(この記事は、第203号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「音楽小話」は、クラシック音楽界に衝撃が走った話題です。

つい先日、ピアニストの中村紘子さんが死去されました。

ピアノを弾かれている方は、もちろんのこと、そうでない方でも、名前や顔をご存じの方は多いと思います。戦後、日本のクラシック音楽界をリードしてきた重鎮ですね。

世界的な指揮者である小澤征爾さんらと同じく、桐朋学園大学の「子供のための音楽教室」の第1期生として学ばれ、中学生の時に日本音楽コンクールピアノ部門で、第1位となり、天才少女として話題になりました。

翌年、NHK交響楽団の戦後初の世界一周演奏旅行に、ピアニストとして抜擢され、振袖を着てピアノコンチェルトを演奏されたそうです。

日本らしい装いというリクエストだったようですが、ピアノを弾く時には腕を上げたり広げたりするので、振袖の大きな袖はかなり妨げになり大変だったと思います。

その後、アメリカの名門音楽院であるジュリアード音楽院で学ばれ、ショパン国際ピアノコンクールで第4位、および最年少者賞を獲得されました。

国内外で演奏活動をされながら、ショパンコンクール、チャイコフスキーコンクール、浜松国際ピアノコンクールなど世界トップクラスのピアノコンクールの審査員を長く務められました。

その他にも、『ピアニストという蛮族がいる』『チャイコフスキー・コンクール』など執筆活動もされ、大宅壮一ノンフィクション賞なども受賞されました。また、紫綬褒章や、日本芸術院賞恩賜賞も受賞されています。

以前は、「ハウス・ザ・カリー」のテレビCMにも起用されていましたので、覚えている方も多いかと思います。

私が初めてピアノコンチェルトを聴きに行った時、中村紘子さんがソリストでした。

フリルの沢山ついた真っ赤なドレスを着て、颯爽と舞台に現れた姿は、本当に華やかで、ピアニストというのはこんなにも華やかで素敵なのだと衝撃を受けました。

オーケストラに負けないスケールの大きさとパワフルな演奏、時折見せるフレーズを終える時の手を振り上げる仕草は、なんだかとてもカッコよくて、惹きつけられたものです。

そのコンサートのインパクトの強さと感動の大きさを、手紙に書き、ファンレターを送りました。今、考えますと、何をしているのかと赤面してしまいますが、これが若気の至りなのでしょうか。

それから1か月くらい経ち、なんと中村紘子さんから、直筆のお葉書が届いたのです。

学校から帰りますと、母が少し興奮した様子で「中村紘子さんから、手紙が来ているわよ」と言いました。私もまさか、お返事が頂けるとは思っていませんでしたので、本当にびっくりしました。

モスクワの建物(ロシア国立図書館)が写された絵葉書に、このように書かれていました。そのまま、全文を書きます。

お便りをとても嬉しく拝見しました。
お返事が遅れてごめんなさい、
あなたのお便りを読んで、あなたの音楽に対する感覚の鋭さ、確かさにすっかり感心しました。
ピアノを学ぶとき、指先のことより何より実は一番大切なことは、聴く耳と心を鍛えることなのです。
あなたのピアノをいつの日にかコンサートでうかがうのをたのしみにしています。

中村紘子

このお葉書を頂いてから、何十年も経ちますが、未だに恩師から「あなた、もっとちゃんと音を聴きなさい」と注意されているので、まだまだだなあと反省せずにはいられません。

ご冥福をお祈りしつつ、「聴く耳と心を鍛える」というアドバイスを、これからも心に留めて、ピアノと向き合っていきたいと思います。

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(この記事は、第199号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、色々な顔を持つピアニスト、パデレフスキのお話です。

ピアニストは、コンサートホールなどで演奏活動をするわけですが、それだけではなく、他の事もしているピアニストは少なくありません。

その中で一番多いのが、お弟子さんをとって指導することだと思います。個人的に指導したり、音楽大学や音楽セミナー、講習会などで指導することもあります。また、コンクールの審査員などを務めて、講評することもあるでしょう。

また、ピアノとは別の音楽活動をされる方もいます。例えば現代ですと、バレンボイムやアシュケナージ等は、ピアニストでありながら指揮者としても大活躍しています。

これらは、本来の演奏活動に直結した仕事なので、イメージしやすいと思いますが、ピアニストは昔も今もたくさんいるので、もっと他のジャンルで活躍している方もいます。

その中でも、特に異色の存在と言えるのが、パデレフスキです。

パデレフスキは、ピアノの詩人と呼ばれたショパンの没後11年の1860年に、同じポーランドで生まれました(現在はウクライナ領となる村が生地)。

ワルシャワ音楽院の前身で学び、卒業後は母校で教鞭をとりました。

その後、ベルリンやウィーンに留学し、パリのデビュー・リサイタルを成功させ、フランスやドイツ、ロンドンやニューヨークでもコンサート活動を行いました。それと共に、作曲活動も行いますが、多忙のせいかスランプに陥ってしまいます。

スランプは辛いものですが、ちょうどその頃、政治に興味を持ち始めます。ヨーロッパは、第一次世界大戦の激動の時代でした。

パデレフスキは、とても演説が上手だったようで、第一次世界大戦後、ポーランド共和国となった際には、ポーランドの首相と外務大臣を務めました。

約1年、首相を務めた後は、現在でも大変有名なアメリカのカーネギーホールで復活コンサートを行い、演奏活動を再開させ、後進の指導も再開させます。

そして、ショパン全集であるパデレフスキ版の校訂を始めます。

ショパンの曲には、多くの種類の楽譜があり、かなりの違いがあります。ある楽譜には、小さいスラーがたくさん書いてあり、アクセントもたくさん書いてありますが、他の楽譜では、小さいスラーが無く、アクセントもだいぶ少なく書かれている事があります。装飾音符やペダルの指示も変わっている事が少なくありません。

どちらも同じショパンの作品でありながら、楽譜がかなり違うというのは不思議ですよね。

このような違いは、ショパンの楽譜が色々な国で出版されたことや、校正がショパン自身だけでなく、弟子や弟子以外の人でなされた事も要因となります。

ショパンについては、たくさんの資料があるため、むしろ色々な解釈があり、色々な楽譜が生まれるという事なのかもしれません。

ショパンの曲は、弾く人によってかなり表現に差がありますが、このような楽譜による影響も少なくないと思います。

ちなみに、パデレフスキ版は、ショパンの直筆譜と初版に基づいて作られた楽譜なので、ショパンの意図するものが読み取りやすい楽譜かもしれません。

ショパンの曲を弾いたり聴いたりする時に、同じポーランドのピアニストというだけでなく、ポーランドの独立のために活躍したパデレフスキを思い出してみましょう。

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(この記事は、第197号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016 のお話です。

ラ・フォル・ジュルネは、フランスで1995年から毎年開催されている音楽祭ですが、2005年から日本でもゴールデンウィーク期間に開催されるようになりました。

日本での開催も今年で12回目なので、だいぶ認知度が上がり、足を運ばれている方も多いかと思います。会場の東京国際フォーラムは、いつものように多くの方で賑わっていました。

最初の頃は、毎年1人の作曲家をテーマとして取り上げていましたが、その後は、地域や時代などがテーマとなり、現在は、もっと普遍的な大きなテーマへと進化しています。そして、今年のテーマは、「ナチュール(自然と音楽)」です。

ポスターも、緑あふれる森の中に蝶が舞い、花が咲き、中央に楽器が置かれ、上から光が差し込んでいるという、とても素敵な絵でした。

会場のグッズ売り場には、この絵を使用したTシャツや絵葉書などが販売されていました。

このグッズ売り場は、ラ・フォル・ジュルネのお楽しみの1つです。音楽好きにはたまらない様々な音楽グッズが揃えられています。

鉛筆やメモ帳、付箋、楽譜を入れるクリアファイル、クリップなどの文房具から、バックやTシャツ、音楽家のぬいぐるみ、オルゴールやミニチュア楽器の置物など、なかなか普段これだけまとめて音楽関連グッズを見る機会はないので、興味深く見て回りました。

クリアファイルも、ショパンなどの楽譜が前面にプリントされたデザインで、大人の方が使用しても素敵なのではないかと思います。

今回は、個人的に2つのものが目を引きました。

一つは、音符柄、楽譜柄、ポスターの絵の3種類のマスキングテープです。

少し長い曲を練習する際、ページをめくるたびに演奏が止まらないように、コピーして楽譜を繋げて使用する時に重宝しそうです。

セロハンテープでは、意外にすぐ取れてしまいますし、裏面を止めるときに、このような柄のテープを使用すると、遊び心もあり楽しく練習が出来そうです。

もう一つは、クリアファイルなのですが、なんと、音楽用語が両面にプリントされています。

強弱記号から、楽語がびっしり書かれているので、練習している時やレッスンの時に、ちょっと調べたり確認するのにとても便利と思いました。

グッズ売り場以外にも、いろいろなコーナーやブースがあり、コンサートの前後に見て回りました。

ローランドのブースでは、最新のデジタルグランドピアノを使用したミニコンサートが行われ、ショパンコンクールでディプロマ賞を受賞した岩崎洵奈さんのコンサートが行われていました。

また、松尾弦楽器のコーナーでは、10分の1 サイズからヴァイオリンが揃えられていて、試奏できるようになっていました。

身長100センチくらいのお子様が使用する、一番小さい 16分の1 サイズはありませんでしたが、10分の1 サイズのヴァイオリンは、とても小さく可愛らしく見えます。しかし、もちろん本物の楽器なので、きちんと音が出ます。

モーツァルトも、かなりの幼少期からヴァイオリンを弾いていましたので、このサイズも使用していたことでしょう。

テクニクス(Technics。パナソニック株式会社のオーディオ製品のブランド名)のブースでは、アナログレコードを鑑賞する事が出来ました。

SL-1200GAEという希望小売価格33万円もする、限定生産(国内300台)のアナログレコードプレイヤーを使用した試聴会で、とても大きなスピーカーから、まるで生のコンサートを鑑賞しているような、また昔のレコードのノイズを感じさせない良い音を聴くことができました。

コンサートについては、普遍的なテーマという事もあり、色々な演奏家が色々な曲を演奏するプログラムになっています。

事前にチケットを購入しましたが、どのプログラムを聴こうか、かなり悩みました。

ヴィヴァルディの「四季」を再作曲した音楽を、世界的なヴァイオリニストの庄司紗矢香さんが、指揮もしながらヴァイオリンで弾くプログラム(庄司さんが指揮もされるのは、初めてかもしれません)や、本場フランスのナントで大熱狂となったアフリカの太鼓集団ドラマーズ・オブ・ブルンジ、2015年のショパン国際ピアノコンクールで、日本人で唯一ファイナルに進出した小林愛実さんが弾く、モーツァルトのピアノ協奏曲、今回のテーマである「ナチュール(自然と音楽)」にピッタリな、ハイドンの「天地創造」などなど。

そして最終的に、カンマーアカデミーポツダムが演奏する、ヘンデル作曲の「水上の音楽」第1組曲、第2組曲にしました。

ヘンデルは、バッハと並びバロック期を代表する音楽家で、同じドイツ出身です。しかし、一生涯をドイツで活躍したバッハと異なり、ヘンデルは、イタリアでオペラを学び、人生の3分の2はイギリスで活躍しました。最終的に、イギリスに帰化しています。晩年は、完全に失明しましたが、それでも演奏活動を続け、74歳で生涯を終えました。

ヘンデルの作品と言うと、ハレルヤコーラスで有名な「オラトリオ」が真っ先に挙げられますが、「水上の音楽」もそれと並ぶ程有名です。

1717年のイギリス王室ジョージ1世の舟遊びの際に BGM として使用された音楽で、明るく華やかで豪華絢爛という言葉がピッタリな音楽です。

弦楽器だけではなく、チェンバロ、ホルン、オーボエ、ファゴット、昔のトランペットのような楽器が使用され、総勢25人ほどの編成で演奏されました。時代的な事を考えますと、なかなかの大編成と言えるかと思います。

第2曲の方で、トランペットのような楽器の演奏者が2人登場しましたが、トランペットよりも長く、パッと見た感じではトロンボーンかと思ってしまう楽器でした。しかし、楽器の管が伸ばせる訳ではなく、演奏のスタイルはトランペットそのものでした。

ちなみに音は、現在のトランペットの方が、音に迫力があり、より遠くまで一直線に飛ぶ感じですが、貴族の前で演奏する音楽であることを考えますと、今回の楽器の方が、より雰囲気が出ていると思います。

25人ほどの編成で演奏されましたが、指揮者はおらず、コンサートミストレス(コンサートマスターが女性の場合に使用される呼び方)が、やや大きなアクションで演奏しながらメンバーをリードし、いろいろな楽器奏者とアイコンタクトをしながら取りまとめていました。

第1曲は9つ、第2曲は6つの組曲から作られていますが、それぞれ短い音楽で雰囲気が異なるので、飽きる事が無く、とても楽しく聴く事が出来ました。

短いフレーズを、次々と異なる楽器で演奏するなど、わかりやすい音楽なので、バロック音楽をあまり聴いたことがない方にもオススメできると思います。

とても息の合った素晴らしい演奏で、演奏後は拍手が鳴りやまず、演奏者も少し戸惑っているような様子でした。

ゴールデンウィークは、帰省した方や旅行に行かれた方も多いと思いますが、来年は一日予定を空けて、足を運んでみてはいかがでしょうか。

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