(この記事は、2023年11月6日に配信しました第384号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、大人の生徒さんの発表会のお話です。
先日、大人の生徒さんの発表会が行われました。発表会は近年、コロナの影響で中止になったり、1回あたりの参加人数をかなり少なくして開催してきましたが、今回は、コロナ前とほぼ同様な形で行われました。参加人数は従来通りとなり、観客の人数も制限を設けず、集合写真も復活、講師演奏も行われました。
当日、開場時間前に、関係する講師やスタッフとの打ち合わせを行いました。発表会の進行の確認や、欠席連絡、演奏曲目などの確認のほか、今回はヴァイオリンの人達との合同発表会でしたので、ヴァイオリンの生徒さんの演奏する立ち位置や譜面台の設置場所の確認、ピアノ伴奏の際の屋根の開閉の確認なども行いました。
「屋根」とは、グランドピアノの弦が張ってある部分の蓋のことで、レッスンでは部屋が狭いこともあり、閉めたまま弾くことが多いと思いますが、発表会やリサイタルなどでは、通常大きく開けて演奏します。しかし、発表会でも、他の楽器や声楽の伴奏としてピアノを使用する場合は、音量のバランスを考えて少し開けるくらいで演奏します。ちなみに、2台ピアノの演奏時には、ピアノを向かい合わせに設置しますが、この状態で2台のピアノ共に屋根を全開にしてしまうと、客席に近い方のピアノ(演奏者が舞台向かって右側に座る)の蓋が客席とは反対側に開き、客席から見まると壁のようになってしまいますので、こちらのピアノの屋根は取って演奏します。
打ち合わせ後、出演される生徒さんにご挨拶をしました。いつもご夫婦で開場前からいらしている生徒さんは、今回はお一人で来られていました。「あれっ」と思いましたが、「いよいよですね。調子はいかがですか?」と声を掛けますと、「親戚が亡くなりまして…」とお話になりました。実は前日のレッスン時に、「以前から親戚の容体が悪く、今日明日に何かあっても不思議ではない」というお話はされていました。「それでも、ピアノの発表会だけは参加しようと思っています」と大変な状況にも拘わらず、ピアノの発表会をやり遂げるという固い決意を感じて、ご立派だなあと感じました。
「何かありましたら、遠慮なくいつでもご連絡を下さい」とお話をしましたが、その後連絡がなかったので、てっきり容体が少し安定したのかなと思っていたので、私も大変驚き、「まあ…、そうでしたか…」としか言葉がかけられませんでした。「ピアノは、相変わらず間違いだらけですが頑張ります」と、気丈に振舞われていて、やはり凄いなあと思いました。
別の大人の生徒さんは、早い時間から音出し用のレッスン室で、最後の練習を熱心にされていました。区切りの良さそうなところで、「調子はいかがですか?1回聴かせてください」と声を掛けて、本番前に演奏の確認をしました。1ヵ月前くらいに、本番の譜めくりについてお話をしたところ、「2ページ目以降は暗譜できているからいいんだけど、なにしろ1ページ目の特に最初の方が、なんか覚えにくいんだよね。何回弾いても、覚えられないんだよね」とお話されていました。
大人の生徒さんの発表会では、暗譜は自由という事になっていますので、楽譜を見て弾かれる方が圧倒的に多くなります。この生徒さんは、ほとんど暗譜で弾いているのですが、発表会では、「楽譜は譜面台に置いても見ないから、ほとんど関係ないんだけれどね」とおっしゃりつつ、念のため楽譜を置くことにしています。今回は、1ページ目の暗譜が多少不安という事もあり、楽譜を見て弾く事にしました。
暗譜が心配とお話されていた、1ページ部分は、楽譜を見て弾いているので、何の音を弾くのかわからなくなるという事はなく弾けていました。2ページ目以降も、だいぶスムーズで調子が良さそうでしたが、最後のページの中頃で左手の音が1つ抜けてしまい、その動揺も影響したのか、最後の3小節手前部分で、なんと演奏する手が違っているという事がありました。この箇所は、レッスンでは一番最初の譜読みの時以外は間違えたことがないくらいに、安定感抜群に弾ける所でしたが、本番直前にまさかの事態に、私の方が内心動揺してしまいました。生徒さんご自身は、「えっ?違った?」とケロッとされていたのが幸いでしたが。
そして、会場に移動しますと、なんとほぼ満席状態です。このような光景は、久しぶりでしたので嬉しく思いました。受付のスタッフの方も、「今回は本当にお客様が多くて」と驚いていました。
前半は、ヴァイオリンの生徒さんのステージで、ピアノ伴奏付きの他、先生とのヴァイオリン2重奏もありました。大変スムーズに進行していて、予定時間ピッタリに前半が終わり、休憩後にピアノの生徒さんのステージへ移りました。
ご親戚が当日朝に他界された生徒さんは、舞台上では一切動揺がなく、普段通りに演奏されていました。レッスンでお話をしていた、大きなフレーズが終わったらしっかりとブレスを取るという事が、本番でも自然にできていて、とても歌心のある演奏をされていました。
1ページ目が覚えにくいとお話されていた生徒さんは、問題の1ページ目で少し調子を崩してしまいましたが、その後は体制を整えて演奏ができ、本番直前に弾く手を間違えていたところも、元通りに演奏でき、無事に最後まで弾ききることができました。
今回は、80代の生徒さんも何人か参加されていたようですが、その中のお一人が、かなり緊張してしまったのか、冒頭部分でかなり手こずってしまい、その後も動揺が影響してしまったのか、普段の力が発揮できないまま終わってしまいました。大人の発表会の場合、稀にそのような事が起きるのですが、そのような時にどう対応するのがベストなのか、改めて考えさせられました。自力で音楽を先に進めることができれば、それに越したことはないのですが、なかなか思うようにいかないことが多いものです。緊張して、一音抜けてしまった、指番号を間違えたなど、きっかけは些細な事なのですが、それで調子を崩してしまい影響が大きくなってしまいます。
この生徒さんは、楽譜を覗き込みながら何回も弾き直していましたが、どこの音が間違えていて、本当は何の音を弾くべきなのか、わかっていない様に見えました。このような間違いにはまってしまいますと、なかなか立て直せないものですが、この生徒さんは、その後なんとか次には進め、しかし、また途中で同じような事が起こっていました。2曲目では、少し調子が戻って来たようでしたが、残念ながら本来の力が発揮できなかったように見えました。
あからさまに、舞台に駆け上がって、「この音ではなく、こちらの音ですから、この鍵盤を弾いてくださいね」などと助けるのも、いかがなものかとも思いますし、生徒さんによっては快く思わないでしょう。しかし、「一度舞台に上がったら、お手伝いは出来ませんので、自力で何とかしてください」という対応も、大人の生徒さんの発表会でふさわしいのか疑問にも思います。
この生徒さんは、終演後に集合写真の撮影があったのですが、「思うように全然弾けなかったから、帰ります」と写真撮影前に、お帰りになってしまいました。よほど心残りの演奏になってしまったようで、私も何か気の利いた言葉をかけて差し上げられなかったことを残念に思いました。
普段のレッスンでも、緊張して間違えたりしても、なんとか最後まで弾ききる対策として、繰り返し部分や大きな場面転換のところなど、曲の途中から弾く練習をしたり、本番で弾いているような気持ちで、間違えても、とにかく最後まで止まらずに弾く練習を、ご自宅でもチャレンジするようにお話をしています。
曲の最初からでないと弾けないという方は、結構多いですし、弾いていて「あれっ?」と思った瞬間に指が止まる方も、ちらほら見受けられます。もし、思い当たる方は、上記のような練習をしてみますと、「意外にできるから自信を持とう」とか「案外難しい。もっと練習しよう」とか、ご自身の演奏の新たな発見があるかもしれません。
今回の発表会では、本番で想定外のアクシデントが起きた場合の対応について、生徒さん自身の力で先に進めそうか、どの段階で判断するのか、助けが必要と判断した場合、どのようにしたら、さり気なくサポートができるのか、そもそも防止するために普段からどのような準備をしておくとよいのかなど、改めて見直すきっかけにもなりました。力が発揮できなかった生徒さんが、なんとか今回の件を乗り越えて、次回また参加されることを切に願っています。
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