(この記事は、2021年7月5日に配信しました第326号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、「十六歳のモーツァルト」という本のお話です。
十六歳のモーツァルト 天才作曲家・加藤旭が遺したもの 小倉孝保著 KADOKAWA
先日、インターネットでたまたまこの本の紹介を見つけ、興味を持ったので読んでみました。モーツァルトと言えば、クラシック音楽の世界では天才中の天才で、幼い頃より音楽的な才能を発揮して、3日でオペラを書いたなど神業とも思えるような偉業を成し遂げ、数々の傑作を生みだし、若くしてこの世を去った作曲家です。
ピアノや音楽に携わっている方だけでなく、普段ほとんど音楽とかかわりがない方でも、「トルコ行進曲」や「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「きらきら星変奏曲」、オペラ「フィガロの結婚」「魔笛」、交響曲第41番「ジュピター」などは、曲の題名はわからなくても、音楽を聴くと「聴いたことがある」と思うのではないでしょうか。
そんなモーツァルトのような、いやモーツァルトを超える才能を持ったと言われる加藤旭さんという作曲家を、今回初めて知ることができました。
1999年に生まれた加藤旭さんは、生まれた時からいつも穏やかで騒ぐこともなく、周りをよく観察し落ち着きのある子供でした。特に音楽に関心がある家庭ではなかったにもかかわらず、音に敏感で、音の出るおもちゃを好み、穏やかな音楽がテレビから流れてくると、いつの間にか聴き入っていたそうです。
また、絵本を読んでもらう事も好きで、2時間でも3時間でも飽きずに聴いていたそうで、聴くこと自体が心地よかったのでしょう。3歳前後からは、ピアノの鍵盤をたたいて遊び始め、他のおもちゃに興味を示さなくなったそうですから余程のピアノ好きだったのですね。
その後、ピアノを習い始めましたが、習得する能力の高さに指導者も驚き、1年程経つと楽譜をアレンジするようになりました。作曲家としての出発点ですね。
五線譜に楽譜を書くようになり、4歳で五線譜のノートに曲のタイトルを付けて、ゆったりとした音楽や暗く寂しい感じの曲、とびきり明るい曲など、様々な表情の音楽を作曲するようになりました。
「おかあさんがだいすきおとうさんもだいすき」「しゃぼんだまふいた」「ちょうちょがとんでる」など、曲のタイトルを見ただけでも、身の回りの出来事を音にして、音楽にしていることが伝わってきます。
消しゴムを使わず、猛スピードで楽譜を書き、頭の中で鳴っている音楽に書いている手が追い付かない程で、次々と浮かんでくる音楽を追いかけ、音符にしていく様は、モーツァルトやシューベルトと同じで、読んでいて驚きました。
また、旭さん自身が「音が色に変換される」と言っていたそうで、音を聴くと色を感じる共感覚をお持ちだったようです。これは、リストやリムスキー=コルサコフ、シベリウスなども持っていたと言われます。
幼稚園に入園すると、ピアノと並行してヴァイオリンも習い始めました。演奏の腕が上がると、ピアノと同じように作曲を始め、1ヵ月に20曲も作曲していたそうです。
お母様も、次第に旭さんの才能をどう伸ばしたらよいのか、いろいろと悩み考え、できるだけ多くクラシックコンサートに連れて行き、コンサート終了後には楽屋に突撃訪問して、指揮者の佐渡裕さんや船橋洋介さんに、旭さんが作曲した楽譜ノートを見てもらい、アドバイスをもらっていたそうです。
この幼稚園時代に作曲した作品は、サントリーホールで行われる東京交響楽団による「こども定期演奏会」のテーマ曲に選ばれました。小学校に入学したばかりの頃ですが、これまでの最年少受賞者です。この頃には、毎日作曲していて既に427曲も作り上げていました。家族で出かけるときには、必ず曲が浮かぶそうで、五線譜を常に持ち歩いていたそうです。
この演奏会のテーマ曲を選んだのは、指揮者の大友直人さんだったのですが、「旭さんの楽譜は、しっかりとした音楽で、魅力的なフレーズやアイディアが間違いなくある」と評価していて、コンサートでは、大友さんの指揮で演奏されました。演奏後は、客席に向かって大友さん自ら、「将来のモーツァルトかベートーヴェン、ラヴェルかドビュッシーになるかもしれません」と、旭さんへエールを送ったそうです。
入学したばかりの小学校でも、音楽の研究主任の先生に才能を高く評価されます。30冊を超える楽譜ノートには、音符が実に正しく書かれ、消した後さえなく、オーケストラ用の曲もあり、才能の原石に出会ったような感覚で、「まるでモーツァルトの生まれ変わり」だと衝撃を受けたそうです。
この先生は、自身も作曲をしていましたが、「作曲は、何度も音を確かめて楽譜を書き直し、小さなピースをあれこれ試しながらジグソーパズルを作るような作業なのに、旭さんは、一瞬にしてカメラで全体像を掴んでしまっているようで、天賦の才能を与えられた子とは、旭さんのような存在だ」と思ったそうです。
小学3年生の時には、再び「こども定期演奏会」のテーマ曲に選ばれます。テーマ曲に選ばれると、プロの音楽家がオーケストラ用に編曲するのですが、編曲を担当した音楽家の長山善洋さんが旭さんの楽譜を見て、「ピアノで作曲をしながらも、オーケストラの音色を意識した作品作りをしていて、明らかに小学1年生の時とは違っている」と驚いたそうです。
その後、中学受験をすることになり塾に入りますが、入塾時からかなりの成績優秀者だったそうです。そして、灘、開成、栄光学園と、関西と関東の名門最難関中学に全て合格し、通学がしやすい栄光学園中学に入学しました。
中学受験の準備あたりから、作曲のペースはだいぶ減ったようですが、ピアノのレッスンを受けながら文学や化学にも興味の幅を広げていきます。しかし、中学2年生の秋から頭痛を訴え始め、検査をすると頭部に腫瘍ができていました。
本の中では、その後の体調の悪化や家族の動揺などが事細かに書かれていて、段々と読むのが辛くなるほどの生々しさでした。そして、ついに余命3ヵ月と宣告されます。
まだ中学生という若さで、プロが認める作曲の能力を持ち、成績優秀、人柄も申し分ないという非の打ち所がない旭さんを襲った運命は、あまりにも悲しく不条理で、言葉さえ見つかりません。
日々、旭さんが苦痛と衰えに苦しむ中、ご家族が旭さんの生きた証として、また旭さんと同じように難病と闘う人達が治療に前向きになってほしいという気持ちから、旭さんの作品のCD制作を考え、旭さん自身も誰かの役に立てるのは、自分の作った曲しかないと思うようになります。
あと1ヵ月かもしれないという旭さんの残された時間内にCDが完成するように、ピアニストや関係者が準備を行い、遂にCDが完成します。CDが発売されると、その反響は大きく、たくさんの感想が寄せられたそうです。その後、旭さんは再びピアノへの情熱を呼び起こし作曲を始めます。
目が見えなくなり、「明るい世界への憧れが捨てきれない。やはりお母さんの顔が見たい」と泣いていた旭さんが、突然左手の旋律を思いつき、楽譜制作ソフトを使って作曲を始め、16歳の誕生日の翌日、遂に「A ray of light (一筋の希望)」という曲が完成します。
その後も、木管三重奏曲などを作曲し、周囲からは奇跡が起きるかもしれないとも思われていましたが、年を越すと発作やけいれん、運動性失語など病状は悪化していき、遂に16歳で生涯を終えることになります。
旭さんの死後、住んでいた鎌倉市からは、彼の楽曲と前向きな姿勢が多くの市民に勇気と感動を与えたとして感謝状が贈られ、厚生労働省の自殺対策推進室は、ゲートキーパーソングとして彼の曲を採用しました。
本を読んだ後に、旭さんの「A ray of light (一筋の希望)」を聴きました。重々しく苦しくなるような悲しみの音楽が鳴り響き、もうだめかと思えるような世界から、微かに一筋の細い光が見えてくるという音楽で、親しみやすく聴きやすい音楽なのに、メッセージ性が大変強く、「凄い」という言葉しか見つからず、思わず泣けてくるような感動を覚えました。
モーツァルトなどクラシックの作曲家は、両親のどちらかが音楽に精通している事がほとんどで、早くから音楽の英才教育を受けてきた人ばかりです。しかし、旭さんはそのような家庭環境ではなく、自らの様々な体験を、まるで小さい子が自由に絵を描くように音楽を作り、生涯作曲を習う事はありませんでした。彼のような人こそ、「真の天才」なのかもしれません。
他の作品も大変興味があるので、これから聴いてみようと思いますし、ピアノの生徒さん方にも彼のことや作品について話してみたいと思います。
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