(この記事は、第250号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ロシアのピアニズムとブルグミュラーのお話です。
先日、ピアノのセミナーに参加しました。ロシアのピアニズムからブルグミュラー25の練習曲をより魅力的に演奏するというテーマのセミナーでした。
ブルグミュラー25の練習曲は、ピアノを弾いている方にとっては大変よく知られた作品です。ピアノを始めて最初の基本的なテクニックを学んだ後、次のステップとしてよく使われる教材で、一曲一曲にタイトルが付いているので、練習曲ではありますが、1つのピアノ作品を弾いているような感じがするものです。
半ページから見開き1ページという手頃な長さですし、美しい音楽作品なので、お子様から大人の方まで、年代を問わず楽しめるピアノ曲だと思います。
セミナーの講師は、奈良井巳城さんで、名前を聞いたことがあると思っていましたが、なんと大学時代の同級生でした。
必修科目のクラスや習っていた先生が違うので面識はないのですが、ピアノ科の男子学生は少ないので印象に残っていました。大学4年生の卒業試験で、ロシア5人組のバラキレフ作曲「イスラメイ」を弾いて、同じ曲を弾いたもう一人の同級生と同点で主席卒業となり、友人と「凄いねぇ」と話していたことを覚えています。
卒業後のことは知りませんでしたが、経歴を見ますと、卒業後ロシアのモスクワ音楽院に留学して研鑽を積み、帰国後は自らピアノ教室を開き、ショパンコンクール in ASIA やピティナピアノコンペティションなどの審査員、セミナー講師などで活躍されているようです。
学生時代は、どちらかというと大人しそうでクールな印象でしたが、セミナーが始まりますと、だいぶ親しみやすく、2時間のセミナーでも話し足りないくらの話し好きな感じで、だいぶ印象が違いました。
セミナーの前半は、ロシアピアニズムのお話でした。
ロシアというと、クラシック音楽の中では、バレエ音楽で有名なチャイコフスキーや、圧倒的なスケールと迫力があるピアノ協奏曲が有名なラフマニノフ、そしてモスクワ音楽院が思い浮かびます。また、リヒテルやギレリス、アシュケナージなど、ロシア出身の演奏家も数多く挙げられます。
ロシアピアニズムは、簡単に言い表せるものではないそうですが、4つの流派に分かれていて、テクニシャンな演奏や哲学的な演奏など流派によってだいぶ違いがあるそうです。
ブーニンの祖父であるゲンリフ・ネイガウスの流派を継ぐネイガウス派からは、ピアノの巨匠と呼ばれたリヒテルやギレリスが活躍をしました。今回のセミナーでも、リヒテルのエピソードの話がありました。
リヒテルは、毎日手帳に謎の数字を書き込んでいて、身の回りのお世話をしていた人が、何を書いているのかと聞くと、毎日の練習時間を書き込んでいたのです。師匠であるネイガウスが、弟子であるリヒテルを天才だと言っていたほどですが、毎日手帳に練習時間を記入し、まだまだ練習が足りないと自ら戒めていたそうなのです。天才と呼ばれた人も、こうして日々努力を重ねていたのですね。
ネイガウス派の他には、哲学的な演奏をするレオニード・ニコラーエフの流派を継ぐニコラーエフ派から、ショスターコービチが活躍し、スクリャービンと仲良しだったアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルの流派を継ぐゴリデンヴェイゼル派からは、バッハコンクールで優勝したタチアナ・ニコラーエワやカバレフスキーが活躍し、ラフマニノフやスクリャービンと同じ先生に習っていて、テクニシャンな演奏をするコンスタンチン・イグムノフの流派を継ぐイグムノフ派からは、アシュケナージらが現在も活躍しています。
クレメンティがロシアにピアノを持ち込んでから、ロシア語のオペラを作り「ロシア音楽の父」と呼ばれたグリンカが活躍をして、ルービンシュタイン兄弟がサンクトペテルブルク音楽院やモスクワ音楽院を創設し、先ほどの4つの流派に繋がって、現在のピアニストに受け継がれているのです。
ちなみに、講師の奈良井さんはネイガウス派の流れを受け継いでいますが、モスクワ音楽院で自ら受けたレッスンや聴講したレッスンのエピソードをいろいろと話していました。
自分なりの考えやイメージを持って音を出していなかったり、前回のレッスンで指摘されたことだけを直して次のレッスンに行くと、弾いたとたんに楽譜を閉じられてレッスンが終了してしまうという厳しさや、奈良井さんが習っていた女性の先生が、柔らかいタッチで弾くことを指導するために、お弟子さんに自らの体を触るように命じて、聴講していた学生がみんなで驚いたことも話していて、セミナーの会場中が大笑いになりました。現在では、逆セクハラで大問題になると思いますが、そのくらい熱心に指導されていたということなのですね。
セミナーの後半は、ブルグミュラー25の練習曲の話になりました。
この練習曲は、ブルグミュラーが46歳の時にパリで作曲した作品で、ピアノの初期の段階から曲想や情緒を育てられるように作曲されているそうです。
練習曲の最初は、3オクターブの音域で弾けるように作曲され、段々と音域が広がり、最後は5オクターブまで使って弾くようになっています。子供の肩幅に合わせてあるそうで、無理なく弾けるように工夫されています。そのため、基本的には最初から順番通りに練習するのがおススメとのことです。
ブルグミュラー25の練習曲は、色々な出版社から楽譜が出ていますが、楽譜によって曲のタイトルが異なることも話していました。例えば、最後の25番目の曲は、昔ピアノを習った方は「貴婦人の乗馬」という曲名で覚えていると思いますが、現在の楽譜では、「貴婦人の乗馬」以外に「乗馬」「令嬢の乗馬」「お嬢様の乗馬」「お姫様の乗馬」と様々なタイトルが付けられています。
第4番目の曲も、「子供の集会」「小さな集会」「小さな集まり」「子どもたちのつどい」「子供のパーティー」となっていたり、第14番目の曲は、「スティリアンヌ」「スティリエンヌ」「シュタイヤーのおどり」「シュタイヤ地方の踊り(アルプスのおどり)」「シュタイヤー舞曲」「スティリアの女」「シシリアのワルツ」など、出版社によってタイトルが異なります。
1つの楽譜だけに頼ってしまうと、曲のイメージ作りも狭くなってしまうので、いろいろな楽譜を見比べることも大切なのでしょう。
また、曲の構成がしっかりと把握できるようになったり、暗譜もできるようになるために、楽譜マッピングを作ることや、同じ言葉でもその後に続く言葉によって話し方が変わってくるという「調音結合」と呼ばれるものの話も出てきました。
例えば、「お」という字は、「おにぎり」と言おうとして発音する時と、「おはよう」と言おうとして発音する時とでは、言い方が異なってきます。これをピアノ演奏のフレーズを弾くときにも、応用しようということなのです。
確かに、そのフレーズがどこを目指しているのか(フレーズの中心となる部分や、音の高さ、強さなど)によって、フレーズの始まりの弾き方が異なってくるはずです。わかりやすくて、なるほどと思いました。
セミナーの最後の方では、奈良井さんが実際にピアノを弾きながら、それぞれの曲の弾き方のアドヴァイスがありました。
現在の楽譜に書かれている指番号では弾きにくいが、初版の楽譜の指番号だと子供でも無理なく弾けるところや、楽譜に書かれている指番号の意味や演奏の実践的な話もありました。
ちなみに、ピアノを弾くときに手首の柔らかな動きが必要で、手首の回転運動を上手に行うことで、ドソミソ、ドソミソ・・・というような伴奏系や2つの音を交互に速く弾くトレモロというテクニックが身に付きます。そのための練習には、最近、小学生の中で流行っているスクイーズというおもちゃを使うのがよいそうです。
スクイーズは、低反発のスポンジのような素材で、手で握ると柔らかくて気持ち良い感じがします。このドーナツ型(大人の場合はパンケーキ型)を、指先だけで握り、そのまま鍵盤に乗せて交互にくるくると回して音を出すのだそうです。これは、小さいお子様も喜んで練習しそうですね。
「ピアノを弾くときは手首を柔らかく」ということは、よく聞いたり言われたりしますが、頭ではわかっていても実際にはぴんと来なかったり、実際にどうやって弾くのか、なかなかわかりにくいものですが、とてもよいレッスンの参考になると思います。
スクイーズは、100円ショップでも販売されているようなので、興味のある方はお試してみてもよいかと思います。
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