(この記事は、第274号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、今年が生誕90年の記念年となるジャズピアニスト、ビル・エヴァンスのお話です。
先日、「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」という映画を見てきました。
ジャズピアノの詩人と呼ばれ、「ワルツ・フォー・デビイ」など数々の名作を生みだし、51歳でこの世を去った伝説のジャズピアニスト ビル・エヴァンスの生涯を綴ったドキュメンタリー映画です。「五大陸国際映画祭」や「モンテヴィデオ国際映画祭」など13もの世界各国の映画祭で、最優秀ドキュメンタリー映画賞などに輝いた作品です。
アメリカ国内の映画祭やイベントなどでは上映されていたそうですが、劇場での公開は日本が世界発になるそうです。
こじんまりした映画館で、平日の午前中という事もあり、お客さんはまばらでしたが、見るからにジャズファンという感じの人々がほとんどでした。
映画は、幼少期の可愛らしい映像から、トリオを組んで活躍していた時、死の間際までの映像だけでなく、本人のインタビューや最初に組んだトリオのメンバーから、最後のトリオのメンバーまで数々の共演者のインタビュー、そして、もちろんジャズの演奏もふんだんに盛り込まれていました。
ジャズというと、独学でピアノを学んでオリジナリティーを追及するようなイメージですが、ビル・エヴァンスはクラシックのピアノの指導も受けており、映画の中で、学生時代に指導していた教授のインタビューでは、ラフマニノフなどをなんでもたやすく弾いていて、すごい才能だったと話していました。
昼間は学校で学び、夜はジャズバーなどで演奏活動を行い、そこから活躍の幅を広げて、ジャズの帝王とも呼ばれたジャズトランペット奏者マイルス=デービスのバンドに呼ばれ、リバーサイド・レーベルとの契約にも繋がっていきます。
しかし、バンド内で唯一の白人だったため人種差別を受けたり、麻薬に手を出したりと問題も出てきます。
その後、ドラマーのポールとベーシストのラファロと共に、自らのトリオを組んで活動を始めます。メンバーの誰もが主役となり、オリジナリティ溢れるアドリブも交えつつ、それでいて全体の一体感が感じられる楽曲と演奏は、他のバンドとは大きく異なり、名曲「ワルツ・フォー・デビイ」なども誕生します。
仕事面では、順調に進んでいたのですが、ベーシストのラファロの乗った車が事故に合い、25歳という若さで死亡してしまいます。ビル・エヴァンスは、かなりショックを受けて、ピアノを弾くことができず、半年ほど活動を休止します。
私生活では、全てを捧げてくれたエレインと出会い、内縁関係になります。
エレインは、ビル・エヴァンスが麻薬に手を出している時でもビル・エヴァンスに寄り添い支えたそうです。長年良好な間柄だったようですが、子供には恵まれず、それも影響したのか、エレインに一方的に別れを切り出し、年の離れたネネットの元へ行ってしまいます。
エレインは、よほどショックを受けてしまったのか、地下鉄に飛び込み投身自殺してしまいます。
ビル・エヴァンスは、もちろん相当ショックを受けるわけですが、それでも2ヵ月後にはネネットと結婚します。やがて、息子も生まれ、穏やかな生活を始めるのですが、幸せな生活も束の間、以前とは異なる麻薬に手を出してしまうのです。
映画では、その頃の映像も流れていましたが、本当に驚きました。それまでの髪の毛をきっちりとセットし、黒縁メガネをかけた少し硬そうなイメージから、たっぷりと髭をたくわえた姿になり、身なりもどことなく清潔感にかけていて、まるっきり別人のような風貌になっていたからです。
それでも、生み出す作品と演奏は素晴らしく、しかもさらに進化していて、特にスローなテンポの曲は、本当に惹きつけられるような魅力がありました。
しかし、徐々に麻薬の使用量が増え、腕には注射針の跡があちこちに見られ、薬物中毒が酷くなっていきます。家庭内も冷え切ってしまい、私生活は徐々に破綻していきます。
幼い頃から尊敬し慕ってきた2歳年上の兄ハリーが、一所懸命ビル・エヴァンスを救おうとするのですが、ハリー自身が統合失調症となってしまい、遂には自殺してしまいます。
ビル・エヴァンスは、長年の麻薬により体がボロボロになり、車の移動中に大量の吐血をして救急病院に運ばれ、そして51歳の生涯を終えます。
映画の中で、最後に連れ添った恋人が、「これで、ビルはもう苦しまずに済む」と、深く悲しみながらも、どこかほっとしたような雰囲気で話していたのが印象的でした。
一流の演奏仲間からも、「本当にすごい」「一音たりとも弾き損ねることがない」「彼がジャズに与えた影響は、この先100年は続く」「時代を動かした」「ビル・
エヴァンス以上に、情感を表現できる者はいない」と天才ぶりを称賛する声がとても多いジャズピアニストですが、素晴らしい名曲と演奏を残した裏側に、バンドメンバーの事故死や恋人や兄の自殺、そして自分自身が薬物中毒と、多くの悲劇と波乱万丈の人生があったとは想像すらできませんでした。
ビル・エヴァンスは、時には鍵盤が見えなくなりそうなほど背中を丸くして、音楽の世界や自分自身の内面に没頭しているかのような雰囲気で演奏をしますが、音楽のカッコよさやアレンジ力だけでなく、クラシックのピアニストのように、一つ一つの音の美しさやフレーズの歌わせ方も素晴らしく、人を惹きつける魅力を持ち、魅せる音楽を奏でるジャズピアニストだと思います。
映画の中では、ふんだんに演奏が流れていましたが、1曲全部を聴きたかったくらいです。
ジャズに詳しくない方にとっても、ビル・エヴァンスのジャズ演奏は、どこかクラシックに通じるものがあり、聴きやすいのではないかと思います。私も、今回の映画をきっかけに、もう少しビル・エヴァンスのジャズ演奏を聴いてみようと思いました。
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