(この記事は、2024年5月27日に配信しました第398号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、音大の文化祭についてのお話です。
先日、偶然にも桐朋学園大学 音楽学部の桐朋祭という文化祭の動画を目にしたので見てみました。桐朋学園大学と言えば、音楽界では東京芸術大学と共に日本最難関の音大です。卒業生で有名な演奏家は、全員をご紹介できないほど沢山いらっしゃいますが、指揮者の故・小澤征爾さんや秋山和慶さん、大友直人さん、飯森範親さん、ピアニストでは関本昌平さんや仲道郁代さん、西村由紀江さん、亀井聖矢さん、ヴァイオリニストでは古澤巌さんや諏訪内晶子さん、堀米ゆず子さん、高嶋ちさ子さん、宮本笑里さん、末延麻裕子さんなどが挙げられます。一流の演奏家ばかりで、いかに多くの演奏家を輩出している音大なのかがよくわかりますね。
そのような音大の文化祭での演奏が、YouTubeにアップされていました。ちょうどコロナが流行ったタイミングと同時期ですが、こうして会場に足を運ばなくても、またパソコンや携帯で年月が経っても見ることができるとは、ありがたいですし本当に便利になったなあと感じます。
動画は、コンサートの演奏者である飯塚さんと演奏曲目の紹介から始まっていました。舞台上には、オーケストラと指揮者、そして端にはピアノも置いてありました。通常では、演奏者が舞台に登場して演奏が始まるのですが、いきなり「春の海」(お正月によく流れている曲)をピアノで弾いた音楽が流れました。もちろん、この曲を演奏するわけではありません。唐突すぎて驚いたのですが、これはまだ序の口でした。
「みなさま、本日はお忙しい中、お越しいただきまして、誠にありがとうございます」と、これから演奏する飯塚さん本人の挨拶が始まったのです。これがまた、男性の声ながら、だいぶ甲高い声で、尚且つ昔ながらの古風な言い回しなので、思わずクスっとしてしまいました。一通りの挨拶の後に、自分の名前を江戸時代の人物の様に名乗ったところで、オーケストラのメンバーや指揮者が下を向いてクスクスと笑っている様子が画面に映っていました。その後、舞台上には日本髪にやたらと豪華な髪飾りを付けたカツラを被り、真っ赤な着物をまとい、たすき掛けをして、金色の扇子で顔を隠した一人の人物が静々と登場しました。それを見たオーケストラメンバーは、笑いをこらえるのに必死な人や、笑顔のまま、ジーっとこの後の動向を見守っている人もいて、演奏が始まる前からなんだか文化祭の少し気楽に楽しめそうな様子が伝わってきました。
舞台の中央に到着し扇子を外すと、やたらと真っ白に塗られた顔、頬と口を赤く塗り、眉毛は太く黒々と塗り、やたらとニコーっとした笑顔が見えました。オーケストラのメンバーも、両手で口元を抑え、今にも叫び声を上げそうな人もいて、本当に驚いた様子でした。お辞儀の後、歌舞伎の時に出てくるような黒子がヴァイオリンを差し出し、ソロで演奏が始まりましたが、冒頭のアナウンスにあったモンティ作曲のチャルダッシュではなく、だいぶかけ離れた日本の昔ながらのメロディーを大真面目な顔で演奏し始めました。オーケストラのメンバーも、あまりに意外なメロディーが聴こえてきて、よほど驚いたのか吹き出して笑ってしまい、慌てて両手で顔を隠している人もいました。そこから演奏を途切れさせずに、上手にチャルダッシュの音楽に移行させていて、見事な音楽の流れでした。「ごゆるりと、お楽しみください」とご本人のアナウンスがありましたが、とてもとてもごゆるりとは楽しめず、チャルダッシュの演奏前から、笑いが止まらない楽しいひと時になりました。
さて、チャルダッシュの演奏は、オーケストラの前奏の後にヴァイオリンのソロが始まりました。通常はオーケストラの前奏の後にファゴットなどのソロが入り、ヴァイオリンソロという流れだと思いますので、ちょっと珍しいパターンだと思いました。先程までの、くだけたエンターテイメント要素の高い演出とは異なり、華麗な弓さばきと素晴らしい演奏が披露されていて、あまりに上手で大変驚きました。ギャップが凄すぎて、気持ちが付いていけないほどの衝撃を受けました。
「最初の1フレーズで、演奏者がどのくらい上手に弾ける人なのか、わかってしまうものよ」と、以前ピアノの恩師に言われたことがありますが、「こういう事か!」と思うような出だしの演奏でした。オーケストラのメンバーの中にも、想像以上に上手だったのか、聴き入っているような表情の人もいました。ヴァイオリンの専門ではないので詳しいことはわかりませんが、かなりの難曲である事は確かです。しかし、弾きこなしていて、寝起きだろうが疲れていようが、どういう状況でも普通に弾けてしまうほどの余裕すら感じました。大変細かい音のパッセージの連続では、段々と速く弾いていくのですが、情熱的に弾いているせいなのか、またはエンターテイメントとしての演出なのか分かりませんが、頭を振りながらヴァイオリンを弾くので、やたに豪華な髪飾りがぶんぶんと揺れるわ、かつらが今にも吹き飛びそうな勢いで前後に揺れるわで、まさに髪を振り乱して演奏をしていました。その光景を目にしたオーケストラのメンバーが、何人も噴き出したり、譜面台に顔を隠して笑っていたりしていました。
チャルダッシュの出だしのフレーズを美しく演奏した後、急に客席を見て、舞台で扇子を下げて顔を見せたときのような、やたらに二コーっとした表情をしました。きっと、また何かするんだろうなあと思っていたら、また黒子が登場し、なにやら舞台上に長い帯状の物を広げて去っていきました。何だろうと思ったら、足つぼを刺激する突起の付いたマットのようなものでした。その上を、飯塚さんは演奏しながら歩き始めたのです。ちょうど両足が乗ったところで痛そうな表情と、体をよじって痛さをこらえているかのような様子で、しかも演奏も痛くて涙が出ているかのような音程で演奏をしていて、これがまた面白くて笑ってしまいました。オーケストラのメンバーも、笑いをこらえながら必死に演奏をしていて、なかなか大変そうでした。
そしてまた、出だしのフレーズが終わり、また黒子が登場したので、今度は何だろうと、段々とワクワクと期待をしながら見ていますと、今度はやたらに小さいヴァイオリンを差し出していました。飯塚さんが、顔の横で小さいヴァイオリンを見せていましたが、顔と同じくらいのサイズのヴァイオリンで、おそらく16分の1という一番小さいサイズのヴァイオリンのように見えました。2、3歳のお子様が使用するサイズで、ヴァイオリンの全長は通常は59.4cmなのですが、この16分の1サイズのヴァイオリンは36.1cmくらいだそうです。普段よく見かけるヴァイオリンの半分以下のサイズです。その小さいヴァイオリンを弾くために構えた時、とても小さいことを伝えるために、顔の表情で伝えることも忘れず、演奏を始めました。楽器が変わったので音色は当然ながら変わりますが、音程感が抜群で、とても小さい楽器で演奏しているという大変さを感じさせない演奏でした。
同じ楽器でもサイズが小さくなると演奏が大変という事は、あまりピンと来ないかもしれませんが、例えばピアノですと、赤ちゃんが使うおもちゃのピアノをイメージすると良いかもしれません。通常のピアノと同じように鍵盤はついてはいますが、おもちゃのピアノは鍵盤も小さく鍵盤の深さも異なるため、普段練習している曲を普段と同じように演奏することはおそらく難しいと思います。ヴァイオリンの場合は、弦のこの部分を抑えるとこの音という境界がわかりずらいため、さらに難易度が上がるのではと思います。それを舞台上で、大変そうなそぶりもなく、美しい音色で難曲を歩きながら感情豊かに弾くのですから、やはり凄い演奏者なのではと思いました。
舞台の端まで歩いて一段落しますと、黒子がフラフープを持って待機していました。フラフープを持って、ニコニコしながら舞台中央まで移動し、普段のヴァイオリンを持ち、今度はフラフープを回しながら、演奏を始めます。すると、すぐにフラフープが落ちてしまい、演奏も止まってしまいます。指揮者は、「なにやってんだよ~」と言わんばかりのジェスチャーで指をさして怒っているように見えます。すると、飯塚さんが、ごめんなさいというような、かわいらしいしぐさでお辞儀をして、再チャレンジをします。きちんとフラフープが安定して回った瞬間に指揮者が合図をして、チャルダッシュの一番盛り上がる難解なフレーズが始まりました。とにかく速くて細かいパッセージの部分なので、演奏するだけでも大変な所を、着物姿でカツラをかぶり、フラフープを回し続けながら素晴らしい演奏をするのですから、もはや神業としか言えない気がします。
盛り上がって演奏が終わったかに見えたところ、今度は指揮者がなにやら取り出しました。なんと、鍵盤ハーモニカです。拭き口を演奏者に渡して、飯塚さんがヴァイオリンを弾きながら、鍵盤ハーモニカに息を吹き込み、指揮者が鍵盤を押さえて伴奏をする(オーケストラは休み)というスタイルで演奏が続いたのです。意表を突く演出に驚きますが、まだまだ続き、今度はなんとギターの登場です。飯塚さんがギターを持って、ジェスチャーでギターを指で弾いて演奏しますが、違う違うというジャスチャーをして、なんと、ヴァイオリンを弾くようにギターを顎で挟んで構え、ヴァイオリンの弓を持ち始めました。ヴァイオリンよりも、楽器の厚みがあるので、楽器を構えることも少し大変そうです。さすがにヴァイオリンの様に弓で弦をこすっては演奏しませんでしたが、左手で弦を弾いて、きちんとメロディーを奏でていて、指揮者も何回も笑いをこらえているようでした。
演奏が終わり、指揮者もオーケストラのメンバーも、拍手をしていて、飯塚さんもまた可愛らしいお辞儀をして、これで全部の演奏が終わったのかと思ったら、またまた黒子の登場です。ギターを黒子に渡して、逆にペットボトルの水を渡されます。飯塚さんが、「あ~っ、疲れた」という様子で腰を叩きながら椅子に座り、暑い暑いという様子で、顔の近くで手で仰ぎ、ペットボトルの水を飲もうとすると、椅子に座ったまま、どんどん体が後ろに傾き(背もたれのない椅子なので)、しまいには頭が床についてしまいました。椅子に、腰を付けてブリッジをしているような体勢のまま、なんとヴァイオリンを構え、演奏を始めたのです。こんな体勢でヴァイオリンを演奏している人は、生まれて初めて見たので、びっくり仰天でしたが、これもまた演奏が上手なのです。とても、この不自然極まりない体勢と格好で演奏しているとは到底思えないものでした。
演奏が終わると、後ろ周りをして椅子から降り、立ってヴァイオリンを構え、オーケストラと指揮者と一緒に足踏みをしながら、ゆっくりなテンポで演奏を始め、次第に元の速いテンポに戻して、チャルダッシュの速くて難しいパッセージに入り、その後は、後ろ向きで腰を振り振りしながら演奏もして、最後には黒子が紙吹雪を巻いて盛り上げ、全部の演奏が終わりました。そして、着物の裾を持ち上げながら、相変わらずの可愛らしいお辞儀を何回もして、小走りで舞台から去っていきました。
素晴らしい演奏に、エンターテイメントとしてのアイディアと様々な工夫を組み合わせた、本当にインパクトのある魅了されたステージでした。これを、音大の文化祭で行うのですから、もはや驚異的です。演奏された飯塚さんは、桐朋学園大学に特待生として入学された逸材で、首席で卒業され、現在はNHK交響楽団のヴァイオリン奏者として活躍されています。YouTubeの動画再生が、140万回を超えていて、3年前の動画とはいえ、その人気ぶりがうかがえます。更なるご活躍を期待しつつ、願わくば生で見てみたいものです。
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