魅せるピアノ奏法


2022年10月16日


(この記事は、2022年10月3日に配信しました第356号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、魅せるピアノ奏法のお話です。

9月も終わり、秋本番となりました。この土日に、お子様やお孫さんの運動会があったという方も多いのではないでしょうか。スポーツの秋に食欲の秋、読書の秋、芸術の秋など、いろいろな場面で秋を感じることと思います。コンサートやリサイタルも、以前に比べてだいぶ復活してきているようですから、コロナですっかり足が遠のいてしまった方も、オンラインとは違った生の音楽の素晴らしさを味わってみるのも良いかもしれません。

書店などにも置いてありますが、ピアノの楽譜付きの月刊誌「月刊ピアノ」というものがあります。ピアノや音楽のいろいろな話題だけでなく、クラシックからJポップまで幅広いジャンルのアレンジ楽譜がたくさん掲載されています。今回、その特集に興味があり、手に取ってみました。

特集は、「魅せるピアノ奏法」というもので、最近話題になっているH ZETT Mさんやレ・フレールさん、菊池亮太さんの3人を取り上げていました。

H ZETT Mさんは、体をのけぞったり、ピアノの下にもぐったり、飛び跳ねたりと、いろいろな体勢でパフォーマンスをしながら凄い演奏テクニックでピアノを弾くピアニストです。このような演奏を生徒さんが真似したら、指導されている先生方は腰を抜かしそうですが(笑)。

ピアノのリサイタルやコンサートは、かしこまっていて堅苦しいイメージもありますが、このようなコンサートでしたら大変気軽ですし、面白いので聴きに行きたくなりますね。雑誌のインタビューの中でも、「ピアノは、本来座って弾くべき。立って弾くのは、弾きにくいし間違いだから。でも、音楽という世界で一般的な善悪、正しい、正しくないという枠にとらわれなくてもよい場面があると考えている。何か魅せようというよりも、面白いことないかなあと探している」と話していました。

固定概念から飛び出して、もっと自由に楽しもうという姿勢が感じられます。それにしても、いろいろな体勢でよくピアノが弾けるなあと感心してしまうのですが、これも日頃の練習の賜物のようです。普段は、チェルニーの練習曲をメトロノームに合わせて練習していますが、結構ゆっくりのテンポで、一音ずつ確認しながら弾いているのだそうです。本番でのびっくりするようなパフォーマンスも、実は日々の基礎練習があってこそと言えるのかもしれません。

レ・フレールさんは、連弾のピアニストとして以前から有名です。一般的な連弾のデュオという幅を超えた、兄弟ならではの阿吽の呼吸で素晴らしいピアノ演奏を披露し続け、今年で20年を迎えるそうです。7人兄弟の3番目、長男の守也さんと、5番目の圭土さんのコンビで、お二人ともルクセンブルクの国立音楽学校に留学してピアノを学ばれたそうです。連弾は、1台のピアノを2人で弾くもので、高音部担当のプリモ、低音部担当のセカンドというように、役割分担して1つの音楽を奏でますが、レ・フレールさんはそれだけではなく、演奏中の1人の後ろからもう1人が手を伸ばして二人羽織の形で演奏したり、1人が演奏中にもう1人がピアノに後ろ向きで手を伸ばして弾くというような、実に様々な連弾スタイルを編み出し、魅せるピアノ連弾を確立しました。

即興演奏中に疲れたから替わって、という事で編み出された連弾スタイルもあるそうですから、何か派手な事をしようと狙っているというよりも、日々の練習などで自然と生み出されたものなのかもしれません。独創的な音楽と1台4種の独自の連弾スタイルから、キャトルマンスタイルとも呼ばれています。かつて、幼かったモーツァルトが、宮殿で目隠しをしたり鍵盤を布で隠したままチェンバロを演奏したそうですが、レ・フレールさんの連弾を見たら、きっとビックリするでしょうね。

菊池亮太さんは、超絶技巧を駆使した演奏を披露しているピアニストです。「月刊ピアノ」の中に、いろいろな奏法の動画が見られるようにQRコードがあるので(H ZETT Mさんや、レ・フレールさんのQRコードもあります)、気になる方は実際に動画をご覧になるとよいでしょう。その中に、シフラが編曲した超絶技巧のピアノ曲「熊蜂の飛行」を菊池さんが駅ピアノで演奏している動画があります。リストの再来とまで言われるシフラの編曲ですから、弾きこなせるピアニストも多くはない程の難曲です。

これを、菊池さんは、いとも簡単に弾きこなしていて、最初は観客ゼロの状態でしたが、人々が続々と集まっている様子が映っていました。白髪のお婆様もピアノに吸い寄せられるように近づいていましたし、その横をベビーカーを押しているお母さんと制服姿の幼稚園児が歩いてきているのですが、お母さんの制止を振り切って幼稚園児が菊池さんの方に近づいていく姿もあり、演奏後はあちこちから拍手が沸き起こっていました。練習すれば誰でもできる領域ではありませんが、だからこそ、菊池さんのようなスーパーテクニックを駆使したかっこいいピアニストになりたいと憧れの気持ちを抱く方も多いのかもしれません。

どの方も、単にピアノ演奏を披露するだけではなく、これまでの常識の枠を超えて、お客さんをあらゆる角度から楽しませてくれるピアニストだと思います。また、ピアノという楽器は、思った以上にいろいろな可能性がある楽器だと思いました。今度は、是非生の演奏やパフォーマンスを見てみたいものです。

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