(この記事は、第247号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ラ・フォル・ジュルネのお話です。
もうすっかりお馴染みとなりましたラ・フォル・ジュルネ音楽祭 (ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018)に、今年も行ってきました。
毎年、東京で開催されるラ・フォル・ジュルネは、ゴールデンウィーク期間中に、東京国際フォーラムを中心に行われていて、チケットを予約してホールで着席して聴くようなコンサートだけでなく、その半券を持っていると聴く事ができるコンサートや、どなたでも無料で聴けるコンサートまで、さまざまなスタイルがあります。
1回のコンサートが 45分という短い時間なので、小さなお子様にも聴きやすい長さですし、1日に2,3個のコンサートを聴く事も可能です。それでは物足りない場合は、1日パスポート券というのもありますので、いろいろな楽しみ方が出来るのではないでしょうか。
東京国際フォーラムの地上スペースでは、無料のコンサートが開催されると共に、屋台が出て、いろいろな地域のグルメを気軽に堪能できるのも楽しみの1つです。
今年は、フランス料理で有名な「牛肉のステーキ ロッシーニ風」というハンバーガーを販売する屋台も登場しました。オペラで有名な音楽家ロッシーニが開発したメニューを、手軽なハンバーガーで食べられるとは、なかなか面白いですね。
今年のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」で、クラシック音楽だけでなく、中世の民衆歌からジャズ、日本の和楽器まで幅広いジャンルの音楽が演奏されました。
「こどもたちの音楽アトリエ」という企画では、イ・ムジチ合奏団が登場するという事で聴いてみました。バロック音楽の演奏で世界的に有名な合奏団が、どのような演奏を聴かせてくれるのか、また子供向けのワークショップという事も興味が沸きます。
無料ですしお子様向けという事で、開演前から本当に多くの子供達が集まっていました。
合奏団が舞台に登場し、いよいよ演奏が始まるのかと思ったら、お子様は舞台に上がるようにアナウンスがありました。よく見ますと、舞台上にはテープが貼ってあり、その場所までお子様が上がれるようになっていました。
本当に近くで一流の演奏家達の演奏が聴けるという事で、我先にと小さなお子様が舞台に上がって、ステージが溢れそうなほどに埋め尽くされました。
舞台は高さがあるので、舞台の下の客席からは演奏者が見えにくく、熱心に聴いているお子様の姿だけが見えましたが、それでも、さすがに息の合った演奏で、音のバランスが素晴らしかったです。
次に、数寄屋橋近くにある、東急プラザ銀座の屋上で開催されたフルートカルテットのコンサートを聴いてみました。フルート4本のコンサートは、なかなか聴く機会がなく珍しいかもしれません。
女性奏者4人のコンサートは、眩しい日差しと強風の中で行われ、楽譜も飛ばされそうなほどでしたが、演奏者によってフルートの音色も様々なのだという事を改めて感じました。
風が強かったので、演奏者のドレスがひらひらと揺れていて、優美な雰囲気にもなりました。
翌日には、今年から追加された池袋エリアで、パーカッションのコンサートを聴いてみました。
池袋エリアは、東京芸術劇場と周辺の公園が会場になっていて、コンサートの他に、楽器体験やワークショップなども開かれていました。
楽器体験では、ヴァイオリンやフルート、サックス、クラリネットなどの楽器を、実際に教えていただきながら音を出して演奏体験ができるようになっていました。
赤ちゃんをおんぶしながら体験しているお母様がいたり、小さいお子様がヴァイオリンを体験していたり、いろいろな様子を見ることができました。何か楽器をやってみたいという時には、とても便利なイベントだと思います。
この池袋エリアでも、お子様向けの「こどもたちの音楽アトリエ」というワークショップが開かれ、塗り絵や工作などができるようになっていました。作った作品などは、壁に飾られていて、楽しい雰囲気になっていました。
パーカッションのコンサートは、地下にある舞台と客席が近いホールで開催されました。多国籍打楽器のコンサートです。サンバのリズムを使用した曲などが演奏されました。
ラフな装いで登場した演奏者の方々は、緊張している様子が全くなく、むしろリラックスして、時々笑顔を見せながら楽しそうに演奏しているのが、とても印象的でした。
楽しい感じの音楽というだけでなく、演奏者の楽しんでる雰囲気も伝わったのか、会場の雰囲気も大いに盛り上がっていました。
お客様の前で演奏する時には、緊張してしまうものですが、本番も音楽を楽しむという、本来の音楽の在り方を忘れずに演奏することの大切さを、改めて感じました。
ラ・フォル・ジュルネは、毎年多くの方々が来場されるので、コンサートホールなどはかなり混雑しますが、今年から追加された池袋エリアは、あまり混雑しておらず、ゆったりとした雰囲気でした。
有料コンサートは、ホールによってプログラムが異なりますので、会場を選ぶ事は出来ませんが、盛り上がっている雰囲気を味わったり、多くのコンサートを聴いてみたい場合は、東京国際フォーラムを中心とした丸の内エリアを、無料のコンサートをあまり混雑したところではなく聴いてみたいという場合は、池袋エリアを選ぶというのもよさそうです。
コンサートは、通常平日の夜に開催されることが多いのですが、昼間に短時間で聴けることや、0歳児から聴く事ができるコンサートが多数開催されている事も、ラ・フォル・ジュルネの大きな特徴です。
来年も、生徒さん方に、オススメしてみたいと思います。
(この記事は、第245号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、音楽的な演奏についてのお話です。
「ピアノの本」という小冊子に、とても興味深い連載を見つけました。「音楽的な演奏って何だ?」というタイトルで、音楽学者で京都大学教授であり文学博士の岡田暁生さんが書かれているものです。
「音楽的な演奏」とか「音楽的に弾く」といった言葉は、音楽業界では、普段からよく使われます。例えば、レッスンやコンサートでも、「○○さんは、とても音楽的に弾くわよね」とか「テクニックは良いんだけれど、もっと音楽的な表現があるといいわね」などと言い、私自身も恩師から、「もっと音楽的に弾いて」と指導されたことがありました。
しかし、「音楽的な演奏って何だ?」と聞かれて、答えられる方は少ないかもしれません。
岡田さんは、まず始めに「音楽的」と「上手かどうか」は必ずしもイコールではないと言っています。
確かに、ミスなく弾いて高いテクニックを持っていても、「上手いんだけどね・・・」で終わる事があり、逆に、ちょっとミスはあっても「音楽的だった」という感想になることもあります。
この「音楽的」とは、「演奏に歌があるかどうか」という事のようです。
私自身も高校生の頃、副科で声楽を習っていた時に、声楽の先生に「演奏で一番大切なのは、歌ですよ。ピアノの楽譜にも、歌うように(カンタービレ Cantabile)という楽語があるでしょ?」と指導されたことがあります。
ピアノを弾く時にフレーズを意識して弾きますが、次の新しいフレーズに入る直前に、少し間を取って弾きますと、フレーズの区切りが表現できます。それがないと、一本調子で平坦な音楽になってしまいます。
そのちょっとした間は、歌でいう息継ぎ(ブレス)に相当し、それをどのくらいにしていくのか、ほんの一瞬だけですぐ次のフレーズになだれ込むのが良いのか、たっぷりと取って次に弾く音にインパクトを与えるようにするのかは、前後のフレーズや曲想、強弱などによって変わってきます。
一律にブレスを取っていますと、それもまた機械的でおかしな演奏になってしまいますし、やりすぎますと、自分の演奏に酔ってしまっているような、癖の強い演奏になってしまいますから、加減が大変難しいのです。
ピアノは鍵盤楽器ですが、太鼓と同じ打楽器の分類に入ります。ハンマーがピアノの弦を叩いて音を出しますから、打楽器の仲間になるわけです。
バッハなどが活躍していたバロック期は、ピアノの第一号ができたばかりで、ほとんど知られていませんでした。その後のモーツァルトやベートーヴェンが活躍していた古典派でも、まだピアノは進化の途中で、ショパンなどのロマン派になって、ようやくピアノが現在のピアノとほぼ同じ完成形になりました。
その楽器を使って、ショパンなどは、いかにピアノを歌わせるか模索していたのだと思います。ショパンの作品を聴きますと、ピアノがとても太鼓と同じ分類の楽器とは思えない、柔らかさとしなやかさ、滑らかさを感じますね。
ショパンは、オペラが大好きで、夜な夜なコンサートに出かけていたそうですが、自分自身は一曲もオペラを書きませんでした。歌が好きなのに歌の曲を書かず、ピアノに歌わせていたのですね。
伝説のピアニストであるホロヴィッツは、お弟子さんにレッスンを行う時、時間の大半を歌手の録音を聴いて、節回しをどうやってピアノで表現するのか話していたそうです。
ピアノに歌わせる、ピアノが歌っているように演奏するという事は、やはりピアノを上手に演奏する大きなポイントのようですね。
打楽器であるピアノを歌わせるには、どのように弾いたらよいのか。単に、気持ちを込めるだけでは実現できません。この記事には、「音の伸びを聴く事が大切である」と書かれていました。
音を出すと、音が伸びて徐々に減衰していきますが、それをきちんと聴いていく事で、次の音の弾き方が変わってきます。前に弾いた音の伸びの延長に次の音を弾きますと、前の音ときれいに並べることができますから、フレーズが生まれてきます。特に、歌うフレーズの要となる長く伸ばす音符が大切なのだそうです。
ピアノを弾く時に、どうしても音を出すことに集中してしまいますが、実は音を出した後の音の伸びを聴く事が、はるかに重要ということですね。
お勧めの練習方法としては、定番ではありますが、片手練習があげられます。1パートだけで弾く事になりますから、音の伸びを意識しやすくなります。片手練習は、両手で弾く練習の前段階という感じがしますが、それだけではなく、音を聴く練習にも大変役立ちます。
音の伸びを意識して、演奏が音楽的になると嬉しいものですね。
(この記事は、第244号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ピアニストやヴァイオリニストの日常のお話です。
先日、ピアニストやヴァイオリニストなど、クラシック音楽の演奏家の日常を密着取材した番組が放送されました。2つの番組だったのですが、1つはヴァイオリニストの千住真理子さん、もう一つはピアニストの熊本マリさんを取材したものです。
ヴァイオリニストの千住真理子さんの一日を見てみますと、いつでも小走りどころか、かなり本気で走っていました。番組スタッフと駅で待ち合わせをしていても、タクシー乗り場に一目散に走って移動していて、番組スタッフが慌てて引き止めたり、コンサート会場でも、出迎えていたスタッフの横を走り去り、会場内を迷ってあたふたとしている様子が映っていました。
常に意識している事は、「時短」だそうで、1秒でも長く練習するためなのだそうです。さすが、プロの演奏家は凄いですね。移動時間を短時間で済ませるだけではなく、食事についても、生卵を飲むような事もしているそうで、とても驚きました。短時間で栄養を摂るため、映画のロッキーからヒントを得たそうです。なかなかストイックな面もありますね。
コンサートの前には、ピーナッツバターにハチミツをたっぷりとかけて食べ、コンサートの合間には、ハチミツをそのまま口に流し込むような場面も放送されていました。ハチミツは、すぐにエネルギーになるそうで、その効果を利用しているようです。舞台では、華やかなドレスを着て、優雅に美しいヴァイオリンを奏でていますが、舞台の裏ではこのような状況だったとは、想像できませんでした。
コンサートでは、2時間は演奏するので、人によっては1回のコンサートで2キロ痩せるという話を聞いたことがあります。体力の消耗も思った以上に激しいので、限られた時間でいかに効率よくエネルギーを補給するかは、大切なことですね。小さい頃から、プロのヴァイオリニストとして活躍してきた経験から生み出された方法なのかもしれません。
演奏が終わっても、ドレスを着たままヴァイオリンを持って、猛ダッシュで走って、ファンが待つサイン会に駆けつけ、笑顔でサインをしたり、握手をしていました。
使用しているヴァイオリンは、世界的に有名なストラディヴァリウスという名器で、家族総出で金策に追われながらも、現金で購入されたものです。数億円ともいわれる大変貴重な楽器なので、楽器のために普段から色々な事をしているそうです。
例えば、普段からお兄様のおさがりのコートを羽織り、目立たないような服装をしたり、コンサートなどでホテルに宿泊する場合は、現金をわざと見えるところにおいて、もし窃盗犯が入っても、現金に目が行くようにして、楽器を守っているのだそうです。
もちろん、楽器のために高額な保険をかけていたり、自宅にも厳重なセキュリティー対策をしているそうです。マンションにお住まいですが、お部屋もベランダも無数の赤外線の監視システムが設置されているそうです。完全防音の練習室はシェルターのような作りになっていて、地震などで万が一マンションが崩壊しても、練習室だけは壊れないような作りになっているのだそうです。とにかく、ヴァイオリンを大切にされている様子が、とてもよく伝わってきました。
次は、ピアニストの熊本マリさんです。
熊本マリさんは、小さい頃スペインに住んでいて、スペイン王立マドリード音楽院や、アメリカのジュリアード音楽院、英国王立音楽院で学ばれました。日本では馴染みのなかったスペインの作曲家モンポウのピアノ曲全曲を録音して、一躍話題となりました。
NHK 教育テレビの「芸術劇場」の司会もされ、現在は、大阪芸大の教授としても活躍されています。
先程の千住真理子さんのコンサート前の食事とは異なり、熊本マリさんの場合は、お母様が作られたお弁当を食べるのが恒例なのだそうです。メニューは牛肉で、200gはペロッと食べるのだそうです。本番前は、お腹が空かない程度に軽く食事を済ませる方が多い中、しっかりとお肉を食べるというのは凄いですね。
千住真理子さんも、世界最高齢のピアニスト室井摩耶子さんも、普段から牛肉を食べるそうで、「パワーが付く」とみなさん揃って言われます。演奏家は体力も大切なので、アスリートの様な食生活も必要なのかもしれません。
熊本マリさんの日常は、飼っているインコを常にかわいがりながら、毎日6時間のピアノの練習は欠かさないそうです。大変貴重な数千万円もするピアノを所有しており、それぞれの鍵盤の奥には、たくさんの傷がついていました。ピアノでオクターブなどを弾く時に、2・3・4番の指が少し伸びた状態になりますが、それが、ピアノの奥に当たり削れてしまうらしいのです。指でピアノを掘っているとでも言うのでしょうか。普通はそんなに当たらないと思うのですが、手が大きく、激しく動かして弾いていますと当たるのかもしれません。
コンサートでは、ぐるっと一周動くような舞台上で演奏をして、色々な角度から演奏風景が鑑賞できるような事をしたり、俳優や宝塚のスター、落語家など色々なジャンルの方とのコラボレーションもされています。国民栄誉賞を受賞された将棋の羽生善治さんや、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥さんなどとも交流があり、幅広い人脈をお持ちのようです。
演奏家の多くが、小さい頃から練習漬けの毎日を送り、天才少女や天才少年としてデビューしていますから、まるで別世界に住んでいる様に思えますが、実際に覗いてみますと、イメージ通りに演奏中心のストイックな生活を送っていると感じると同時に、意外な面も垣間見えて、やっぱり同じ人間なのだと、少し身近にも感じられました。
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