(この記事は、第101号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、音楽と健康についてです。

先日、レッスンが終わり、帰り支度をしているご高齢の生徒さんが、「私くらいの年齢だと、やれどこが痛いとか、どこが悪いとか言っているけれど、私はどこも(体が)悪くないの。健康でないとピアノも弾けないしね」とお話しされていました。

また、別の生徒さんは、「物凄く久しぶりに風邪を引いてしまって、とっても体調が悪くてね、3週間ピアノが弾けなかったの。ピアノが弾けないって、こんなに辛いことだとは思わなかったわ」とおっしゃっていました。

音楽大学に通っていた頃、試験前の弾き合い会で友人が「先生、お腹が痛いんです」と話したところ、「そうなの、可哀そうね。でもピアノは弾けるからね」という返事が返ってきて、「なかなか厳しいなぁ」と思った事がありました。

確かに手を骨折した訳ではないですし、指を動かせばピアノは演奏できますから、腹痛でもピアノは弾けるのかもしれませんし、この教授も試験前という事もあって、激励の意味も込めてお話したのかもしれません。

私も本番が近付いている時には、体調が悪くても練習をしていますが、実際にはなかなか難しく、思ったような練習時間や練習内容をこなすことはできず、普段の練習のような効果は得られません。やはり、健康で元気な体というのは、ピアノを弾く時にも大切なのだと実感します。

ところで、近年では音楽を健康のために利用する研究が盛んに行われています。

古くは、J.S.バッハの名作に、ゴールドベルク変奏曲という作品がありますが、これは不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために作曲されたもので、音楽のリラックス効果を利用したものです。しかし、現在では、音楽以外の専門家も加わり、より専門的に、そしてより効果的に音楽を医学に取り入れる試みがなされています。

例えば、免疫音楽療法学の専門家が監修した、モーツァルトの音楽で脳神経系疾患の予防や、生活習慣病の予防、アレルギーの予防、高血圧の予防、便秘解消などの効果を期待した音楽CDなどが発売されています。

最新・健康 モーツァルト 音楽療法 ~ 脳神経系疾患の予防 ~

ユニバーサルクラシック

最新・健康 モーツァルト 音楽療法 ~ 血液循環系疾患の予防 ~

ユニバーサルクラシック

最新・健康モーツァルト音楽療法 PART4 生活習慣病の予防

ユニバーサル ミュージック クラシック

最新・健康モーツァルト音楽療法 PART5 アレルギーの予防

ユニバーサル ミュージック クラシック

また、医学博士が監修したもので、耳をストレスから解放しニュートラルな心理状態を取り戻すモーツァルト療法のCDもあります。

モーツァルト療法 ~音の最先端セラピー ~3.癒しのモーツァルト ~耳と脳の休息の音楽 ~

マーキュリー・ミュージックエンタテインメント

以前からマッサージやエステ、鍼灸などの施術の時に流れているヒーリング音楽も、単に自然界の音を集めただけではなく、心理学者と作曲家がコラボレーションして、深い安らぎの効果が得られる音色にしたCDがあります。

ぐっすり ふしぎと眠くなる音楽-Good Sleeping Music-

ジェスフィール

心身医学会認定医で心療内科の先生が監修した、自律神経のバランスを整えるCDというのもあります。

自律神経にやさしい音楽

デラ

いずれも試聴モニターで高い効果が得られたり、リラックス効果が実証されているそうですが、個人差はあるのでしょう。ただ、医学と音楽が手を結んで、音楽の新たな可能性が広がっていくのは嬉しい事だと思います。

これから、梅雨の時期や蒸し暑い夏を迎えますので、音楽の力で心身共に、さらに健康になれたらいいですね。

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(この記事は、第96号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、ピアニスト達の系譜についてです。

クラシックの音楽家は、作曲活動がメインと思われがちですが、とても演奏が上手だった音楽家もたくさんいます。

昔は「ピアニスト」とか「作曲家」と呼ばずに、「音楽家」と呼ばれていましたが、それは作曲活動や演奏活動といった1つのジャンルだけではなく、音楽全般について活躍していたからです。

例えば、J.S.バッハは、膨大な数の作品を残していますが、当時ピアノが作られる前に広く使われていたチェンバロという鍵盤楽器をお弟子さん方に教えるための教材として作曲した作品も多く含まれています。

現在のように、たくさん、いろいろな教材があったわけではないので、教材を作ることも音楽家の仕事だったのですね。

演奏もピアノだけではなく、モーツァルトのようにヴァイオリンがとても上手だったり、シューベルトのようにとてもきれいな声を持っていたり、バッハやサン=サーンス、フランクのようにパイプオルガンの演奏がとても上手だった人もいます。

「エリーゼのために」「ソナタ悲愴」「ソナタ月光」など多くのピアノ曲を作曲したベートーヴェンも、幼少の頃からピアノの演奏がとても上手でした。

ベートーヴェンは、「ウィーンへ行ってモーツァルトに習いたい」と思っていたそうですが、実際に訪れた時に既にモーツァルトは他界しており、モーツァルトの先生でもあったハイドンに習います。

そのベートーヴェンも、作曲活動や演奏活動の他に、お弟子さんのレッスンをしていました。その一番弟子が、膨大なピアノ練習曲を書いたことで有名なチェルニーです。

ピアノを弾いている人にとって、チェルニーの練習曲は必須の教材ですが、とにかく量が多く、あまり音楽的な感じがしないので(練習曲なので当たり前かもしれませんが)、苦しまれた方、または今苦しんでいる方も多いかもしれません。

当時、チェルニーは音楽教師として、とても有名でした。

バッハと同じく、お弟子さんを育てるためにあの膨大な練習曲を作曲したのですね。

チェルニーが育てたお弟子さんの中で、おそらく一番有名なのが、「愛の夢第3番」や「ラ・カンパネラ」で有名なリストです。

現在でも史上最高のピアニストと称賛されていますが、神業のようなテクニックと華麗な演奏で当時大人気でした。

リストも多忙な演奏活動の傍ら、400人以上のお弟子さんを育てたことで有名です。

そのお弟子さんの中で有名なのが、ザウアー、ル-ビンシュタイン、ハンス・フォン・ビューローです。

このあたりの時代になりますと、録音が残っていますので当時の演奏を聴くことができます。

ザウアーのお弟子さんの、そのまたお弟子さんが、現在活躍されている内田光子さんや、アルゲリッチになり、ルービンシュタインのお弟子さんがネイガウス、そのお弟子さんがリヒテルやエミール・ギレリスになります。

その他にも同じリストの孫弟子として、ラフマニノフやホロヴィッツ、アシュケナージ、ブレンデルなど、現在世界のトップクラスで活躍されているピアニスト達の名前が挙がります。

リストと同時期に活躍し、ピアノの詩人と呼ばれたショパンも、もちろんお弟子さんを育てていました。現在でもショパンの楽譜として有名な「コルトー版」の著者であるコルトーや、フランス音楽の演奏で大変有名なフランソワなどがそうです。

現在活躍されているピアニスト達の先生の先生の・・・と歴史を遡っていきますと、学校の音楽の授業で習ったベートーヴェンやリストなど、有名な音楽家にたどり着くのです。

これらの音楽家が本当に実在していた事を、改めて感じますね。

数百年前の音楽家たちの音楽の真髄は、楽譜という紙の上だけでなく、実際の演奏に脈々と受け継がれているのです。

そう思うと、現在のピアニスト達の演奏の聴き方も、少し変わってくるのではないでしょうか。

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(この記事は、第94号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、ピアノ調律師のドキュメンタリー映画「ピアノマニア」についてのお話です。

ピアノを弾く人にとって、調律師さんとの付き合いは年に1・2回くらいだと思いますが、それでも調律師の存在は欠かせません。

ヴァイオリンなどの弦楽器やフルートやトランペットなどの木管楽器・金管楽器など、ほとんどの楽器は、演奏する人が自ら調律をします。ピアノが誕生する以前によく使われていた鍵盤楽器:チェンバロでも、同様に演奏する人が調律をします。

しかし、ピアノは、とても複雑で精密な楽器なので、ピアノの調整や修理などを専門に行う調律師が誕生しました。

調律師の仕事として、狂ってしまった音を直したり、切れてしまった弦を張り直すくらいは誰でも知っていますが、調律師が実際にどのような生活をしていて、どのような事をしているのか知らない方がほとんどなのではないでしょうか。

そんな調律師に密着したドキュメンタリー映画「ピアノマニア」が公開されているので鑑賞してきました。

主人公のシュテファンは、世界最高峰のピアノとして有名なスタインウェイ社の調律師で、名ピアニストのピエール=ロラン・エマールの録音に向けて、他のピアニストの調律などの仕事もしつつ、1年以上もの歳月をかけて、調律をしていくストーリーです。

ピアニストは、自分が思い描く最高の演奏を追い続けますから、おのずとピアノやピアノの調律に対しても大変なこだわりを持っています。

ピアニストが求めているピアノの音色を察して、楽器選びからピアノの椅子にまで神経を使い、ピアニストと何度も話し合いながら、具体的なピアノの音色や響きを探していく場面は、とても神経を使い、また神経をすり減らす、とてもストイックな仕事なのだと感じます。

ピアニストが求めている音になるように、音色や響きを工夫しても、ピアニストがあまり気に入ってくれない場面では、気の毒な感じさえしました。

それでも、ピアニストが最高の演奏をするために苦労を惜しまず、録音する日に間に合わせ、ピアニストから最高の褒め言葉を貰った時の笑顔は、これまでの苦労が報われた安堵感に満ちていました。

ピアニストが自分の調律したピアノの音色に心から満足しているという事は、調律師にとっては調律師冥利に尽きるのかもしれません。

この映画では、他にもラン・ランやブレンデルなど大人気ピアニスト達が登場し、コンサート前のリハーサル風景も見ることができます。

日常のごくごく普通のピアニスト達の姿は、とても親近感が湧きますし、リハーサル風景は通常では絶対に見られないので、とても興味深く、貴重なシーンにも感じました。

この映画では、ピエール=ロラン・エマールが、J.S.バッハの「フーガの技法」という作品を録音しています。

この作品は、1740年代に作曲されたバッハの晩年の作品で、未完の傑作とも言われました。演奏楽器の指定がないので、チェンバロや室内楽、オーケストラなど色々な楽器で演奏される作品です。

ピエール=ロラン・エマールは、この曲をピアノで演奏するわけですが、1台のピアノでチェンバロのような響きや、オルガンのような響きなど、曲の場面に応じて具体的なイメージを調律師や録音スタッフと話している場面が出てきます。

この収録された演奏は発売されていますので、映画を思い出しながら聴きますと、演奏者の意図や思いを更に感じることができるかもしれません。

バッハ:フーガの技法
エマール(ピエール=ロラン)

ユニバーサル ミュージック クラシック

映画「ピアノマニア」は、東京のシネマート新宿や、大阪のシネマート心斎橋、愛知の名演小劇場で公開されていますが、3月には静岡のジョイランドシネマ沼津や静岡シネ・ギャラリーでも公開されるようです。

なかなか貴重な映画だと思いますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

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