそうです。その後、いろいろな音楽家の肖像画が描かれてきましたが、信憑性が疑わしいものもかなりあるそうです。この本の中には、肖像画の図が掲載されていて、「確実に〇〇(作曲家の名前)」「たぶん〇〇」「確実に〇〇ではない」と具体的に書かれています。どれも似通っていますが、別人もいて驚きました。
他にも、音楽室の一番最初に飾られていたであろうヴィヴァルディの肖像画についても書かれていました。ヴィヴァルディは「四季」で有名な作曲家ですが、見慣れている肖像画は本人なのか、かなり眉唾ものなのだそうです。当時、「四季」を出版したときに、銅版画家によりヴィヴァルディ像が挿絵として使われたそうです。その服装が、音楽室に飾られていた肖像画と大変似ていたということで、おそらくヴィヴァルディだと推測されたそうなのです。服装がかなり似ていただけで、ヴィヴァルディ本人と言ってしまっていたとは驚きですね。
また、このヴィヴァルディを描いた銅版画を鏡写しに反転したものが、中世の別の作曲家マショーの肖像画だとして、一時期英語版のウィキペディアに掲載されてしまっていたそうです。ヴィヴァルディもマショーも、この事実を知ったらびっくりするに違いありません。
ちなみに、18世紀後期以降は、特定の音楽家をモデルに肖像画を描いたことが明確にされているので信憑性が上がるそうです。それまでの時代の作曲家は、文化人として尊敬されず、ブラック企業のサラリーマンのような立場でしたが、17世紀以降は作曲家のステータスが上がり、18世紀には文化人として社会に認知されるまでになっていったそうです。例えば、イギリスでは劇場のホワイエ(人々が団らんする場所)に、「イングランドが生んだ天才たち」と銘打って、シェークスピアなどと共に音楽家のパーセルの肖像画が飾られていたそうです。シェークスピアと肩を並べるまでになったとは、音楽家の地位も以前とは比べ物にならないほど向上したのですね。そして、19世紀になり、より社会的に認知されるようになりますと、音楽家の肖像画もますます重要になっていったのだそうです。
肖像画の重要性が強いのは、近年のポピュラー音楽のように、音楽だけではなくアーティストが前面に出て、ルックスなども全て込みで売るという事とは、かなり違うようです。肖像画は、たいてい若い頃の姿ではなく中高年の姿なので、ルックスも使って音楽を売るのではなく、ステータスや権威を強調して、いかに立派な音楽家であったのかを手っ取り早く表現し、楽曲の素晴らしさを伝えようとするものだったと書かれています。学校の音楽室で当たり前のように飾れていた肖像画ですが、音楽家の肖像画にこの様な歴史的な背景があったとは思いもよらず、とても驚きました。
ちなみに、この本はそれぞれの単元が長くなく、エッセイのようなとても読みやすい文章で書かれていますので、スルスルと読めてしまうことも特徴の一つかなと思います。また巻末には、世界史と音楽史、日本史の年表が一つにまとめられているので、例えばパレストリーナが最初のミサ曲を出版した年の4年後に、イングランドではエリザベス1世が即位して、日本では5年前にザビエルがキリスト教を伝えていたという事がわかるようになっています。
本格的な夏到来で猛暑どころが酷暑となっていますので、休日にエアコンの効いた涼しい室内で、この本を読んでみるのも良いかもしれません。
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