楽器の基礎練習


2023年11月5日


(この記事は、2023年10月23日に配信しました第383号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回の「たのしい音楽小話」は、基礎練習のお話です。

先日、クラシックTVというテレビ番組が、「プロフェッショナルたちの基礎練習帳」というテーマで放送されていたので見てみました。

基礎練習というと、ピアノの場合は、ハノンやバイエル、チェルニーの練習曲などが思い浮かびます。苦労された方や苦しめられた方も多いのではないでしょうか。もちろん、私もその一人です。たまに弾くならまだしも、基本的に毎日一番最初に弾かなければならないですし、何と言っても面白くないという致命的な欠点?!がありますので、気が乗らないどころか苦痛になるという訳です。

プロの演奏家の方々は、実際にどんな基礎練習をしているのか興味津々でしたが、とても興味深い内容でした。番組では、プロフェッショナルな演奏家という事で、指揮者、打楽器、トランペット、声楽(テノール)、ヴァイオリン、クラリネットの演奏家がゲストに登場しました。

楽器の基礎練習というと、ピアノは先程の通りですが、ヴァイオリンや声楽もスケール(音階)を練習するそうです。ピアノの場合は、ハノンの教則本の中に音階もあります。

基本的な指使いを学び、どの指も、均一な音が出せるように鍛えることが主な目的だと思いますが、ヴァイオリンの場合は、弓を上げたり下げたりして演奏する時に、音の厚みが変わらないように(弓を上げながら弾く時に、音が薄くなりがち)注意しながら弾くそうです。弓をだんだん下げて音を出す時には、体重をかけやすいですし、重力もかかるので、自然と音の厚みが出そうですが、反対の動きになりますと、逆らって音を出すことになりますので、だんだん音が薄くなりがちです。ピアノと同じく、均一な音が出せるようにしておかないと、演奏表現にいろいろな影響が出てきてしまいますから、大切な練習なのですね。番組に登場していたヴァイオリニストも、日々感覚が微妙に変わると話していましたので、なおさら重要なのかもしれません。

音階は、全部で24種類ありますが、毎日練習していますと飽きるものですし、そもそもタイトルの付いた曲のように、音楽として美しいとか感動するような要素がないので、とても面白いものとは思えないものです。以前よりちょっと速く弾けるようになった所だけに、私も喜びを見出していたような気がしますが、この番組を見て、「ピアノの音階練習は、実はまだマシだったんだ」という事を知りました。

今度は、指揮者の基礎練習です。指揮者の練習というと、以前一世を風靡した「のだめカンタービレ」に登場する指揮科の千秋先輩のように、スコア(全ての楽器のパート譜をまとめた楽譜)を読みながら、頭の中で全ての音が鳴った時の響きを思い描きながら、指揮棒を振っているイメージなので、基礎練習って何だろう?と思いました。番組のゲストに登場した指揮者の方が、実際に基礎練習をしていたのですが、これがまた驚いてしまいました。指揮棒を、ひたすら下に振り下ろす動作を行っているのです。「演奏以前のものですよね」と解説していましたが、見えないボールを叩いているように、指揮棒を振り下ろした所がぶれないように、指揮棒を振り下ろすのだそうです。この動作で、オーケストラの方々に、演奏するテンポを伝えると話していました。確かに、物凄く大切な練習なのですが、とても地味で、気の毒にさえ感じてしまいます。ピアノの基礎練習の方がいろいろな音を出せるので、まだはるかによかったのですね。

この話の延長で、ストヴィンスキーの「春の祭典」の一部の練習も披露していましたが、1小節ごとに目まぐるしく変わる変拍子の曲を、一定の速度で足踏みしながら、口でメロディーやリズムを口ずさみつつ、手は指揮棒を振るという事をしていました。他のゲストの演奏家の皆さんも、一様に「すご~い」と驚きの声を挙げていました。番組を見た後に、実際にスコアを見てみましたが、いろいろな楽器がいろいろな音とリズムを一斉に出す事を把握するだけでも、かなり大変だと思いますが、そこに次々と変拍子が現れるのですから、難解極まりないとしか言いようのない感じがしました。それと同時に、こんな恐ろしく難しい作品を、一つの美しい楽曲としてまとめ上げるのですから、指揮者は本当に凄いなあと改めて感じました。

次に、打楽器奏者の基礎練習です。打楽器奏者の方が紹介していたのが、「スティック・コントロール」という、そのものズバリというタイトルの教則本です。打楽器を演奏する方の必須教材だそうで、番組で最初のページが映し出されると、ゲストの方々が一斉に「うわ~」「あああ…」というリアクションをしていました。8分音符だけが、ひたすら並んでいるのです。よく見ると、音符の下にRとLの文字が書かれていて、左右どちらの手で叩くのかという指示があり、それを守って叩くそうです。見るからに、絶対に面白くない練習曲と断言できそうな楽譜なので、あのようなリアクションとため息交じりの声が挙がったわけです。全部8分音符という事は、リズムが全て同じですし、打楽器の練習は小太鼓で行うようなので、ピアノやヴァイオリンなど他の楽器のように、ドとかソのような音の変化もないので、本当に単に叩いているだけという事になるのです。おそらく、左右どちらの手をどの箇所で使用しても、均一なリズムと音を目指すという事なのだと思いますが、苦行としか思えない練習に見えますね。

その中で、少しでも前向きに練習する方法として、「嫌いな人の名前を紙に書いて、それを叩く」と打楽器奏者の方が冗談交じりに話していて、司会でピアニストの清塚信也さんも、それくらいしか、やりようがないよね。わかる~という感じのリアクションをされていました。このような話を聞きますと、ピアノの基礎練習は、ドからシまで音の種類がありますし、その並べ方によって様々なフレーズになりますから、バリエーションも打楽器よりはるかに富んでいたのですね。

大変な基礎練習に、ある意味耐えて、またそこになんとか喜びを見出しつつ、励んでプロの演奏家になるわけですが、クラリネット奏者の方が、「練習が好きで、全然いやではなかった」と発言をされていて、ピアニストの清塚さんに、「完全に浮いていますよ」と突っ込まれていました。「音を出せるという事だけで楽しい」と話していて、これもまた凄いなあと思いました。

でも、思い返せば、ピアノ教室の生徒さん方の中でも、このようなタイプの方が実はちらほらいらっしゃいます。きちんと学びたいと思っていたり、だんだんと上達している事が実感できるからと、バイエルやハノンを本当に喜んで一生懸命練習されるので、私もレッスンしながら凄いなあと感心させられています。

今まさに、基礎練習をされている方もたくさんいらっしゃると思いますが、大変だなあと思う時や、気が向かない時には、指揮者や打楽器奏者の基礎練習を思い出していただけますと、「ピアノは、まだいろいろな音が出せて良かった」と少しは前向きに練習できるかもしれませんね。

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