(この記事は、第94号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ピアノ調律師のドキュメンタリー映画「ピアノマニア」についてのお話です。
ピアノを弾く人にとって、調律師さんとの付き合いは年に1・2回くらいだと思いますが、それでも調律師の存在は欠かせません。
ヴァイオリンなどの弦楽器やフルートやトランペットなどの木管楽器・金管楽器など、ほとんどの楽器は、演奏する人が自ら調律をします。ピアノが誕生する以前によく使われていた鍵盤楽器:チェンバロでも、同様に演奏する人が調律をします。
しかし、ピアノは、とても複雑で精密な楽器なので、ピアノの調整や修理などを専門に行う調律師が誕生しました。
調律師の仕事として、狂ってしまった音を直したり、切れてしまった弦を張り直すくらいは誰でも知っていますが、調律師が実際にどのような生活をしていて、どのような事をしているのか知らない方がほとんどなのではないでしょうか。
そんな調律師に密着したドキュメンタリー映画「ピアノマニア」が公開されているので鑑賞してきました。
主人公のシュテファンは、世界最高峰のピアノとして有名なスタインウェイ社の調律師で、名ピアニストのピエール=ロラン・エマールの録音に向けて、他のピアニストの調律などの仕事もしつつ、1年以上もの歳月をかけて、調律をしていくストーリーです。
ピアニストは、自分が思い描く最高の演奏を追い続けますから、おのずとピアノやピアノの調律に対しても大変なこだわりを持っています。
ピアニストが求めているピアノの音色を察して、楽器選びからピアノの椅子にまで神経を使い、ピアニストと何度も話し合いながら、具体的なピアノの音色や響きを探していく場面は、とても神経を使い、また神経をすり減らす、とてもストイックな仕事なのだと感じます。
ピアニストが求めている音になるように、音色や響きを工夫しても、ピアニストがあまり気に入ってくれない場面では、気の毒な感じさえしました。
それでも、ピアニストが最高の演奏をするために苦労を惜しまず、録音する日に間に合わせ、ピアニストから最高の褒め言葉を貰った時の笑顔は、これまでの苦労が報われた安堵感に満ちていました。
ピアニストが自分の調律したピアノの音色に心から満足しているという事は、調律師にとっては調律師冥利に尽きるのかもしれません。
この映画では、他にもラン・ランやブレンデルなど大人気ピアニスト達が登場し、コンサート前のリハーサル風景も見ることができます。
日常のごくごく普通のピアニスト達の姿は、とても親近感が湧きますし、リハーサル風景は通常では絶対に見られないので、とても興味深く、貴重なシーンにも感じました。
この映画では、ピエール=ロラン・エマールが、J.S.バッハの「フーガの技法」という作品を録音しています。
この作品は、1740年代に作曲されたバッハの晩年の作品で、未完の傑作とも言われました。演奏楽器の指定がないので、チェンバロや室内楽、オーケストラなど色々な楽器で演奏される作品です。
ピエール=ロラン・エマールは、この曲をピアノで演奏するわけですが、1台のピアノでチェンバロのような響きや、オルガンのような響きなど、曲の場面に応じて具体的なイメージを調律師や録音スタッフと話している場面が出てきます。
この収録された演奏は発売されていますので、映画を思い出しながら聴きますと、演奏者の意図や思いを更に感じることができるかもしれません。
バッハ:フーガの技法 エマール(ピエール=ロラン) ユニバーサル ミュージック クラシック |
映画「ピアノマニア」は、東京のシネマート新宿や、大阪のシネマート心斎橋、愛知の名演小劇場で公開されていますが、3月には静岡のジョイランドシネマ沼津や静岡シネ・ギャラリーでも公開されるようです。
なかなか貴重な映画だと思いますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。
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