(この記事は、第83号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、新しいピアノメーカーのお話をいたします。
ピアノというと、スタインウェイや、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、ヤマハ、カワイ、プレイエルなど色々なメーカーが製作していますが、どのメーカーも歴史があり、ピアノ作りに長く携わっています。
そんなピアノ業界に、新しいピアノメーカーが誕生しました。
Fazioli(ファツィオリ社)というピアノメーカーです。
以前から存在は知っていましたが、実際に見ることもなく、どこのホールに置いてあるのかも知りませんでした。しかし、「そのメーカーのピアノはペダルが4本ある」というインパクトがとにかく強烈で、強く印象に残っていました。
創業してからまだ30年くらいしか経っていない新しいピアノメーカーなのですが、世界的に人気が高まっているのです。まだあまり歴史がないことは、デメリットに聞こえるかもしれませんが、見方を変えますと、創業者が今なお製造に携わり続けている唯一のメーカーとも言えます。
35人の職人により、手作りで製作されていて、 一台のピアノが完成するまでに約3年もかけているそうです。完成したピアノは、創業者のパオロ・ファツィオリさん自身が全て試弾して、最終チェックを行ってから出荷しているそうです。
創業者のパオロ・ファツィオリさんは、1944年にローマで生まれました。彼の父は家具工場を営んでいたそうです。
ロッシーニ音楽院やローマ音楽院でピアノや作曲の勉強をしていましたが、その頃、彼の兄弟は家業を拡大させて、世界中で家具の販売をしていました。そして、音楽的な知識と、家具作りに必要な木材加工や設計の知識を融合させて、グランドピアノ作りを始めることにしたのです。
1978年に、ベネチアから少し離れたところにファツィオリピアノ工房が生まれました。
ピアノはすでに何百年も前からあり、それほど変わらない、ある意味とても古典的で伝統的なものですが、それを約30年前に、これから新しく作ろうと思ったこと自体、すごいことだと思います。
ピアノは精密機械でもありますので、ピアノが好きな方はたくさんいても、ピアノを作りたいと思う方は、ほとんどいないのではないでしょうか。
グランドピアノのみを作り、生産量を増やすことは考慮せず、最高のクオリティを目指して一つ一つ手作業で作っています。他のメーカーのピアノを真似ることなく、独自の音作りをして、常に最先端技術を駆使してピアノを改良していくというポリシーなのだそうです。
ピアノの命とも言える響板には、弦楽器で大変有名なストラディバリと同じ木を使っているそうです。かなりの「こだわり」が伝わってきます。
そのこだわって作られたピアノは、年間で100台ほどしか作られていませんが、すでにアシュケナージやアルゲリッチなどの世界一流のピアニスト達も注目し、コンサートで使っています。ブーニンもコンサートで使用し、自宅用にも購入したそうです。
先日行われたチャイコフスキーコンクールで優勝し、前年のショパンコンクールでも第3位となったトリフォノフさんも、両方のコンクールで Fazioli(ファツィオリ社)のピアノを弾いて、素晴らしい成績を収めました。
ピアニストを多く輩出している世界屈指の名門校であるアメリカのジュリアード音楽院や、中国の音楽院などでも、すでに導入しているそうです。
私も最近になって何度か、Fazioli(ファツィオリ社)のピアノの音を聴きましたが、とても明るく透明感のある音色が印象的でした。まるでイタリアオペラの可憐な歌声を思わせる音です。
日本には、まだわずかしか導入されていないようですが、東京の仙川アヴェニューホールにあります。こちらでは、ピアノのフレーム(ピアノの中に見える金属の部分)がシルバーになっている、とても珍しい型番のピアノが置いてあります。
また、渋谷教育学園・幕張中学・高等学校には、フルコンサートピアノが置かれているそうです。音楽大学ならともかく、そうでない学校にこのようなピアノが置かれているのはすごいことですし、学校行事などで弾かれるのかと思うと羨ましいですね。
冒頭でお話した「4本ペダル」ですが、Fazioli(ファツィオリ社)が開発し特許も取っているのだそうです。
一番左に新しいペダルが追加されていますが、このペダルは、音色を変えずに音量だけを変えることができます。
通常のピアノにも「弱音ペダル」はありますが、弱音ペダルは、踏みますと鍵盤が右側に少しずれて、音が弱くなり、同時に少し柔らかい、こもった様な音になります。しかし、この4本目のペダルは、鍵盤が手前に斜めに傾くので、ハンマーが弦に近づき、鍵盤が3,4ミリくらい浅くなることで、音量を変えることができます。速いパッセージを弾く時などに、素早く対応できるそうです。
(この第4ペダルは、コンサートグランドピアノにのみ標準装備で、他のピアノではオプションで付けることができます)
コンサートシーズンに入りましたが、ピアノリサイタルやコンサートへお出かけの際には、使われているピアノにも意識を向けてみましょう。
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