(この記事は、2024年6月24日に配信しました第400号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「家、ついて行ってイイですか?」というテレビ番組のお話です。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、番組のディレクターが街中で通りすがりの人に声を掛け、同意を得られた方の帰宅にご一緒して、自宅訪問をしながら、その方のいろいろなお話を聞くというバラエティー番組です。

先日は、都心から少し離れた駅前で、「今、お話を聞いてもいいですか?」と番組ディレクターが千鳥足ぎみの女性に声を掛けている所から番組のVTRがスタートしました。

「今、何をしているのですか?」と聞きますと、女性は「飲んだ後で帰るところで、結構な酔っ払いです。ハハハハッ」と、かなりのご機嫌な様子で答えていました。「帰りのタクシー代をお支払いする代わりに・・・」と番組ディレクターが同行取材の交渉をしようとすると、「でも、すぐそこ。ハハハッ」と、だいぶ楽しそうな笑い声と共に答えていました。結構簡単に、自宅についていく撮影の許可をされていて、少しびっくりしましたが、これも、もしかしたらお酒のせいなのかもしれませんね。

「大したものは、何もないですよ。本当に私一人なんで、今。最近一人暮らしに急になっちゃった。フフフ」と答えていて、ほろ酔いでなくても、なかなか面白いタイプの方なのかもと思いました。「お仕事は何をしているのか?」と聞かれた時に、「人前で披露したり、人に教えたり…」と答えていて、少し謎めています。途中でコンビニに寄り、お買い物をしていて、何を買ったのかと番組ディレクターが聞きますと、大好きなビールとスナック菓子だそうで、帰宅してからも、まだまだ宴会が続きそうです。

今のところに住むきっかけや、どのくらいの年月住んでいるのかという話をしながら、帰路を進みます。

ご自宅に着いて、オートロックの入り口で、バッグから鍵を出そうとしますが、なかなか見つからず。「えっ、ちょっと待って、ホントにちょっと待ってね」とゴソゴソ探すのですが、その後「鍵がありません。うふっ」と少し楽しそうに答え、仕事場にあるのかと聞きますと、「はい。残念ながら、そういう事になります。むしろ…ありがとうございます」と答えていて、VTRを見ていたスタジオの司会者が、「えっ? むしろ?(どういう事)」という驚きの声を漏らしていました。意味不明だなあと思っていましたが、「一緒に取りに帰ってくれるので、ありがたいです。やった~っ!」とガッツポーズまで飛び出し、「あっちに行きましょ~。フフフ」とかなりのご機嫌ぶりが伺えました。

スタジオの出演者も、「(酔っぱらっていて、ハイになっているというよりも)ナチュラルハイだよね」と感想を話していて、もともと陽気なタイプの女性なのかもしれません。

その後タクシーに乗って、職場に鍵を取りに向かうのですが、車内でもいろいろとインタビューが続きました。「その職場は、私が1年間の中で、ほぼそこにいると言っても過言ではない。そこに全部を注いでいる。そういった場所に戻っています」と話していて、どういう職業なのか興味がそそられますね。

職場のあるビルに到着し中に入りますが、「なんの会社?コンクリートうちっぱなしだし」と番組のゲストが不思議そうに話しているのも頷けるほど、なかなか想像がつきません。カーテンの奥に進みますと、急にかなり天井の高い部屋になっていて、なんとパイプオルガンが鎮座していました。でも、取材をしている番組ディレクターやVTRを見ている番組のゲストなどはよくわからなかったようで、「スタジオ?なにこれ?」と口々に話していました。パイプオルガンだと女性が話しますと、「教会にあるやつじゃん」と番組のゲストが話していて、番組ディレクターも少し驚いているような感じでした。家の鍵は無事にあったのですが、その後パイププオルガンの説明がありました。

「ね、これ凄いでしょ。正直言って、これはホントに小型なもので。本当に大きいものだと、大きなコンサートホールの正面にバ~ンとあるようなもので。これは、高さが2.5メートルくらいで、私の生きがいです」と話していました。番組ディレクターも、「これで、小型?」と驚いていましたが、他の楽器と比べてこれほどまでに高さのある楽器は他にはないので、驚くのも頷けます。ちなみに、ピアノは一番大きなサイズのフルコンサートピアノで、3メートルくらいの長さがありますが、水平方向に長い事や、基本的に鍵盤数は、どのサイズも同じ88鍵なので、鍵盤のある方向から見ますと、ピアノの中の弦を見ない限り楽器の長さがあまりピンとこないと思います。

番組では、このパイププオルガンを使って、女性が実際にバッハの有名なトッカータとフーガニ短調の演奏をしていました。先程までの千鳥足ぎみで、だいぶほろ酔い気分を通り越しているようなテンション高めだった様子から、一変して真剣なまなざしでオルガンを演奏していてとても驚きました。

「顔が今までと違う」「変わりましたね!」と、番組ゲストたちも次々にその変貌ぶりに驚いている様子でした。演奏が一段落すると、「おお~っ」「見直した!」と称賛するコメントまで飛び出し、この女性、実は凄い人だったのではと思わせるような感じでした。でも、やはり、まだお酒が抜けていないようで、「(今演奏した曲は)鼻から牛乳で有名な曲です。ハハハ」と楽しそうに話していました。番組ディレクターが改めて職業を聞きますと「私は、オルガニストです」と答えていて、番組ゲストたちも「へ~っ」と驚いていました。

「この場所は、何ですか?」という質問に、「オルガンスタジオで、変な儀式をしているわけではなくて、ここでちゃんとオルガン教室をしています。小学生から80歳の方もいらっしゃったり、物凄く幅広い年代の方がいらっしゃっています」と答えていました。「子供の頃、オルガンって学校にあった気がするんですけれど、それとパイプオルガンとは違うのですか?」という質問には、「発音の原理がちょっと違うんです。このパイプオルガンは、500本の小さいパイプとか大きなパイプがいっぱい入っていて、それも全部手作りです。鍵盤はプラスチックじゃなくて、木で出来ています」と答えていました。「日本製ですか?」と聞きますと、「ドイツです。全部の部品を分解した状態で日本に運んで、ドイツの職人の方が一から組み立てます」と説明をしていて、番組では分解した状態のパイプがずらっと並んでいる写真が映し出され、数の多さに番組ゲストが驚いていました。

「いくらぐらいするんですか?」という質問には、「ですよね~、それ、みんな気になるんですよね~。これを一からオーダーメイドで作ると、たぶん2千何百万円」と答えていて、その時のゲストの驚嘆の声が一番大きかったと思います。

「ピアノとは全然違っていて、パイプオルガンは完全に管楽器の部類に入るので、鍵盤を押して、それから風がパイプに送られて音が鳴るので、完全に笛だと思っていいと思います。教会の礼拝とか結婚式とかオルガンコンサート、演奏会とか・・サントリーホールで演奏したりしています」とお話もされていました。

「足も鍵盤の一つなんですよ」と話しながら、足鍵盤の演奏を始めますと、「これ、チョー難しいじゃん」「え~っ!」と番組のゲストたちが、驚きのコメントを次々とされていました。「足って、つま先と、かかとがあるじゃないですか。それぞれ別の鍵盤を、同時に押す事も出来るんです」と実際に演奏していて、初めて見るテクニックでしたので、私も食い入るように見てしまいました。

「こんなの、難しすぎて無理だよ~」「(足鍵盤を押すというより)足が踊っているじゃん」「両手と足と、全部違う動き!」「それも、ノールックだよ。何も見ていないんだよ」と、非常に率直な感想がたくさん上がっていて、最後には「かっこい~」というコメントまで登場していました。「足は足で独立して使っているので、私たちオルガニストは、手も使うし両足をこうやって使って演奏する生き物なんです」とも解説していました。

ちなみに、この女性は、幼稚園生の時に音楽好きのご両親が流すレコードの中にパイプオルガンの音源があって、雷じゃないけれどびりびりっと天から降ってくるようなスペシャルな音色だなっという事が印象的だったと話していました。

番組の冒頭部分では想像できなかった展開に、だいぶ驚きましたが、なかなか面白い番組に出会ったなあと思いました。

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音大の文化祭


2024年6月10日


(この記事は、2024年5月27日に配信しました第398号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、音大の文化祭についてのお話です。

先日、偶然にも桐朋学園大学 音楽学部の桐朋祭という文化祭の動画を目にしたので見てみました。桐朋学園大学と言えば、音楽界では東京芸術大学と共に日本最難関の音大です。卒業生で有名な演奏家は、全員をご紹介できないほど沢山いらっしゃいますが、指揮者の故・小澤征爾さんや秋山和慶さん、大友直人さん、飯森範親さん、ピアニストでは関本昌平さんや仲道郁代さん、西村由紀江さん、亀井聖矢さん、ヴァイオリニストでは古澤巌さんや諏訪内晶子さん、堀米ゆず子さん、高嶋ちさ子さん、宮本笑里さん、末延麻裕子さんなどが挙げられます。一流の演奏家ばかりで、いかに多くの演奏家を輩出している音大なのかがよくわかりますね。

そのような音大の文化祭での演奏が、YouTubeにアップされていました。ちょうどコロナが流行ったタイミングと同時期ですが、こうして会場に足を運ばなくても、またパソコンや携帯で年月が経っても見ることができるとは、ありがたいですし本当に便利になったなあと感じます。

動画は、コンサートの演奏者である飯塚さんと演奏曲目の紹介から始まっていました。舞台上には、オーケストラと指揮者、そして端にはピアノも置いてありました。通常では、演奏者が舞台に登場して演奏が始まるのですが、いきなり「春の海」(お正月によく流れている曲)をピアノで弾いた音楽が流れました。もちろん、この曲を演奏するわけではありません。唐突すぎて驚いたのですが、これはまだ序の口でした。

「みなさま、本日はお忙しい中、お越しいただきまして、誠にありがとうございます」と、これから演奏する飯塚さん本人の挨拶が始まったのです。これがまた、男性の声ながら、だいぶ甲高い声で、尚且つ昔ながらの古風な言い回しなので、思わずクスっとしてしまいました。一通りの挨拶の後に、自分の名前を江戸時代の人物の様に名乗ったところで、オーケストラのメンバーや指揮者が下を向いてクスクスと笑っている様子が画面に映っていました。その後、舞台上には日本髪にやたらと豪華な髪飾りを付けたカツラを被り、真っ赤な着物をまとい、たすき掛けをして、金色の扇子で顔を隠した一人の人物が静々と登場しました。それを見たオーケストラメンバーは、笑いをこらえるのに必死な人や、笑顔のまま、ジーっとこの後の動向を見守っている人もいて、演奏が始まる前からなんだか文化祭の少し気楽に楽しめそうな様子が伝わってきました。

舞台の中央に到着し扇子を外すと、やたらと真っ白に塗られた顔、頬と口を赤く塗り、眉毛は太く黒々と塗り、やたらとニコーっとした笑顔が見えました。オーケストラのメンバーも、両手で口元を抑え、今にも叫び声を上げそうな人もいて、本当に驚いた様子でした。お辞儀の後、歌舞伎の時に出てくるような黒子がヴァイオリンを差し出し、ソロで演奏が始まりましたが、冒頭のアナウンスにあったモンティ作曲のチャルダッシュではなく、だいぶかけ離れた日本の昔ながらのメロディーを大真面目な顔で演奏し始めました。オーケストラのメンバーも、あまりに意外なメロディーが聴こえてきて、よほど驚いたのか吹き出して笑ってしまい、慌てて両手で顔を隠している人もいました。そこから演奏を途切れさせずに、上手にチャルダッシュの音楽に移行させていて、見事な音楽の流れでした。「ごゆるりと、お楽しみください」とご本人のアナウンスがありましたが、とてもとてもごゆるりとは楽しめず、チャルダッシュの演奏前から、笑いが止まらない楽しいひと時になりました。

さて、チャルダッシュの演奏は、オーケストラの前奏の後にヴァイオリンのソロが始まりました。通常はオーケストラの前奏の後にファゴットなどのソロが入り、ヴァイオリンソロという流れだと思いますので、ちょっと珍しいパターンだと思いました。先程までの、くだけたエンターテイメント要素の高い演出とは異なり、華麗な弓さばきと素晴らしい演奏が披露されていて、あまりに上手で大変驚きました。ギャップが凄すぎて、気持ちが付いていけないほどの衝撃を受けました。

「最初の1フレーズで、演奏者がどのくらい上手に弾ける人なのか、わかってしまうものよ」と、以前ピアノの恩師に言われたことがありますが、「こういう事か!」と思うような出だしの演奏でした。オーケストラのメンバーの中にも、想像以上に上手だったのか、聴き入っているような表情の人もいました。ヴァイオリンの専門ではないので詳しいことはわかりませんが、かなりの難曲である事は確かです。しかし、弾きこなしていて、寝起きだろうが疲れていようが、どういう状況でも普通に弾けてしまうほどの余裕すら感じました。大変細かい音のパッセージの連続では、段々と速く弾いていくのですが、情熱的に弾いているせいなのか、またはエンターテイメントとしての演出なのか分かりませんが、頭を振りながらヴァイオリンを弾くので、やたに豪華な髪飾りがぶんぶんと揺れるわ、かつらが今にも吹き飛びそうな勢いで前後に揺れるわで、まさに髪を振り乱して演奏をしていました。その光景を目にしたオーケストラのメンバーが、何人も噴き出したり、譜面台に顔を隠して笑っていたりしていました。

チャルダッシュの出だしのフレーズを美しく演奏した後、急に客席を見て、舞台で扇子を下げて顔を見せたときのような、やたらに二コーっとした表情をしました。きっと、また何かするんだろうなあと思っていたら、また黒子が登場し、なにやら舞台上に長い帯状の物を広げて去っていきました。何だろうと思ったら、足つぼを刺激する突起の付いたマットのようなものでした。その上を、飯塚さんは演奏しながら歩き始めたのです。ちょうど両足が乗ったところで痛そうな表情と、体をよじって痛さをこらえているかのような様子で、しかも演奏も痛くて涙が出ているかのような音程で演奏をしていて、これがまた面白くて笑ってしまいました。オーケストラのメンバーも、笑いをこらえながら必死に演奏をしていて、なかなか大変そうでした。

そしてまた、出だしのフレーズが終わり、また黒子が登場したので、今度は何だろうと、段々とワクワクと期待をしながら見ていますと、今度はやたらに小さいヴァイオリンを差し出していました。飯塚さんが、顔の横で小さいヴァイオリンを見せていましたが、顔と同じくらいのサイズのヴァイオリンで、おそらく16分の1という一番小さいサイズのヴァイオリンのように見えました。2、3歳のお子様が使用するサイズで、ヴァイオリンの全長は通常は59.4cmなのですが、この16分の1サイズのヴァイオリンは36.1cmくらいだそうです。普段よく見かけるヴァイオリンの半分以下のサイズです。その小さいヴァイオリンを弾くために構えた時、とても小さいことを伝えるために、顔の表情で伝えることも忘れず、演奏を始めました。楽器が変わったので音色は当然ながら変わりますが、音程感が抜群で、とても小さい楽器で演奏しているという大変さを感じさせない演奏でした。

同じ楽器でもサイズが小さくなると演奏が大変という事は、あまりピンと来ないかもしれませんが、例えばピアノですと、赤ちゃんが使うおもちゃのピアノをイメージすると良いかもしれません。通常のピアノと同じように鍵盤はついてはいますが、おもちゃのピアノは鍵盤も小さく鍵盤の深さも異なるため、普段練習している曲を普段と同じように演奏することはおそらく難しいと思います。ヴァイオリンの場合は、弦のこの部分を抑えるとこの音という境界がわかりずらいため、さらに難易度が上がるのではと思います。それを舞台上で、大変そうなそぶりもなく、美しい音色で難曲を歩きながら感情豊かに弾くのですから、やはり凄い演奏者なのではと思いました。

舞台の端まで歩いて一段落しますと、黒子がフラフープを持って待機していました。フラフープを持って、ニコニコしながら舞台中央まで移動し、普段のヴァイオリンを持ち、今度はフラフープを回しながら、演奏を始めます。すると、すぐにフラフープが落ちてしまい、演奏も止まってしまいます。指揮者は、「なにやってんだよ~」と言わんばかりのジェスチャーで指をさして怒っているように見えます。すると、飯塚さんが、ごめんなさいというような、かわいらしいしぐさでお辞儀をして、再チャレンジをします。きちんとフラフープが安定して回った瞬間に指揮者が合図をして、チャルダッシュの一番盛り上がる難解なフレーズが始まりました。とにかく速くて細かいパッセージの部分なので、演奏するだけでも大変な所を、着物姿でカツラをかぶり、フラフープを回し続けながら素晴らしい演奏をするのですから、もはや神業としか言えない気がします。

盛り上がって演奏が終わったかに見えたところ、今度は指揮者がなにやら取り出しました。なんと、鍵盤ハーモニカです。拭き口を演奏者に渡して、飯塚さんがヴァイオリンを弾きながら、鍵盤ハーモニカに息を吹き込み、指揮者が鍵盤を押さえて伴奏をする(オーケストラは休み)というスタイルで演奏が続いたのです。意表を突く演出に驚きますが、まだまだ続き、今度はなんとギターの登場です。飯塚さんがギターを持って、ジェスチャーでギターを指で弾いて演奏しますが、違う違うというジャスチャーをして、なんと、ヴァイオリンを弾くようにギターを顎で挟んで構え、ヴァイオリンの弓を持ち始めました。ヴァイオリンよりも、楽器の厚みがあるので、楽器を構えることも少し大変そうです。さすがにヴァイオリンの様に弓で弦をこすっては演奏しませんでしたが、左手で弦を弾いて、きちんとメロディーを奏でていて、指揮者も何回も笑いをこらえているようでした。

演奏が終わり、指揮者もオーケストラのメンバーも、拍手をしていて、飯塚さんもまた可愛らしいお辞儀をして、これで全部の演奏が終わったのかと思ったら、またまた黒子の登場です。ギターを黒子に渡して、逆にペットボトルの水を渡されます。飯塚さんが、「あ~っ、疲れた」という様子で腰を叩きながら椅子に座り、暑い暑いという様子で、顔の近くで手で仰ぎ、ペットボトルの水を飲もうとすると、椅子に座ったまま、どんどん体が後ろに傾き(背もたれのない椅子なので)、しまいには頭が床についてしまいました。椅子に、腰を付けてブリッジをしているような体勢のまま、なんとヴァイオリンを構え、演奏を始めたのです。こんな体勢でヴァイオリンを演奏している人は、生まれて初めて見たので、びっくり仰天でしたが、これもまた演奏が上手なのです。とても、この不自然極まりない体勢と格好で演奏しているとは到底思えないものでした。

演奏が終わると、後ろ周りをして椅子から降り、立ってヴァイオリンを構え、オーケストラと指揮者と一緒に足踏みをしながら、ゆっくりなテンポで演奏を始め、次第に元の速いテンポに戻して、チャルダッシュの速くて難しいパッセージに入り、その後は、後ろ向きで腰を振り振りしながら演奏もして、最後には黒子が紙吹雪を巻いて盛り上げ、全部の演奏が終わりました。そして、着物の裾を持ち上げながら、相変わらずの可愛らしいお辞儀を何回もして、小走りで舞台から去っていきました。

素晴らしい演奏に、エンターテイメントとしてのアイディアと様々な工夫を組み合わせた、本当にインパクトのある魅了されたステージでした。これを、音大の文化祭で行うのですから、もはや驚異的です。演奏された飯塚さんは、桐朋学園大学に特待生として入学された逸材で、首席で卒業され、現在はNHK交響楽団のヴァイオリン奏者として活躍されています。YouTubeの動画再生が、140万回を超えていて、3年前の動画とはいえ、その人気ぶりがうかがえます。更なるご活躍を期待しつつ、願わくば生で見てみたいものです。

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(この記事は、2024年4月29日に配信しました第396号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「歴代作曲家ギャラ比べ」という本のお話です。

数年前から大変気になっていた本ですが、ようやく手に取って読んでみました。

そもそも、クラシックの音楽家の話というと作曲家の作品紹介や生涯と功績、人物像などをつづったものがほとんどだと思います。しかし、今でも「芸術で飯は食っていけない」と言われるように、音楽や美術などの芸術は職業も限られますし、その収入で生活をしていくとなると、かなり難しい世界というイメージがあると思います。例えば、ピアノが好きで、日本国内の音大ピアノ科に入って勉強し卒業したところで、ピアニストとして収入を得て生活をするという事は不可能に近く、海外の有名な音楽院などで勉強をして、有名な国際ピアノコンクールで優勝もしくは3位くらいまでの入賞をして、実力と知名度を高めて初めて徐々にピアニストとして生活ができるくらいだと思います。そこには、本人の努力だけではなく、元々持っているセンスというのか、才能というのか、幼少期からの突出した何か光るものを持っていないと、おそらくピアニストとしてやっていく事は難しいので、物凄く努力したらピアニストとしてやっていけるというものでもないのかもしれません。

今回読んだ「歴代作曲家ギャラ比べ」は、バッハからストラヴィンスキーまで41人の作曲家が、具体的にいくら稼いでいたのか、またどうやって稼いでいたのかを、具体的に示している本です。作曲家なので、曲を書いていたことは想像に難くないと思いますが、いろいろな手段を使ってお金を稼いで生活をしていたようです。いくら稼いでいたのか?という視点は、これまでの作曲家にまつわる本に、多少なりとも書かれてはいるのですが、当時の通貨で記載されていることがほとんどなので、少額なのか大金なのかもよくわかりません。しかし、この本では、現代の日本円(2019年基準)に置き換えて算出した金額が書かれているので、わかりやすいという点で大変興味が湧きました。それぞれの作曲家の時代で、活躍をしていた国も通貨も当然異なりますが、いくつかの時代に分けて、いろいろな通貨同士の価値も考慮しながら、それぞれ適切な換算率を設定し現代の日本円に算出しているそうです。

例えば、バロック期の作曲家というと、バッハとヘンデルが挙げられますが、ともにドイツ出身でありながら生涯ドイツで活躍をしていたバッハと、ロンドンに移住して後に帰化したヘンデルを比べますと、活躍の場が異なるだけでなく収入面でもかなり異なっていました。

バッハは、教会や宮廷に雇われて、数年くらいの間隔で転職を繰り返しながらいわば公務員のような生活をしていました。18歳で小さな町の教会オルガニストに就任して年俸55万円を稼ぎ、ワイマールで宮廷のオルガニストになって初任給の年俸75万円、ワイマールの楽師長になって年俸125万円、ケーテン宮廷楽長になって年俸300万円、ライプツィヒ聖トーマス教会のカントールになって年収525万円と右肩上がりに収入が増えていきました。バッハの給料は高額ではなく、子だくさんでしたので、むしろなかなか大変な生活だったと思いますが、副収入を得て生活を成り立たせていたようです。葬儀一回の演奏で156円~7500円くらい、42歳の時の宮廷での新年お祝いコンサートで18万円、47歳の時のオルガン試奏で120万円、62歳の時のチェンバロレンタル費で毎月1万円などだそうです。なかなかリアルな生活ぶりが垣間見える気がしますね。

一方で、同い年でもあるヘンデルは、20代でオペラの本場であるイタリアを巡り、様々な影響を受けて一時ドイツに帰国するも、ロンドンに移住して帰化しました。今でいう国際派といったところでしょうか。25歳でハノーファー(ドイツ)の宮廷楽長に就任して年俸750万円で、バッハのどの年齢の稼ぎよりも高い年俸を貰っていたことになります。その後ロンドンに移住して、活動を始めた27歳頃では報酬595万円ほど、35歳~45歳頃は報酬2560万円、45歳頃は報酬3200万円、晩年は報酬6400万円くらいだったそうです。ヘンデルがこんなに高額の報酬を得ていたとはびっくりしますね。しかも、他に株式や年金などに投資をしていたそうで、そちらでも成功し配当も得ていたそうです。

ヘンデルはオペラとオラトリオというジャンルの音楽を作曲していて、上演するには莫大な費用が掛かるものなので、ヒットすると大儲けですが、はずれると大変な赤字になる大博打でした。しかし、優れた作品を次々に生み出し、富と名声を得ていたそうです。当時のオペラは新作が基本で、人気が出ないとすぐに打ち切りになるのですが、たとえ不評でも人気のメロディーなどがあれば、その曲だけ演奏会で演奏されたり出版されたりして、収入や知名度も上がったそうです。

ヘンデルは、晩年にはオペラが売れなくなったそうですが、オラトリオにシフトしてそれがまた大ヒットしたそうです。時代の求めるものを読む事に長けていて、上手に作品作りに取り入れていたような印象ですね。一方で、当時のウケるものばかりを作っていたような気もしてしまうのですが、ベートーヴェンが最も尊敬する作曲家として、何回もヘンデルの名前を挙げていた事や、ヘンデルの楽譜をプレゼントされて大喜びしたという話を聞きますと、儲けやウケる曲ばかりを書いていた訳ではなく、やはり音楽的に素晴らしい作品を生み出していたようです。

そして、ヘンデルの遺産は現代の日本円で7億円くらいあったそうです。遺言書を残しており、結婚していなかったため、姪など30人近くの親族、親子2代でヘンデルを支えたスミス、音楽協会などに分配したそうです。

この本では、他にもモーツァルトとサリエリ(モーツァルトの最大のライバルとも言われていました)、ショパンとリスト(ロマン派の2大天才ピアニスト)、ドビュッシーとラヴェル(フランスの印象派を代表する音楽家)なども、比較しながら紹介されています。そして、作曲家の作品がQRコードで添付されていますので、スマホやタブレットで読み込んで音楽を聴くこともでき、作曲家の名声が高くなった曲や、オペラはヒットしなかったけれど人気のあった曲などを知ることもできますから便利です。

いつの世も、稼いで生活をしていく事は大変な事ですが、作曲家も宮廷に仕えたり、スポンサーを探したり、作品を売り込んだり、自作曲のコンサートをしたり、演奏や指揮をしたりと、作曲すること以外の手段もいろいろと駆使しながら収入を得ていたのですね。

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