今回は、前回の「たのしい音楽小話」でも触れましたシューマン作曲「謝肉祭」に絡んだお話をいたします。
「謝肉祭」は元々、キリスト教に関係するものです。「四旬節」という復活祭の前にある特定の期間がありますが、その前に行われるのが「謝肉祭」です。
キリスト教に詳しくはないのですが、「四旬節」では、キリストが味わった苦しみを理解するため、肉類などの食事を取らなかったり、質素な食事にしたりと節制の生活を送るようです。
そのような「つつましい生活を送る期間がある」という点は、イスラム教の断食にも似ていますね。
そして、この「四旬節」の前にみんなで楽しく過ごすお祭りが謝肉祭ですが(イスラム教では断食の後、盛り上がりますね)、今ではそのような宗教的な意味合いは薄くなっているようです。
「謝肉祭」は「カーニバル」とも呼ばれ、現在でも世界各地で開かれています。
イタリア、フランス、ドイツなどのヨーロッパは勿論、アメリカや、ユネスコの世界遺産に登録されているカーニバルまであるようです。
とても華やかな踊りが印象的で、毎年世界中から多くの観光客が訪れ、テレビのニュースでも必ず紹介されるブラジル・リオデジャネイロの「リオのカーニバル」や今では日本で「浅草サンバ・カーニバル」というものも開かれています。
仮装したり、仮面を付けたり、パレードを行ったり、お菓子を配ったり、色々な形で楽しんでいるようですが、この「謝肉祭」を曲のタイトルに付けた作曲家はシューマン以外にもいるのです。
例えば、以前「ピアノのしらべ」でご紹介した、「白鳥」が入っているサン=サーンス作曲の「動物の謝肉祭」や、ベルリオーズ作曲の演奏会用序曲「ローマの謝肉祭」、交響曲「新世界より」が大変有名なドヴォルジャーク作曲の演奏会用序曲「自然と人生と愛」の第2曲にある「謝肉祭」、パガニーニ作曲の「ヴェニスの謝肉祭」などです。
カーニバルのどんな様子を描いたのか興味が湧くのですが、残念ながら「ローマの謝肉祭」以外は、謝肉祭をイメージして作曲されたわけではありません。
たまたま、謝肉祭が開かれている時期だったからとか、他の題名の候補もあって、最終的に「謝肉祭」になった、という事らしいのです。
その点は、シューマンも同じで「よし、謝肉祭をテーマに曲を作ろう!」ということではないのですね。シューマンの作品も、完成された時に謝肉祭の時期だったことが、曲のタイトルになったと言われています。
確かに、シューマンの「謝肉祭」に入っている曲それぞれのタイトルをみますと、謝肉祭とは関係ない名前が多く登場します。
例えば、「ショパン」や、ヴァイオリニストの名前を付けた「パガニーニ」、当時想いを寄せていたエルネスティーネのことである「エストラレ」、後の妻となるクララを指している「キアリーナ」などの人物の名前があります。(2人の女性の名前が付いた曲を、1つの曲集に入れている事は、なかなか理解しがたいものですが…)
パガニーニは、同時代に活躍した超絶技巧のヴァイオリニストで、当時大変人気があったそうです。シューベルトやリストもよく演奏会へ聴きに行っていたそうですが、シューマンも大ファンで、欠かさず聴きに行っていたようです。シューマンから見たパガニーニがどんな人物だったのかも、曲を聴くとわかるかもしれません。
それ以外には、空想上の人物(シューマンの分身的な存在)が2人出てきたり、ワルツがあったりしますが、ちゃんとカーニバルにちなんだ曲も入っています。
「ピエロ」や「アルルカン」「パンタロンとコロンビーヌ」は、すべて道化師のことを指しています。
陽気だったり、ちょっと悲しそうだったり、それぞれのキャラクターをイメージさせるような曲になっています。
シューマンの作品を通して、当時の謝肉祭の様子が、少し感じ取れるかもしれませんね。
今年はショパンの生誕200年のショパン・イヤーで、ラ・フォル・ジュルネのテーマもショパンでした。また、CDショップや本屋さんでも、ショパン関連のコーナーが設けられていて、大いに盛り上がっているようです。
ショパンは、クラシック音楽の中では欠かせない音楽家ですが、今年は他にも記念の年を迎えている作曲家がいるのです。誰でしょうか?
それは、ロベルト・シューマンです。
ショパンにすっかり隠れてしまっていますが、実は彼も生誕200年でショパンと同い年です。
ショパンはポーランド生まれ、シューマンはドイツ生まれなので国は違うのですが、彼らが活躍をしていた当時、お互いに面識もあり、実際に交流も深めていました。
ショパンがドイツのライプツィヒを訪れた時に、メンデルスゾーンを通してシューマンと知り合ったそうです。
参考:ライプツィヒのシューマンの家とメンデルスゾーンの家
趣味の音楽:ヨーロッパ音楽紀行・ライプツィヒ3
趣味の音楽:ヨーロッパ音楽紀行・ライプツィヒ2
ショパンは20歳くらいの頃に、フランスのパリへ渡ります。当時のショパンは、生まれ故郷であるポーランドではピアニストとして名声もあり活躍をしていましたが、現代の様にテレビやインターネットが無い時代では、その名声は限られ、パリではほとんど無名の音楽家だったのです。そして、そのショパンを世に広めたのが、シューマンだったのです。
シューマンはピアノの猛練習のため指を痛めてしまい、ピアニストになる夢を断念し、作曲家としての仕事をしながら、音楽雑誌で評論を書いていました。
ショパンの演奏を聴いたシューマンは、1834年、24歳の時にシューマン自身が立ち上げた「新音楽時報」という音楽雑誌の中で、「諸君、帽子を取りたまえ、天才が現れた」という有名なセリフと共にショパンを大絶賛しました。
このように、シューマンはショパンを高く評価していました。シューマンが同じ頃に作曲をし、シューマンの代表作でもあるピアノ曲「謝肉祭」OP-9 の中にも、第12番目の曲に「ショパン」という題名をつけているくらいです。
では、反対にショパンはシューマンの事を、どのように思っていたのでしょうか?
どうも、シューマンがショパンを思うほどは評価していなかったようです。
シューマンが「天才が現れた」とショパンを大絶賛した時、当のショパンは困惑したどころか、苦笑したそうで、それは彼の友人に宛てた手紙の中でもはっきりと書かれているそうです。
また、シューマンは「謝肉祭」と並んで大変有名な「クライスレリアーナ」をショパンに献呈し、ショパンは「バラード第2番」をシューマンに献呈しました。
この「バラード第2番」も有名で、とても魅力的な作品なのですが、どうもショパン自身はそれほどでもないように思っていたらしく、いろいろな方に作品を献呈して残った曲をシューマンに献呈したようなのです。
この辺りからも、ショパンとシューマン、それぞれの相手に対する思いの温度差を感じますね。でも、どちらの音楽家も、またどちらの作品も、今日ではそれぞれを代表する名曲なのですから、興味深いお話です。
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