(この記事は、2024年2月19日に配信しました第391号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「モーツァルトのどんなところが天才なのか」のお話です。

「題名のない音楽会」というテレビ番組で、「3曲でクラシックがわかる音楽会 ~モーツァルト編~」が放送されていました。司会の石丸幹二さん、ヴァイオリニストの廣津留すみれさん、ゲストに伊集院光さん、解説は鈴木優人さんというメンバー構成です。

「クラシックには興味があり、いろいろ知りたいけれど、今現在何も知らない」と言う伊集院さんに、「今日は、3曲でいいんですからね」と司会者が話しますと、「そういうのが大好きなんです」と答えていて、早速笑い声がスタジオに響いていました。

この時のテーマは、「モーツァルトのどんなところが天才なのかがわかる!」だったのですが、「キャッチフレーズの様に、モーツァルトは天才、天才と言うけれど、どういうところが天才なのか、掘り進めたことがないかもしれない」と伊集院さんが話していて、確かにそういう事を取り上げる場面は少ないかもしれないと思いました。

スタジオには、モーツァルトの等身大のパネルが用意されていて、早速出演者が近くに立ちながら、「あんまり大きくないかもしれない…いや、むしろ小柄かも」と感想を話していて、うんうんと皆が頷いていました。解説者の鈴木さんが、「天才モーツァルトには、たくさんの逸話があって、『作曲は頭の中で全部出来ている。あとは書くだけだ』という話があるんです」と話しますと、直ぐに伊集院さんが、「え~っ?」とびっくりした表情と共に驚きの声を上げていました。モーツァルトは、5歳で作曲を始め、門外不出の曲を一度聴いただけで楽譜に起こしたという天才ぶりも紹介されていました。

「天才すぎて、嫌な感じですよね~」と、冗談交じりに廣津留さんがニコニコしながら話しますと、スタジオでは手を叩いて大きな笑い声も上がっていました。「モーツァルトの本当の天才性は、実は作品の中に潜んでいるんです」と鈴木さんがコメントして、モーツァルトの天才性がわかる1曲目を紹介しました。

「ピアノソナタ第8番イ短調」と書かれたパネルを見た伊集院さんが、「そもそも短調って何でしょう?」と恐縮しながら質問をされ、鈴木さんが、フォルテピアノを弾きながら解説をしていました。「長調の曲は、明るく楽しい印象がありますね。例えば…」と話して「ハッピーバースデー」と曲を弾き、「このようなお祝いの曲にはピッタリですよね。それに対して、短調は…」と言って、同じ曲を短調にして弾きながら、「短調の曲は、暗く重たい印象になりますね」という鈴木さんのお話に、うんうんと皆が頷いて聞いていました。

鈴木さんが続けて、「モーツァルトの作品は、ほとんどが長調で作られているのです。短調の曲は、モーツァルトの全作品の約5パーセントしかないんです。実は、私はモーツァルトの天才性は、短調の曲で一番わかると思うんです」と話し、何故このピアノソナタ第8番でモーツァルトが天才だとわかるのかという解説に移りました。

「暗い印象の短調の曲にも、光が差し込むようなドラマチックな展開があるんです。曲の冒頭部分は、悲劇のオペラが始まったかのように始まるのですが、ところが、途中で同じメロディーが長調になって登場して、展開していくんです。モーツァルトはオペラも作曲していて、劇を作ることがめちゃくちゃうまいんです。オペラは音楽全体で長い物語を作っていくものですが、それがピアノ曲にも表れているのです。ピアノ曲なのに、オペラのような物語があるというところが、天才ならではかなと思うんです」という解説に、確かにそうだなあと聞きながら私も頷いてしまいました。そして、鈴木さんが、モーツァルトが活躍をしていた時代の楽器であるフォルテピアノを使って演奏をしました。

「オペラが始まったかのような悲劇的な出だしです。短調ならではの効果ですね」「ここで光が差し込むような長調に転調して、冒頭の緊張感が和らぎます」「冒頭の短調のメロディーが、ここでは明るい長調になって登場!ここは嵐の前の静けさのような雰囲気です」「短調に戻り、良からぬことが起こるような予感…ドラマチックな展開が続きます」

というように、演奏中に解説文が流れていて、とてもわかりやすいかったです。また、曲の途中ではペダルを使用していましたが、当時の楽器は、ちょうど鍵盤の真下に、薄い板のようなものがあり、それを膝で押し上げて使用していました。アップで映っていたのは、ちょっと珍しいかもしれません。

演奏を聴いた伊集院さんが、「新米の勇者が、頑張っている感じで、時々うまく敵をやっつけたりと言う感じで、冒険に行っている感じがした」という感想を話しますと、演奏した鈴木さんも、「楽器の音域を幅広く使っていて、アドベンチャーみたいな曲でもあるので、まさにその感じかも」と頷きながらお話をされていました。

モーツァルトの天才性がわかる2曲目として、「オペラ『魔笛』より夜の女王のアリア」が取り上げられました。司会の石丸さんが直ぐに、「これか~…」と少し顔をしかめながら呟いていて、ちょっと意味深な感じがしました。「魔笛」というオペラは、王子が試練を乗り越えてヒロインと結ばれるというおとぎ話で、「夜の女王のアリア」は、娘を奪われた母親の復讐心を表現した歌です。「オペラ史上、最も有名なアリアの1つと言っても過言ではない」と鈴木さんが話していました。「そもそも、アリアとは何か?」という伊集院さんの質問に、鈴木さんは、「オペラなどで、登場人物の気持ちを1人で歌う曲の事」と答えていました。

「夜の女王のアリアで、なぜモーツァルトの天才ぶりがわかるのか?」という石丸さんの質問に、鈴木さんの解説が始まりました。

「ボーカロイド(AIを使った音声合成技術)のような、コンピューターでも使わないような高い音を人間が歌うという、限界を超えるような高音を平気で歌わせてるけれど、奇をてらっているわけではなく、きちんと歌詞に合っていて、しかも曲がしっかりと作られていて必然性がある」と話していて、またまた頷きながら聞いてしまいました。「常識にとらわれない音域で、チャレンジした曲を書いたところが、天才ならではかなと思います」とも解説していました。

「超人的な高音を使った超絶技巧に注目!」というテロップと共に、「夜の女王のアリア」の演奏が始まりました。演奏後、なんと伊集院さんが涙を流していて、「ちょっとねえ…」と感極まった表情をされ、「俺らも、こういう仕事をしないとだめですね」と話していました。よほど感動が大きかったのだなあと思いました。ヴァイオリニストの廣津留さんも、笑顔で大きな拍手を送りつつ、「こんなに人の可能性を押し上げるような曲を書いて、アーティストに歌ってもらうという事をするのは、モーツァルトしかいないのでは」と感想を話していました。ちなみに、この「夜の女王のアリア」に出てくる最高音は、真ん中のドから順番にドレミファと数えて、このファの2オクターブ高い音になります。1オクターブ高いファでも、かなり高い音になるのですから、大変高い音になります。かつて、私が音大に通っていた時に、声楽科の友人たちとこの曲について話したことがあります。やはり、高音がとても難しくて声が出せないと話していました。その時は、「歌うのではなく、悲鳴なら高音が出せる」と話していて大笑いしたものですが、アリアでは、もちろん美しい歌声で表現するのですから、オペラ歌手は凄いなあと改めて感じました。

モーツァルトの天才性がわかる3曲目に紹介されたのは、「交響曲第40番ト短調」です。

「実は、3つの音だけで作曲されているんです。たった3つの音のモチーフ(メロディーよりも、もっと小さい音のかたまり)だけで、曲全体を構築しているところが、モーツァルトの天才ぶりが分かる」と鈴木さんが話していました。「モチーフは、1、2小節くらいの長さがある事が多い中、この曲はミ・レ・レという3つの音だけで作られていて、変形しながら繰り返し使って作られています」と話し、3回連続で使ったり、モチーフの音の高さを逆転させて使ったり、楽器同士で掛け合いのように使ったりしています」とフォルテピアノで音を出しながら解説をしていました。

「短いものが繰り返されることは、馴染んでいく効果はあると思うけれど、飽きるんじゃない?お料理でも、いろいろな食材を使ったフルコースは飽きないけれど、今日は全ての料理を卵だけで作らせていただきましたとなったら、相当作る能力が必要ですよね?」と伊集院さんのコメントに、出演者が大笑いしていました。「でも、そのフルコースが全部卵で出来ていて、かつ美味しいとなったら?」と聞かれて、「天才だなっ!」と大声でコメントしていて、またまた笑いが起こっていました。

「膨大なクラシック音楽の中から、ちゃんとピックアップして、素晴らしさを学ぶことができるので、モーツァルト以外の特集もやってほしい」というコメントもされていたのが印象的でした。とても分かりやすい番組内容でしたので、伊集院さんのコメントの様に、他の作曲家の特集も是非見てみたいものですし、放送される際には、生徒さん方におススメしたいと思いました。

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(この記事は、2024年2月5日に配信しました第390号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、大人気ピアニストの持ち物のお話です。

ピアニストは、日本全国また世界各国で演奏活動をしていますが、その時に何を持ち歩いているのか気になるものです。アスリートですと、リラックスしたり、体をいかに早く回復させるかが重要ですので、好みのアロマオイルや体の疲れをとるためのウエアを持っていくという話を聞いたことがあります。また、日本食を持っていくという事もあるようです。

「愛の夢 第3番」などで有名なフランツ・リストは、演奏旅行の時には、音域によって3つに分解された鍵盤を持ち歩いたそうで、馬車に揺られながら指を動かしていたそうです。クラシック音楽の歴史上、最高のピアニストと評されたリストが、移動中でも音の出ない鍵盤を使って練習していたとは凄いですね。現代のピアニストが、同じように音の出ないピアノを持ち歩いているとは思えませんが、ピアニストならではの物を持ち歩いているのなら、興味津々といったところです。

前回のショパンコンクールで、セミファイナリストだった大人気ピアニストの角野隼斗さん、もしかしたら「Cateen かてぃん」さんとご紹介した方がわかりやすいかもしれませんが、先日YouTubeの「ELLE Japan」に登場し、「旅する音楽家がバッグの中身を公開」というタイトルの動画が公開されました。

軽快でおしゃれな雰囲気のピアノ曲が流れる中、角野さんが登場して話し始めました。現在、ニューヨークに拠点を持ち、世界各国を回って演奏活動をされているそうですが、その時に必ず持っていくものを一つずつ実物を見せながら紹介しています。

スーツケースは、2021年から愛用しているそうで、たくさんのステッカーが貼ってありました。それから、iPad。楽譜を全て入れてあり必需品なのだそうです。書き込みなどもしているそうで、譜めくりのパダルとも繋げて、どこの旅先でも、これを使用して練習をしているそうです。

MacBookは、画面が大きいサイズのものに、持ち運びができるキーボードを繋げて、作曲をしたり楽譜を作ったりしているそうです。

小さいサイズのキーボードは、小学生が使ってるピアニカくらいのサイズなのでピアノの練習はできないですが、ピアノが無いときに、細かいところの確認もできるので便利なのだそうです。

手袋とカイロは、手を温めるために必須で、特にカイロはなかなか海外では売っていないので、日本から持っていくのだそうです。ちなみに、カイロのブランドにもこだわりがあるそうで、動画の中でアップで映っていました。

ハンドクリームは、フランスでもらったものだそうですが、手が乾燥するのでよく使うそうです。小さいサイズのお財布は、現金をほとんど使わないため、カード入れとして使っているそうです。これまで2回、タイでスリの被害に遭ってしまったそうですが、「タイのスリの方は、本当にレベルが高いので素晴らしいですよ」と上品な語り口調で話されていて、クスっと笑ってしまいました。この小さいサイズのお財布の中に、AppleのAirTag(エアタグ)が入っていました。ご本人曰く、すぐ物をなくすそうなので、スーツケースやパスポートを入れた袋にも入れているそうです。

アイマスクは、角野さんが自ら身に付けて説明をされていました。片手で両目を覆っているような絵が描かれたアイマスクで、質の高い睡眠が得られるそうです。頂いたものだそうですが、デザインがかわいいというコメントもされていました。

それから、おしゃれなデザインのノート。iPadに書くこともあるのだそうですが、物理的に紙に書きたいときに使っているそうです。ニューヨークのモマ(ニューヨーク近代美術館)で購入したそうで、角野さんの好きなモンドリアンのデザインなのだそうです。

その次は、必需品というより、今持ち歩いているものという事で、ラヴェルの「ボレロ」のスコアが紹介されました。演奏する予定があるそうで、このスコアを見ながら編曲をしているそうです。

「音楽・情報・脳」という本は、知り合いから紹介されたそうで、脳と音楽の関係や、何故人は音楽に感動するのかなど、興味深いことが書かれていて面白いそうです。iPhoneとヘッドフォン2種類は、移動中ずっと音楽を聴いているそうで、移動の距離によって使い分けているそうです。アップル ミュージック クラシカルのアプリで音源を選んで聴いているそうです。ヘッドフォンも、臨場感あふれる音で気に入っている様子でした。

YouTubeの動画の中では、それぞれの持ち物のブランド名も紹介されていて、こだわりを感じるものが多かったように思います。「面白かったかどうか、よくわかりませんが、何かの参考になればと思います」という締めくくりの言葉まで上品さが溢れていて、大変好感が持てました。

クラシックだけではなく、幅広いジャンルで音楽活動をされている角野さんの、ますますのご活躍を期待したいですね。

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(この記事は、2023年12月18日に配信しました第387号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、12月6日に出版されたばかりの「指先から旅をする」という本のお話です。

たまたま何かふとした時に、この本が近々出版されることを知り、慌てて先行予約をして入手しました。なにしろ、大人気ピアニスト藤田真央さんの初エッセイという事ですから、大変注目度が高いのではないかと思います。本の帯にも、「Amazon演奏家・指揮者・楽器の本 第1位」というマークが大きく書かれていました。

木漏れ日の降り注ぐ森の中の小道で、藤田さんが無邪気にピアノを楽しそうに弾いている姿の描かれた表紙は、美しい風景を見ているかのような感じさえして、ついうっとりと見とれてしまいました。

演奏家の本といっても、ライターの方が演奏家を取材して書かれたものもありますが、この本は、「WEB別冊文藝春秋」に掲載されている連載のエッセイをまとめたもので、藤田さん自らが文字を綴ったものです。忙しい演奏活動の中で書かれたのかと思うと、それだけで驚嘆してしまいます。「WEB別冊文藝春秋」は、フリーで読めるのは前半の少しだけですし、今回の本は出版されたばかりで、これから読もうと楽しみにされている方もいらっしゃるかと思いますので、その楽しみを阻害しないように気を付けつつ、でも印象に残ったことなどを少し書いていきたいと思います。

この本は、2021年から23年までの2年間の記録をまとめたもので、260ページ以上ある本ですが、写真も多く掲載され、各項目ごとのお話は短く、インタビュー記事や対談のコーナーもありますので、すいすいと読み進めることができます。写真は、藤田さんの演奏会の写真や、街中でのスナップ写真など、いろいろなものが掲載されていますが、印象深かったのは、藤田さんが使用されている楽譜の写真です。リストの作品の楽譜なのですが、藤田さんの恩師である故・野島稔さんからのアドバイスも書き込まれています。ピアニストの使用している楽譜、しかも書き込みがされているものなんて滅多に見ることができませんので、必見かなと思いました。

故・野島稔さんは、日本を代表するピアニストで、東京音楽大学の学長も務めていました。高校3年生の時に日本音楽コンクール第1位を受賞、その後ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール第2位も受賞され、カーネギーホールでデビューコンサートを行いました。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールやエリーザベト王妃国際コンクール、仙台国際音楽コンクールなど数々の国際コンクールの審査員も務め、国際的に大変評価の高いピアニストです。平成25年度には、日本学術院賞も受賞されています。

野島先生とは、藤田さんが11歳の時に出会ったそうです。全日本学生音楽コンクールの小学生部門で、藤田さんが第1位を受賞された時に審査員をされていたのが野島先生でした。小学生の部を初めて審査したら、藤田さんに出会ったということですから、何かご縁があったのかもしれませんね。その後、野島さんは東京音大の学長となり、しばらくして藤田さんは東京音大の付属高校に入学、さらに同大学へ進学され、17歳くらいから野島先生の直接指導を受けるようになったそうです。そこで、「野島イズム」ともいうべきピアノ演奏への向き合い方や演奏法をたっぷりと学んだそうです。一音一音の響きを大切にすることやハーモニーへのこだわりは、野島先生から受け継いだものと書かれています。

野島先生とのレッスンの様子も描かれています。ピアニストがどんなレッスンを受けてきたのか、なかなか知ることができませんので大変興味深く読みました。いくつか、印象深い言葉を挙げておきます。

・ピアノは「弾く」のではなく、鍵盤を「押さえる」もの・左右それぞれの音の響きを合わせる
・弾き方は自由でよろしい、その代わり、あなたの理想とする音に近づけるよう努力しなさい

全ての意味は分かりませんが、でも、これらの言葉からストイックに真摯さを持ってピアノに向き合うという姿勢が見えてくる気がしました。以前、藤田さんが海外でのコンサートが増えていた時期に、「いろいろな経験を積んで、人間として見聞を深めたい」と話したそうです。この時の野島先生の答えが、大変驚きました。「音楽を学ぶ以上に、幸せなことなどあるのでしょうか。」世界各国で演奏活動をされてきたピアニストの発言は、大変重みがあるなあと感じました。藤田さんも、この言葉を心の大切な場所に刻み付けていて、折に触れてこの言葉や野島先生の声を思い出すでしょうと綴っていました。

全体を通して、藤田さんの感受性の豊かさと、語り口の丁寧さを感じました。そこがまた、藤田さん得意のモーツァルト作品の演奏にも通じるものがある気がします。

ちなみに、この「指先から旅をする」の愛蔵版の発売も決定したそうです。写真をたくさん見たい方や動画も見たいという方は、こちらの愛蔵版の方が良さそうですね。

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