(この記事は、第282号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、クラシック音楽を題材にした映画のお話です。

先日、「蜜蜂と遠雷」という映画を見てきました。10月4日から公開されている映画で、国際ピアノコンクールを題材にしたものです。原作は、恩田陸さんの同名の本で、第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞、第5回ブクログ大賞で小説部門大賞を受賞しています。大変話題になりましたので、読まれた方も多いかもしれません。

映画を見に行ったのは、平日の午前中でしたが、満席に近い状態で、注目度の高さを感じました。

この映画は、芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む、栄伝亜夜(えいでん あや)、高島明石(たかしま あかし)、風間塵(かざま じん)、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールという4人のピアニストの成長や葛藤、交流を描いたもので、二ノ宮知子さんの漫画作品「のだめカンタービレ」以来のクラシック音楽を題材に映画です。

松岡茉優さん、松坂桃季さんなどの若手実力派俳優陣もさることながら、現役のトップピアニスト4人が実際の演奏を担当することも話題となり、注目が集まっていました。

主人公の栄伝亜夜(えいでん あや)役を河村尚子さん、高島明石(たかしま あかし)役を福間洸太郎さん、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール役を金子三勇士さん、風間塵(かざま じん)役を藤田真央さんが担当しました。

特に、藤田真央さんは、今年6月のチャイコフスキーコンクールで第2位となり大きなニュースになりました。こちらのコーナーでも、以前ご紹介しています。

チャイコフスキーコンクール ピアノ部門 藤田真央さん

現在、東京音楽大学の学生ですが、クララ・ハスキル国際ピアノコンクールでも優勝しており、精力的にコンサート活動をされています。

さて、物語ですが、主役の栄伝亜夜は、幼い頃からの天才ピアニストで、母の死をきっかけにピアノから遠ざかっていましたが、再起をかけてコンクールに挑みます。

クラシック音楽の世界では、小さい頃から天才ピアニストと呼ばれ、20歳前後に国際コンクールで上位入賞し、ピアニストとして活躍するというのが1つのパターンになっていますから、元天才少女の栄伝亜夜は、一度ピアノから遠ざかるという点を除けば、よくある設定と言えます。

予選で落ちたピアニストが、予選を合格した栄伝亜夜に向かって、「あなたが表舞台から遠ざかっていた間、私は必死になって練習したのよ。なんで、あなたなのよ。(なんで、あなたが合格して、私は不合格なのよ)」と言い捨てるシーンがあります。露骨すぎて驚くかもしれませんが、このようなことはコンクールでなくてもよくある話です。

高島明石は、楽器店に勤める会社員で、プライベートでは妻と子供がいるお父さんです。コンクールの年齢制限ギリギリで、最後のチャンスとして挑みます。

これも実際によくある事で、コンクールではピアノ部門は28歳くらいまでという制限があります。下は、16歳くらいから出場できますので、期間としては12年程あるわけですが、コンクールによっては4・5年に1度の開催だったりしますので、受験のチャンスは自ずと限られ1・2回程度となってしまいます。オリンピックと同じ感覚ですね。

ただ、年齢制限ギリギリで優勝などは聞いたことがないので、受験資格はあっても、ピアニストとしてのその後の活躍は、少し難しいものがあるのかもしれません。

映画の中で高島明石は、「生活者の音楽を目指す」「向こう側の世界は、わからないなあ」と話しているのが印象的でした。確かに、幼い頃から天才と呼ばれ、音楽漬けの毎日を送る才能あふれる人たちを相手に、会社員として生活のために働き、育児もしながら、年齢制限ギリギリでピアノコンクールに最後の挑戦として挑むのですから、なかなか複雑な思いでしょう。

ただ、こういう良い意味で庶民的な人が出てくると、応援したくなる気持ちが湧くのは、私だけではないと思います。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、幼いころに栄伝亜夜と一緒にピアノを習っていた幼馴染で、コンクールで偶然再開し、お互いに切磋琢磨していきます。コンクール中に栄伝亜夜のおかげで、演奏への迷いが消え、本番では成功しますが、お互いに認め合っていて、変にライバル視していないので、安心して見ていられます。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、コンクールの優勝者大本命として、1次予選から大注目されている設定になっていますが、これもまた、よくある話です。国際コンクールでは、予選が始まる前から、前評判の良いピアニスト(コンテスタントと言います)がいるものです。コンクールは2・3週間ほど開催されますが、その期間中にとてつもなく伸びるとか、化けるという事はありえないので、終わってみると、おおよそ大本命の人達から優勝者が選ばれています。

風間塵は、養蜂家の息子で、亡くなった著名なピアニストに才能を見出されてコンクールに挑みます。音楽大学に通う事もなく、しかもピアノを持っておらず、音の出ない鍵盤で自宅のベランダで練習をしています。なかなかユニークな人物で、インパクトがありました。

とてつもなく大きな才能を持った人物に描かれていますが、斬新すぎて型破りの面があるので、演奏の評価が分かれます。これも、実際にある話で、あるピアニストが予選で落ちてしまった時に、「彼は天才よ」と言い残して、コンクールの審査員をボイコットしたピアニストがいたくらいです。

風間塵は、幸いにして本選まで進みますが、どの世界でも、凄すぎて逆に評価されない天才たちがいるものです。自分の才能に興味がなく、単に好きだからピアノを弾くという姿勢は、真の天才だからこそという気もします。ピアノを弾く人にとっては、こういう才能の持ち主に憧れるのではないでしょうか。

主人公の栄伝亜夜や風間塵、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールなどが、浜辺でつかの間のひと時を過ごすのですが、その時でも音楽が常に中心にあって、天才たちは常に自分の世界の中で生きているんだと改めて感じるシーンでした。

また、栄伝亜夜と風間塵が、月明かりの中で即興的に連弾するシーンは、絵的にも美しい場面で、2人の才能の豊かさを感じさせ印象強いものでした。こんな風に弾けたら楽しいだろうなあと、ちょっとうらやましい感じもしました。

ちなみに、風間塵が、音の出ない鍵盤でひたすら練習するシーンがありましたが、かのフランツ・リストは長い演奏旅行中に、移動中の馬車の中でもピアノの練習ができるように、音の出ない鍵盤を使用していたそうです。また、ベトナム戦争中に紙鍵盤で練習をしたダン・タイソンが、その後ショパンコンクールでアジア人初の優勝をしたことも思い出させました。

コンクールの演奏シーンでは、3次予選でオリジナルの課題曲「春と修羅」が出てきます。映画「蜜蜂と遠雷」のために、作曲家の藤倉大さんが作曲したそうです。

映画の中では、この曲にカデンツァと呼ばれる即興的に弾いてよい部分があり、4人のピアニストがそれぞれ苦労しながら本番に挑む姿が映し出されました。

曲の冒頭部分は、カデンツァではないので、みんな同じものを弾くわけですが、4人のピアニストによって出てくる音色や弾き方が異なるので、見ていてとても楽しいところです。

カデンツァ部分は、それぞれのキャラクターの持ち味が更に際立つような音楽で、華やかさと超絶技巧を披露したり、美しい音楽の世界を披露したりと、4人のピアニストの解釈と持ち味が存分に味わえるシーンでした。まるで本当にコンクールの演奏を聴いているかのような錯覚さえ覚えました。どれも素晴らしく、音楽の捉え方や解釈の幅の広さを感じさせました。

実際のコンクールでは、カデンツァを即興的に弾くというものはないと思いますが、コンクール用に作曲された新曲を弾くという事はあります。コンクールは、弾く曲をあらかじめ練習して準備をしてから参加するものですが、新曲となりますと、その予選に進めることが決まってから楽譜をもらう事になりますから、短い期間に譜読みをして演奏を完成させる必要があり、かなり苦労するのではないかと思います。審査する先生方も、なかなか大変でしょうね。

ドラマや映画は、フィクションの世界なので、その道のプロが見るとありえないことが描かれていたり、誇張されていたりするものですが、この映画は、割と真実に近いような設定と、実際にすぐ近くに実在しそうなキャラクター、そしてトップクラスのピアニストの演奏があいまって、割とリアリティのある作品になっていると思いました。

ピアノ教室にいらっしゃる生徒さんの中にも、既に映画を見た方や、「すごく気になっていて、見に行こうと思っているんです」とお話されている方がいらっしゃいました。

コンクールに挑戦するピアニスト気分を味わうもよし、ふんだんに出てくるピアノ演奏を楽しむもよしと、いろいろな楽しみ方ができそうなので、映画館に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

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(この記事は、第280号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、ヤマハの幼児科音楽基礎グレードについてのお話です。

子供にピアノを習わせようかと思った時、真っ先に名前が挙がるのが、ヤマハ音楽教室ですね。

幼稚園や保育園にお子様が通うようになって、そろそろ何か習い事をさせようかというときに、ピアノは、体操や水泳などと並んで、現在でも人気のある習い事の一つです。

なお、ヤマハ音楽教室では、幼稚園や保育園に入園前の1歳から3歳まで(年少まで)を対象とした、「ドレミぱーく」(1回完結) や「ドレミらんど」(継続レッスン)、「すまいるシアター」(映像プログラム) などのプログラムも用意されています。個人のピアノ教室では、4歳以上から通えることが多い中、1歳から通えるというのは驚きですね。

ヤマハでは、グレード試験というものも行われています。正式には、ヤマハ音楽能力検定制度(ヤマハグレード)と呼ばれるもので、総合的な音楽表現を身に着けて、創造的で豊かな音楽表現に取り組むことを目指して制定されたものです。1967年に制定され、日本国内だけでなく、世界30か国以上で行われ、これまでに延べ1000万人以上が受験しています。

ヤマハグレードは、初心者を対象にした13~11級、音楽の学習者のための10~6級、音楽の指導者やより高度な演奏力を目指す5級~2級(1級は、制度としてはありますが、実際には実施されていないようです)まであります。

ヤマハ音楽教室の先生や、ヤマハ系楽器店の音楽教室の先生は、このヤマハグレード5級や4級以上が、採用試験の受験資格として必要になっています。

先日、幼児科音楽基礎グレードを見学しました。ヤマハグレードとは、別のものですが、ヤマハグレードへの入り口という位置づけになっています。

幼児科音楽基礎グレードは、ヤマハ音楽教室の幼児科修了生を対象としたもので、幼児科2年間のレッスンで身に着けた音楽の基礎力と成長を確認し、今後の学習目標を明確にするためのものです。

試験内容は、「これまでに習った曲の中から1曲歌う」、「メロディーを聴いて歌う」「連続して3つ弾かれた和音を聴き取る」、「レッスンで使用した教材4種類の中から自由曲を2曲弾く」、「弾いた自由曲の楽譜を見て、指定されたフレーズの音を読む」「レッスンで習った曲(事前に1曲指定されている)に伴奏をつけて弾く」です。

音楽総合教育を謳っているので、いろいろと種類はあるのですが、全部で10分程度で終わりますので、結構あっという間という印象です。

普段レッスンを担当している先生が歌の伴奏を弾いたり、試験の問題を出し、もう一人別のクラスの幼児科の先生が審査をして、最後に講評を伝えます。結果は、1カ月後くらいに、書面で渡されるようです。

歌の音程が多少ずれてしまっていても、最後まで元気よく歌えたことを評価したり、和音を聴き取る項目で、わからなくても、単音で音を弾いたりしてヒントを与えてくれますし、小さいお子様にありがちな、音の高さを間違える(1オクターブ低く弾き始めてしまうなど)ような事でも、弾いていて途中で気が付いたことを、むしろ評価しているようにさえ感じました。

伴奏をつけて弾く項目でも、正しく音楽の和音進行ができているのか、メロディーの雰囲気に合った伴奏がつけられているのかを見るというよりも、生徒さんのオリジナリティーも大切にしているように感じました。

歌唱や自由曲の演奏も、暗譜はしなくてよいらしく、レッスンの先生が楽譜を用意していました。あくまでも、2年間のレッスンでの成長を見るためのものなので、完成度を見るだけではないようで、音楽に対する姿勢や意欲なども見ている印象がありました。

グレードなどの試験では、初めて見る審査員の前で一人で試験を受けるものですが、この幼児科音楽基礎グレードは、普段のレッスン室で、普段のレッスンの先生がいて、生徒さんのご家族も同席することができますので、普段のレッスンとほとんど変わらない雰囲気で、お子様もそれほど緊張することなく受験することができるように感じました。

小さいお子様が、やや神妙な面持ちで、それでも一生懸命に歌ったり、弾いたりしていますと、応援したくなりますし、今後の可能性を感じずにはいられません。半年後、1年後に、どのようになっているのか想像するだけでもワクワクしますし、逆に、半年前、1年前と比べて、こんなに進歩したと練習の成果や成長を嬉しく感じるのではないでしょうか。

ご家族と一緒に、お子様の成長を見ることができるのが、ピアノ講師という仕事の醍醐味の一つであることを、再認識させられたひと時でもありました。

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(この記事は、第278号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、チャイコフスキーコンクールのお話です。

チャイコフスキーコンクールは、4年ごとに開催されますが、これまでにピアノ部門では、ヴァン・クライバーンや、 ウラディミール・アシュケナージなどが優勝し、一躍ピアノ界のトップスターに上り詰めています。日本人では、ショパンコンクールで入賞歴のある小山実稚恵さんが第3位、2002年に開催した第12回では上原彩子さんが優勝しました。

今年開催された第16回は、ピアノ部門が6月17日~29日に、モスクワ音楽院大ホールで行われました。

応募総数は、世界58か国954人だそうですが、今年は開催日程が短縮され、ピアノ部門の参加者は25人に絞られました。そのほとんどが、これまでに国際コンクールでの入賞歴がある方で、いかにレベルが高いかがわかります。

第1次予選では、バッハの平均律クラヴィ─ア曲集から1曲、ハイドンやモーツァルトなどの古典のソナタ1曲(全楽章)、チャイコフスキーの作品1曲、ショパン、リスト、ラフマニノフの練習曲から1曲。第2次予選では、ラフマニノフやロシア5人組、チャイコフスキーなどのロシアの作曲家の作品を1曲以上入れて、自由な選曲で50~60分以内のプログラム。最終予選では、チャイコフスキーのピアノ協奏曲を含む2曲のピアノ協奏曲という課題が出されていました。

日本人の参加者は、ピアノ部門で藤田真央さん、ただ1人でしたが、なんと第2位という、素晴らしい成績を収めました。これは、上原彩子さん以来の日本人入賞者で、日本人男性ピアニストとしては、第1回大会で第7位に入賞した、故 松浦豊明さん以来の快挙となります。

藤田真央さんは、現在、東京音楽大学ピアノ演奏家コース・エクセレンスに在学中の20歳のピアニストで、東京音大学長でピアニストの野島稔さんに師事しているそうです。18歳の時に、 第27回クララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝されました。

以前から、国内外で演奏活動をされていますが、モスクワ音楽院の大ホールで弾きたかったので、今回のコンクールに参加したのだそうです。順位はあまり期待していなかったそうで、第2位という結果に驚いているとインタビューで答えていました。

コンクールの模様は、インターネットで視聴することができます。最終予選のピアノ協奏曲を聴いてみましたが、とにかく驚くべき素晴らしい演奏で感激しました。

International Tchaikovsky Competition: Final Mao Fujita

どこが素晴らしいかというと、表現の幅がとてつもなく広く、リズム感がものすごく良いところです。

オーケストラの大音量に負けないパワフルさがありながら、勢いなどで弾くという粗さがまったくなく、全ての音を完全にコントロールして、隅々まで表現して弾いている印象を受けました。

最初に演奏したチャイコフスキーのピアノ協奏曲が、こんなに味わい深い音楽だったのかと、改めて楽曲の素晴らしさを感じさせ、とても聴かせる音楽を奏でていました。

音階なども、とにかく滑らかで、音の粒が全てきれいに並んでいて、一音づつ全て聴こえてきて、とても美しかったり、曲の中の場面の移り際が、とても自然なグラデーションのように表現されていて、惹きつけられました。

まだ、あどけなさの残る顔立ちからは、想像できないほどの完成度の高い演奏で、コンクールの会場にいた聴衆が、大きな歓声とスタンディングオベーションで拍手しているのも納得という感じがしました。

2次予選では、拍手が鳴りやまず、次の課題曲がなかなか演奏できなかったり、全ての演奏後には嵐のような拍手と歓声で、カーテンコールが3回も行われたりしたそうです。

ちなみに、今年の優勝者は、フランスのアレクサンドル・カントロフさんで、藤田真央さんと同じく2位には、ロシアのピアニスト、第3位は3人という珍しい結果でした。特にこのような大きな国際コンクールで、3位が3人というのは聞いたことがなく、この点からも、参加者のレベルがとても高かったと言えます。

既に国内外で活躍している藤田真央さんですが、今後はさらに活躍の場が広がりそうで楽しみですね。

ちなみに、来年の秋には、ショパンコンクールが開催されますが、もし藤田さんが参加されるとしたら、日本人悲願の第1号の優勝者になるかもしれませんね。これからも、大注目の若手ピアニストだと思います。

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