(この記事は、2024年12月9日に配信しました第411号のメールマガジンに掲載されたものです)

今回は、「町田樹が語るショパン」のお話です。

先日、「音楽の友」という音楽雑誌に、「町田樹が語るショパン」という特集があることを知り、早速読んでみました。町田樹さんは、2014年のソチ・オリンピックのフィギュアスケートで団体および個人で入賞し、同年の世界選手権で準優勝したフィギュアスケート選手です。「氷上の哲学者」とも呼ばれ、内容の深い演技をされていた人気の選手でした。既に現役を引退されていますが、スポーツ科学の博士号を取得されたようで、現在は准教授として教鞭をとりつつ、ダンサーや振付師、フィギュアスケート解説者など、マルチにご活躍されています。

クラシック音楽について、演奏家や指導者が語ることは多々ありますが、氷上の哲学者こと町田さんが、ピアノの詩人ショパンをどのように見ていて、感じているのか、大変興味深いところです。町田さんは、クラシック音楽に合わせてフィギュアスケートの演技をされたり、ショパンの作品を舞台上で踊ったり、ショパンの音楽の振付もしてきました。

インタビューの冒頭で、「ピアノ曲は、いつもスケートでうまく表現できるわけではない」という発言をされていました。思い返しますと、フィギュアスケートでクラシック音楽を利用する場合、オーケストラの演奏を使っている方が多いように思います。ピアノ曲を使っている選手がいないわけではありませんが、少数派だと思います。オーケストラの方が、いろいろな楽器があり、たくさんの演奏者がいますので迫力がありますし、壮大なスケール感も出て、華やかに見えるから選ばれているのかと思っていました。人前で何かをする場合には、どうしても華やかで、映えるものの方が印象を強く残せます。

しかし、町田さんの見解は全く違っていました。ピアノ曲は、音数が多く、音が直ぐに減衰してしまうからなのだそうです。ピアノという楽器の弱点を、鋭く突いていてびっくりしました。「弦楽器の曲ですと、流れるようなメロディーと呼応するように滑ることができる」とも話していました。確かに、ヴァイオリンなどの演奏ですと滑らかに滑ることができそうと素人の私でも容易に想像ができます。

町田さんは、以前サティ作曲の「ジュ・トゥ・ヴ」に合わせて滑った時のことを挙げて、「穏やかで軽やかな調子がスケートに適していた」と話していましたが、ピアノ曲すべてがフィギュアスケートに向かないというわけではなく、スケートで表現できるかをよく考えて選んでいるそうです。そして、楽曲だけではなく、どの演奏者の音源を使用するかも、じっくりと検討して選んでいるそうです。サティ作曲の「ジュ・トゥ・ヴ」の時には、羽田健太郎さんの演奏を使用しましたが、彼の演奏から演技の着想を得たそうです。

ショパンの作品にも、表現したいものがたくさんあるわけですが、振付をして踊りに落とし込む時に、「何かしらの壁を感じる」ことを話していました。以前、私のピアノの先生が、「ショパンは天才だから、なかなか私たち凡人には理解できない壁がある」という旨のお話をされていたことを思い出しました。もちろん、先生の話には続きがあり、「だけど、なんとか食らいつくわけだけどね…」となったのですが、町田さんもインタビューの終わりに、同じようなことを話していて驚きました。

町田さんは、「ショパンの音楽のメロディーの美しさや、そこに込められた激情の表現は、虜になるほど素晴らしく、ショパンの音楽を聴くと、心が揺り動かされると同時に、具体的な情景や感情、色などがはっきりと浮かんでくる。ショパンの音楽には、人の脳裏に何かをビジョアライズさせる力がものすごく強いのに、そこに壁を感じる」と話していて、鋭い洞察力を感じさせます。「表現したいことを完璧に表現しているから、余計な振り付けはしてくれるなとショパンに言われているよう。だから、拒絶されているように感じて当然なのかもしれないけれど、それでも、私は必死に食らいつくのです」と、ピアニストのインタビュー記事かと思われるようなことを話していました。

ショパンの音楽の中でも、「マズルカについては踊れない」ときっぱりと言い切っていて、マズルカは本当に舞曲なのだろうかという言葉まで出てきていました。ショパンの大きな功績の一つでもある、民族音楽を芸術作品に進化させた点を評した発言だったようです。マズルカは、ショパンのピアノ作品の中でも、とりわけ難しいと言われていて、テクニックというよりも、独特のリズム感や音楽表現を理解して演奏することがとても大変です。そのため、ショパンコンクールでも、予備予選や第1次予選ではなく、第3次予選の課題曲になっているとも言われています。大変な難曲ではありますが、ショパンの神髄とも言うべき作品なのです。

ちなみに、「舞曲とはいっても、例えばJ.S.バッハの作品は、かっちりした形式の音楽なのに、そこに乗せられる表現の幅は意外に広いのに対し、ショパンの作品は、感情を乗せやすいように聴こえるけれど、明確に思想や情景を喚起させる力があるために、表現の自由度が低い」とも町田さんは話していました。そして、「ショパンの音楽に込められた思想も、ショパンの核として尊重しなければならず、一音ずつの音色の表現と共に、体の動きに翻訳していく感覚が必要なので、ショパンの音楽を真に踊ることは難しい」とも話していました。

フィギュアスケートの選手だった町田さんが、ここまでクラシック音楽やショパンの音楽について理解が深いとは思わなかったので、驚嘆した半面、「氷上の哲学者」という異名にぴったりな気もしました。アスリートというよりも、芸術家に近い感覚なのかもしれませんね。

ショパンの音楽の素晴らしさを理解しつつも、難解である点も感じ、しかしなんとか体を使って表現したいという感情が混ざっていることが、とてもよく伝わってきました。そして、難しいと思っていても振り付けをしたいショパンの作品があるそうです。インタビューでは、「秘密」とおっしゃっていましたが、どの作品なのか、どのような振り付けになるのか、今から楽しみです。

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