(この記事は、2020年10月12日に配信しました第307号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、お子様の発表会に向けた生徒さんの様子です。

今年は、新型コロナウイルスの影響で、毎年夏に開催しているお子様の発表会が延期となり、年末に行われることになりました。

春の段階で、開催が危ぶまれつつも、曲を決めて練習にとりかかっていた生徒さんが何人もいらっしゃいましたが、幼稚園生や小学校の低学年生など年齢の低い生徒さんは、あまり早くに曲を決めてしまうと、曲に慣れ過ぎてしまい飽きてしまう事もあるので、曲を決めていませんでした。

そのため、これらの生徒さんについては、最近になって曲決めをしています。

今回初めて参加する小学1年生の生徒さんは、ピアノを習い始めて約1年になります。

レッスンに通い始めたときから、今でも事あるごとに「いろいろな習い事をしているけれど、ピアノが一番好きなんだよね~」と話しています。

この生徒さんは、少し前から新しい教材を使い始めていますが、その教材の一番最後に載っている一番長くて難しい曲を、発表会で弾くことになりました。通常ですと、少々難易度が高すぎるのですが、この生徒さんは、ものすごい勢いで上達されているので、当日までの伸びしろを考慮すると、十分弾きこなすことができると判断しました。

元々ピアノが大好きで、曲の構成を把握する力や集中力はあったのですが、以前は、教材の進むペースが比較的ゆったりとしていました。ご自宅には、小さなキーボードしかなく、自由に思いっきりピアノが弾ける環境でないことも影響していたと思います。

もちろん、ご両親も十分理解されていて、次のお子様の出産を控える中、ご実家のピアノを持ってくるか、新品のピアノを購入するか、また家のどこに置くかなど、いろいろと検討されていました。そして、緊急事態宣言が解除され、レッスンが再開されてすぐのタイミングで、新しいピアノを購入されました。

レッスンの時、部屋に入るなり、「新しいピアノが、お家に来たんだよ」と、とても嬉しそうにお話をしていて、これを機にガラッと教材の進むペースが加速され、メキメキと上達しているのです。

この生徒さんを見ていますと、改めて、自宅で練習する楽器の重要性を感じます。習い始めは、どこまで続くかわからない不安や経済的な問題、楽器を置くスペースや防音の問題など、いろいろと考えてしまうわけですが、環境が整わなかったために、ピアノへの興味が薄れてしまったり、あまり上達しないのでは、大変もったいない話です。

この生徒さんは、決めた曲の構成も既に把握していますし、弾ける部分もあるので、これからどのように仕上げていくのか、とても楽しみです。

別の幼稚園生の生徒さんは、昨年、初めてお姉さんが発表会に参加された際、応援にいらしていました。そして今年は、いよいよご自分も出演することになり、楽しみな様子です。

だいぶ前に、お母様からの提案で曲を決めて、練習にとりかかっています。もうだいぶ曲に慣れて、かなり流れるように弾けるようになってきましたので、初めてペダルを使用することにしました。現在は、ペダルの練習をしています。

一番右のダンパーペダルを使用するのですが、まずはペダルに右足の先を乗せて、踏まないところから練習です。これは、簡単に思われますが、意外とそうではなく、いざピアノを弾き始めると、自分が知らない間にペダルを踏んでしまうことがあります。つまり、これまでは両手の動きにのみ意識を向けていたわけですが、これからは、右足も意識しながら、両手で曲を弾いていくことになります。

この生徒さんも、案の定、右足がパタパタと動いてしまっていました。補助ペダル付きの足台を使用していて、この時はペダルと連動させていなかったので、音が濁ることはなかったのですが…。お母様にお話して、ご自宅の練習の時にも、気を付けていただくようお願いしました。

それから少し経って、今度はペダルを実際に使用する練習を始めました。

ペダルは、とても便利なもので、上手に使うと美しく豊かな音色が響くのですが、正しく操作することは簡単ではなく、使い方を間違えますと、音が濁ってしまい踏まないほうが良かったという事にもなりかねません。

最初が肝心で、正しい使い方とタイミングをしっかりと身に付ける練習をします。ペダルを踏んだり上げたり(音を切る、ペダルを元の状態に戻す)する時は、必ず右足のかかとを床に着けたままにすることや、音を弾いてから、その後にペダルを踏むこと、踏むときにはすぐに一番底まで踏み込む事などを、説明しながら練習をしていきました。

小さい生徒さんなので、短い掛け声をかけながら練習をしましたが、楽しそうに練習していて、随分正確にペダルが踏めるようになってきました。掛け声が無くても、正しいタイミングでペダルが使用できる日も、そう遠くない気がしています。

また別の小学1年生の生徒さんは、昨年の発表会で、2人のお姉さんと3人6手連弾およびソロ1曲を弾きました。今年は、曲決めの時に、「去年みたいに、またお姉ちゃんと連弾やりたいな。今度は違う曲で」と話していました。

「まあ、もちろんそれでも良いんだけれど、もう1人で大丈夫なんじゃない? 1人で2曲弾くことも、できるんじゃない?」と話しますと、「あ~、そうだよね。確かに」と答えていて、結局ソロのみで参加することになりました。

候補の曲を挙げてくれたのですが、クリスマスをイメージする曲で、発表会の日程がクリスマス後になることを気にしなければ、それでもいいと思いますが、再度お家の方と相談する事になりました。

コンサートなどではなく、あくまでも発表会なので、弾くご本人やご家族がOKであれば、何の曲を選んでも構わないのですが、季節感や特定のイベントなどをイメージさせる曲を選ぶ時には、一旦確認が必要と思っています。

この生徒さんは、果たして何の曲を選ぶのか楽しみです。

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(この記事は、2020年9月28日に配信しました第306号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、波乱万丈のピアニストのお話です。

9月も残すところ僅かとなり、もうすっかり秋ですね。相変わらずコロナの話題は消えることがありませんが、様々なイベントも徐々に再開し始めており、先日は本当に久しぶりに映画を見てきました。「20世紀最高のバッハの演奏家」と呼ばれているジョアン・カルロス・マルティンスの半生を描いた「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」という作品です。

ジョアンは、リオで開催されたパラリンピックの開会式で国家を演奏し、日本でも話題になりましたので、ご存知の方もおられるかもしれません。

映画を見た感想ですが、こんなに波乱万丈の人生を送っているピアニストがいたのかと強い衝撃を受けました。

幼少期のジョアンは病弱で、学校には通っていましたが、外で友達と遊ぶこともままならない少年時代でした。そんなジョアンは、ピアノで頭角を現し始めます。

ピアノの先生に、「この子は、天才です。あと数年で、私を超えてしまう」と言わせてしまうほどで、すぐに音楽大学の教授のレッスンに通うようになります。

13歳でプロデビューし、アメリカの副大統領から声を掛けられるほどの評判を呼び、20歳でクラシック音楽の殿堂であるカーネギーホールでリサイタルを行いました。その後も、世界各国でリサイタルを行います。

ここまでは、天才のサクセスストーリーですが、徐々に暗雲が立ち込めてきます。

近所の公園でサッカーの試合をしている最中、転倒して右腕を負傷、神経を損傷して、右の指3本が動かなくなる不幸に見舞われます。

指や手が何より大事なピアニストは、万が一のことを考えて積極的にスポーツをする人は少ないように思いますし、いくらサッカーが手を使わないからと言っても、なぜ避けなかったのかと疑問にさえ感じました。

しかし、考えてみますと、サッカーが大変有名なブラジル生まれのブラジル育ちで、幼少期に友達がサッカーを楽しんでいる姿を家の中から見ているだけだったという事を考えると、参加したくなる気持ちも、わからなくもありません。しかし、それがピアニストとして最悪の事態になるとは、人生は皮肉なものです。

懸命のリハビリで、少しずつ回復はしますが、医者の指示を守らず、無理な練習をしてしまいます。

鉄製のギブスをはめて練習にあけくれるところは、作曲家のシューマンが、指がよく動くためと、拷問器具のようなものを作成して練習に明け暮れ、指を壊してピアニストを断念したことを思い出させます。

世界的なピアニストのジョアンですから、無理は禁物という事を頭ではわかっていたのでしょうが、ピアノを弾かずにはいられないという、内から湧き出る衝動的な気持ちを抑えることは難しかったのかもしれません。

リサイタルでは、鉄製のギブスをはめて、鍵盤が血まみれになっても、憑りつかれたように演奏を続けていて、ここまでくると正気の沙汰ではなく、気が狂ったのかとさえ思えますが、その後、倒れて救急車で運ばれるシーンは、あまりに衝撃的で痛々しく感じました。

その後も、様々なことが起きます。家族や子供との別れ、新しいパートナーとの出会い、そして、強盗に襲われて頭を殴られ、脳が損傷してピアノ(右手を動かす)を取るか、会話を取るかという大きな選択も迫らます。これ以上アップ・ダウンの激しい人生は、見たことがないというくらいです。

2度の大きな事故は、ピアニスト生命に大きなダメージを与えましすが、どちらも、もう少し注意深く過ごしていればと思ってしまいます。しかし、それで終わるのではなく、どん底から立ち上がり、懸命にリハビリを行い、左手のピアニストとして練習を始めたり、指揮者への道を模索したりと、難聴に苦しんだベートーヴェンが自殺を思いとどまり、その後、彼の代表作が次々と生み出されていった話にも似ていて、天才とはこういう人なのかとも思いました。

最後のシーンも、見たことのない衝撃的な姿でのピアノ演奏があり、涙を誘いました。

この映画は、ジェットコースターに乗ったような、ジョアンの波乱万丈の人生が目を引きますが、それだけではなく、様々なシーンでのピアノ演奏も、大きな魅力の一つです。幼少期のシーンで、バッハのインヴェンションやシンフォニアが流れたときは、とても素晴らしいと思いましたが、後になって、映画で使われている音楽は、全てジョアン本人の演奏だと知って大変驚きました。バッハだけでなく、いろいろな作曲家の曲がふんだんに使われていて、音楽も十分に楽しめます。

特に、映画の後半の方で、バッハ=ブゾーニのシャコンヌが、楽譜の1ページほど流れていました。私もこの曲が好きで、以前練習していたのですが、とにかく大曲ですし、テクニックも内容も難しい曲で、大苦戦した覚えがあります。そんな曲を軽々と弾きこなし、圧倒するような迫力と奥深さと味わい、バッハの神髄を感じるような感動的な演奏で、映画とはいえ忘れられない名演奏でした。

とても見ごたえのある映画なので、大人の生徒さん方には、ご紹介しようと思っています。

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