(この記事は、2024年3月4日に配信しました第392号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、小澤征爾さんのお話です。
指揮者の小澤征爾さんが、2月6日心不全のため88歳で死去されました。クラシック音楽ファンだけではなく、普段クラシック音楽にあまり接点がない方も、小澤さんの死去はニュースで大きく取り上げられたので、ご存知の方も多いと思います。このニュースは、日本だけでなく世界中で報道されたようで、名だたる音楽家の方々が相次いでメッセージを発表していました。その報道を見ますと、改めて小澤征爾さんの偉大さを感じた次第です。
齋藤秀雄に指揮を学び、桐朋学園短期大学を卒業後、24歳でブザンソン国際指揮者コンクールに優勝、カラヤンやバーンスタインの弟子となり、ボストン交響楽団の音楽監督を29年務めつつ、トロント交響楽団やサンフランシスコ交響楽団の音楽監督、タングルウッド音楽祭の音楽監督、師匠である齋藤秀雄の名を冠したサイトウ・キネン・オーケストラやサイトウ・キネン・フェスティバル松本(現在は、セイジ・オザワ松本フェスティバル)の立ち上げ、新日本フィルハーモニー交響楽団の創立もしています。
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の創立100周年記念公演の指揮や、毎年1月に開催されているウィーンフィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートに日本人初として指揮を振ったり、東洋人初としてウィーン国立歌劇場音楽監督にも就任しました。クラシック音楽は、西洋で生まれて花開いたものですが、小澤さんがブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した当時は、東洋人が西洋の音楽を理解し、表現できるわけがないという偏見がまだまだ多くあった時代でした。語りつくせない程の多くのご苦労があったのではと思いますが、それを乗り越えて、こうして世界中の音楽シーンの第一線で活躍し続けたという事は、本当に凄いことだと思います。
ちなみに、新日本フィルハーモニー交響楽団は、音楽家の山本直純さんと共に創立しています。山本直純さんは、小澤さんの3歳年上のようですが、齋藤秀雄の指揮教室で出会った旧知の仲だそうです。まだ若かりし当時、山本さんは、小澤さんに「お前は、世界の頂点を目指せ。俺は、日本で底辺を広げる」と言ったという有名なエピソードがあります。その後、小澤さんは、その通りに世界中で大活躍をし、「世界のオザワ」と呼ばれるまでになりました。ちなみに、山本さんは、10年間程テレビ放送されていた音楽番組「オーケストラがやってきた」の司会から音楽監督を一手に引き受けたり、作曲活動にも力を入れ、映画「男はつらいよ」のテーマ曲、童謡「1年生になったら」「こぶたぬきつねこ」、テレビ番組「8時だよ!全員集合」のテーマ曲などなど、次々と代表作を生み出し、日本国内で音楽を大衆に広めました。おそらく、誰もが聴いたり歌ったことのある音楽だと思います。うろ覚えではありますが、私も小さい頃に「オーケストラがやってきた」の公開録画に行き、黒縁メガネで髭のある陽気なおじさんが、ニコニコしながら話していたり、指揮をしていたことを覚えています。サインをもらったり、赤ちゃんだった妹を抱っこしてくれたそうです。小澤さんに話した通り、日本の音楽界の底辺を広げる活躍をしたのですね。
小澤さんの死去のニュースが世界中を駆け巡り、いろいろなところで追悼の番組や特集が組まれています。先日のニューズウィーク日本版では、「世界が愛した小澤征爾」と大きくタイトルが書かれ、「巨匠・小澤征爾、88年の軌跡」という特集が掲載されていました。小澤さんの師匠であったカラヤンやバーンスタイン、チェロの巨匠ロストポーヴィチとの写真や、小澤さんが指揮をしている写真、山本直純さんとの写真などがたくさん掲載され、その他にも、小澤さんのアルバムの名盤紹介や小澤語録などもありました。
その中で、指揮者の佐渡裕さんのインタビュー記事が目に留まりました。佐渡裕さんは、小澤さんの弟子であり、小澤さんと同じくバーンスタインの弟子でもあります。小澤さんの亡き後、次世代を担う世界的指揮者と言っても良いかと思います。インタビュー記事には、小澤さん(記事では小澤先生と書かれています)の死後初めての演奏が、小澤さんゆかりのホールで、偶然にも葬送の曲だったことや、小澤さんが指揮をした演奏を初めて聴いた時の事、初めて小澤さんの前で指揮をして、振り間違えて落ち込んでいた時に声を掛けられて号泣したこと、ママさんコーラスや高校の吹奏楽の指揮などを掛け持ちしていて、そこそこ収入があると話した際に、「今、親のすねをかじってでも勉強しなきゃ駄目でしょ」と小澤さんに一喝され、全てを辞めて、小澤さんのアドバイス通りに留学した事など、大変興味深いエピソードが満載でした。
かつて、小澤さんがNHK交響楽団のメンバーからボイコットされた時を振り返った小澤さん自身の発言や、佐渡さんがコンクールで優勝してからのアドバイスなどは、弟子から見た小澤さんの人柄が垣間見えるようでした。佐渡さんは、昨年から、小澤さんと山本さんが創立した新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任していて、これも運命だと思ったそうです。師匠である小澤さんへの思いに溢れた記事でした。
小澤さんの活躍は、普段クラシック音楽にあまり接点がない方でも、目にしているかも知れません。1998年の長野オリンピックの開会式で、ベートーヴェンの第9交響曲、通称第9を小澤さんが指揮したわけですが、この時の有名なエピソードがあります。覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、開会式では、航空自衛隊のブルーインパルスが飛行しました。時速600キロで飛ぶブルーインパルスが、第9の演奏後という絶妙なタイミングで聖火台の上から飛ぶことになっていて、練習自体は順調だったそうです。しかし、全体リハーサルになると、開会式の各演目が数分ずつ時間がずれてしまい、ブルーインパルスの到着時刻を正確に決められない問題が発覚しました。この大問題をどうやって解決したのかと言うと、小澤さんの演奏の正確性でした。何回演奏しても、演奏時間が秒単位でいつもピッタリ正確なのです。オリンピック当日は、リハーサルより10分も遅れたそうですが、小澤さんの全くぶれない正確な演奏時間のおかげで、会場到着時刻が予測でき、ブルーインパルスがピッタリのタイミングで飛行できたそうです。凄いの一言ですね。
小澤さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
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