(この記事は、2022年2月21日に配信しました第341号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、大人のピアノレッスンについてのお話です。
数十年くらい前は、「猫も杓子もピアノ」という時代で、子供の習い事と言うと「ピアノ」という時代がありました。私自身も小学生時代を振り返ってみますと、クラスメイトでピアノを習っていた人がだいぶ多かった記憶があります。
それから月日が流れ、子供の習い事は、学習塾や英語、理科実験教室にロボット教室、プログラミングなど、実に様々なものが次々に登場し多様化してきています。それに対して、近年は大人がピアノを習い始めるという事がとても多くなってきました。ピアノ教室の生徒さん方を見ても、半分以上が大人になっています。
そんな中、今年1月に「老後とピアノ」という本が出版されました。新聞記者をしていた筆者が、50歳を過ぎて早期退社して始めたピアノレッスンについて書かれているエッセイです。ピアノや、ピアノレッスンについて書かれている本はこれまでにもたくさん出版されていますが、このような体験談は珍しいので読んでみました。
退職してずっとやりたかったピアノを習い始めるというパターンは、決して珍しいものではなく、実際ピアノ教室にもそのような方がよく来られます。筆者は子供の頃にピアノを習っていたそうですが、40年ぶりにピアノを再開して、子供の頃のピアノレッスンと、大人になってからのピアノレッスンの在り方や考え、思いの違いをいろいろと感じたようです。
例えば、「ハノン」というピアノ教材があります。日本に西洋の音楽が入ってきた時に持ち込まれたピアノ教材で、テクニックを学ぶ教材です。ピアノを弾くときに必要なあらゆるテクニックを網羅した教材なので、これを使用して練習をすればかなり技術が身に付くのですが、機械的な練習で、そうそう楽しいものではなく、飽きてしまう事も大変多いものです。
小さい頃にピアノを習っていた方は、よくご存じかもしれませんし、実際に苦しめられた方も多いかもしれません。筆者も、ピアノ=ハノンという事を思い出しつつ、一つの方法という事もわかりつつも、大人と子供とは違うので、いつかやりたい曲を弾くためにハノンを練習するよりも、弾きたい曲を練習するやり方を選んだそうです。
実際に私も現場で、大人の生徒さんを数多く見させていただいていますが、率先してハノンをやっているのは、将来音大を目指しているお子様の生徒さんくらいです。ましてや大人の生徒さんですと皆無で、「きっちり基礎からやりたい」という方や「指が動くようになりたい」という方には、テクニックの曲と、そのテクニックを使用して弾く曲が入っている教材などを使用しています。もちろん、この筆者と同じように、弾きたい曲を弾いている方も多くいらっしゃいます。
ちなみに、「ハノン」をやらないで、弾きたい曲を弾く事が本当にできるのか?という疑問には、本の中に丁寧に回答が書かれています。基礎は大切だけれど、その基礎を鍛えられる曲を探せばよく、テクニックは易しいけれど美しい曲はたくさんあるので、ハノンを弾かなくても問題は解決すると書かれています。そして、「自分のレベルがわからない場合には、ピアノの先生に聞きましょう。そのために先生はいるんです。喜んで助言してくれるはず」とも書かれていて、私も思わず「そうそう」と頷いてしまいました。
お子様は、今後音楽を専門に勉強したり、職業として選択するという可能性もありますから、どうしても教育的要素が多くなり、テクニックの教材と曲、それに場合によっては、ソルフェージュと言う音楽のいろいろな知識や聴音、楽曲分析なども行うことがあります。弾く曲についても、教材に出てくる曲を次々と練習して仕上げて…という流れになり、発表会やオーディション、コンクールともなりますと、弾きたい曲という観点だけではなく、前回とは異なる時代の曲とか違う作曲家の曲、華やかでいろいろな場面展開があってテクニックもある程度アピールできて、舞台映えする曲とか、変な言い方になりますが「点数が取れる曲」という観点も必要になってきます。
それに対して、大人の方は将来ではなく、「今」という観点が最も重要で、その今ピアノを楽しまれている大人の生徒さんが、ピアノ教室にもたくさんいらっしゃっています。本の中にも書かれていますが、「大人には、大人にしかできないピアノの楽しみ方があり、上手いとか下手というものとは別のところにある」という言葉に尽きる気がします。
ピアノを弾いてみたいけれど、躊躇されている方はもちろん、現在ピアノを弾いている方や、実際にピアノレッスンに通われている方々も、共感して読めると思いました。大人の生徒さん方にも、これからおススメしてみたいと思います。
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