(この記事は、2023年5月29日に配信しました第373号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、「音楽家のマリアージュな世界」という本のお話です。
最近、音楽之友社から出版された「音楽家のマリアージュな世界」というムック本を読みました。クラシック音楽ファンだけでなく、食べることが好きな方、お料理が好きな方にも、自然な形でクラシック音楽に耳を傾けてもらえるような、音楽家の食や趣味に特化した業界初の試みなのだそうです。クラシック音楽の堅苦しさや、長くて退屈、理解しにくいという固定概念を覆して、食や趣味で読者を引き込みたいという事で、様々な魅力あふれるコーナーが掲載されています。
音楽家とお酒のステキな関係を紹介している「マリアージュなこの1本」というコーナーや、大作曲家たちが食したであろう料理を再現した「歴史的大作曲家たちの食卓」、演奏家や音楽家のお宝にフォーカスした「コレクションのマリアージュ」、演奏家たちの演奏から受ける印象、インタビューなどから受ける人柄から考案されたオリジナルレシピを紹介する「30人のアーティストに捧げる口福レシピ」など音楽と食と趣味のコラボレーションで、気になるコーナーから読めるような作りになっています。
「マリアージュなこの1本」では、ヴァイオリニストや指揮者、ピアニストにチェリスト、オーボエ奏者などが登場し、音楽の事やお酒のこと、選んだお酒に合う料理のことなどを語っています。フォルテピアノの演奏家である川口成彦さんは、高校時代にスペイン音楽に興味を持ち、20歳の時に初めてスペインを旅行して、その時にシェリー酒に魅了されたというお話をしていました。演奏会の後にシェリー酒を飲みたくなるそうで、スペインの空気、歴史、文化とも密接に繋がるシェリー酒が音楽にも繋がり、スペインの音楽ともリンクするのだそうです。
ピアニストの入江一雄さんは、国内外のクラシック演奏家が集う行きつけの寿司屋さんで、ミュンヘンのビアホールでもらったジョッキで、エビスビールを飲みながら、お店のスペシャリテのお料理を食すのだそうです。お店の店主は、何を作っても最上級のものに仕上げていて、この姿勢が音楽にも通じるものがあり、様々な分野の音楽全てにおいて最高のものを目指したいとお話されていました。
ピアニストの小川典子さんは、川崎市のミューザ川崎コンサートホールのホールアドバイザーを務めていることもあり、ホール近くのホテルのダイニングレストランを選んでいました。リーズ国際ピアノコンクール第3位をきっかけに、たくさんのコンサートのお仕事が舞い込んできたそうで、今もイギリスを拠点に日本と行き来しながら演奏活動をされているそうです。英国では、ローストビーフが最高のごちそうで、特別な食事に欠かせないそうで、それに赤ワインを合わせて楽しんでいるそうです。
その他にも、ピアニストの伊藤恵さんは、行きつけのビストロに家族や音楽仲間と訪れて、ブルゴーニュの赤ワインを楽しむそうですが、音楽のインスピレーションをもらいに来ていると言ってもいいかもしれないと話されていたり、バーンスタインの愛弟子である指揮者の大植英次さんは、バーンスタインを思い出すというウイスキーのソーダ割や、洋食屋さんの名物「カツカレー」の話など、普段舞台の上で演奏している姿しか見ない演奏家の、演奏後の過ごし方などが垣間見えるようで、なかなか興味深く読めました。
お酒好きな方で、特にワイン好きでしたら、「ワインと音楽のマリアージュ」のコーナーがピッタリかと思います。ショパンコンクール日本人最年少入賞者であり、ショパンの全曲演奏でギネス世界記録も持っている横山幸雄さんは、ワインエキスパートの資格を持ち、イタリアンレストランも経営されているというピアニストです。フランスに留学している時からワインに親しんでいるそうで、日本でワインエキスパートの資格が始まった第1回目の試験で合格して、資格を取得したそうです。それぞれのワインがどのように違うのか、どのような好みで人はワインを選ぶのか、おいしさの違いはどこから来るのかなど、たくさんの書物を読んで研究し、実際に様々な種類のワインを飲んできたとのことです。その横山さんが、比較的リーズナブルなワイン2本と、多少値が張るワイン2本から、イメージするショパンのピアノ作品を選定して紹介しています。ワインについての話と、イメージされるショパンのピアノ作品の話と細かく解説が書かれていますので、ワインを飲んで音楽を聴くもよし、音楽を聴いてからワインを楽しむもよしと、それぞれの楽しみ方ができると思います。記事の最後には、「次回は、ショパン以外の作品にも合うワインを聞いてみたい」と書かれていましたので、続編が出るとしたら楽しみです。
「コレクションのマリアージュ」では、長らくNHK交響楽団の顔として国内外で活躍されてきたヴァイオリニストの篠崎史紀さんが、ご自身のコレクションから、マイセンの「ミュージッククラウン」シリーズを紹介していました。型を用いない製作技法で、様々な楽器をピエロが演奏しているシリーズです。もともと、食器を集めるのが趣味で、よく入り浸っていたお店のすぐそばにあるマイセンのお店を覗いて、一目で欲しくなったのだそうです。そこそこ値が張ることもあって悩んだそうですが、結局は購入して、その後は、欧州に行くたびに購入して少しずつ集め、12年から13年かけてコンプリートしたそうです。ユーモラスで且つ美しく、ピエロの表情に、人間の感情の全てがあるところがお気に入りなのだそうです。
他にも、スワロフスキーのスターウォーズのオブジェや、デュポンのスターウォーズ リミテッドエディションの万年筆を紹介していました。どれも、とても思い入れが強い様子が手に取るように伝わってきて、とても面白かったです。ご自宅は他にもステキなもので溢れていましたが、ちょっとだけ背伸びしたら手の届くようなお気に入りを少しずつ集めて、それを並べるのが至福の時間で、そのために仕事も頑張れるというお話が、とても印象的でした。
この本の最後のコーナーには、「30人のアーティストに捧げる口福レシピ」があり、様々な演奏家の紹介と共に、お料理のレシピが掲載されています。なるほどと思う演奏家と料理の組み合わせもあれば、意外と思う組み合わせもありましたが、料理の写真も大きく掲載され、実際に作って食べることができるのは興味をそそられます。
和食、洋食、ヨーロッパの郷土料理、ジャム、サラダなど、お料理の種類もいろいろありますので、このコーナーのレシピだけで、立派な献立が作れそうな気さえします。「歴史的大作曲家たちの食卓」にも細かいレシピが書かれていますので、実際に作って食しながら、その演奏家の作品を楽しむという贅沢な時間が楽しめそうです。
大変画期的で、音楽とグルメをここまで融合させた本は初めてでした。軽く読めるのに情報量が多く、なにより読んでいて大変楽しいものでした。早速、大人の生徒さん方におススメしたいと思いました。
(この記事は、2023年5月15日に配信しました第372号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ピアノが上達する効果的な練習方法や上手なピアノ演奏のお話です。
福井新聞のオンライン版で、ピアニストであり作曲家でもある榎 政則さんが、音楽についてプロの目線で書かれている記事を見つけたので読んでみました。
こちらのページです。
2023年の1月から連載がスタートしたそうで、「ピアノが上達する効果的な練習方法」や「上手なピアノとは」、また「ピアニストはなぜ両手をバラバラに動かせるのか?」など、タイトルを見ただけでも惹きつけられる連載です。
「上手なピアノ」の記事では、クラシック音楽の3大コンクールの話題から始まり、ピアノのコンクールとフィギュアスケートなどスポーツ大会との比較に話が進んでいます。技の難易度に応じて成功したら加点、失敗したら減点して総合点で争うのが体操やフィギュアスケートなどの審査方法で、分かりやすい気もしますが、成功や失敗のランク分け自体、どうしても審査員の主観がある程度は入ってしまいます。
ピアノのコンクールの場合、ピアノ演奏のテクニックだけでも様々な種類があり、このテクニックが弾けたら凄いというわけでもなく、また減点方式で、ミスなく無難に弾いた演奏が高得点というのも相応しいとは思えないと書かれていました。私自身も、コンクールやオーディションに参加したり、審査員になったこともあり、審査される側、審査する側の両方の立場を経験していますので、この問題はとてもよくわかります。ほとんどの参加者が似たり寄ったりの実力である事が多い中で、合否を決めることは難しく、テクニック的に難しい曲をミスはあるけれど積極的に頑張って弾いた演奏と、テクニック的にはそんなに難易度が高くない曲を、とにかくミスしないように守りに入って弾いた演奏の比較など、元々無理があります。
記事では、演奏に得点を付けることは無意味という意見に対して、やはり良いピアニストを客観的に評価できることは大切と話しています。
もし、コンクールのような場がなかったとしたら、売り込むことが上手な人だけが有名になってしまい、無名の天才が世に出て来れない危険性があると指摘しています。「○○コンクール優勝のピアニスト」などとチラシや広告に書かれていたら、1回聴きに行こうかなと思いますからね。前回のショパンコンクールでは、既にピアニストとして活躍している方が何人も参加していましたが、多くのコンクール参加者は、参加してある程度の成績を収め、それをきっかけに有名になる登竜門と捉えていると思います。
「音をコントロールすること」については、楽器の構造を理解して、鍵盤をどのように弾くのか、どのようにペダルを操作するのかを工夫し、1曲の中にある何万個の全て音に、このコントロールを行い、しかもタイミングや曲の場面に応じた音色を使い分けることも大切と書かれています。ちなみに、ピアニストでもある榎さんが演奏する時に大切にしている事として、曲の伝統的なスタイルを把握し、研究してそれを生かして弾く事や、演奏中のお客さんの反応を見ながら、ライブならではの遊び心を持ち、演奏に取り入れる事を挙げていました。
音色も弾き分けて使いこなす事、曲のスタイルを踏まえて弾く事、ライブ感を大切に遊び心を持って弾く事が、上手なピアノ演奏のポイントのようですね。普段のピアノの練習では、音を間違えないようにとか、指番号を注意したり、強弱を忘れないなど、楽譜に書かれていることを忠実に守って弾くことに注力しがちですが、それを踏まえた上で更に、曲想に合った弾き方や、自ら音楽を楽しむ事など、楽譜に書かれていない事にも目を向けてピアノを弾いていきたいですし、本番でもそのようにピアノが弾けることを目指したいものですね。
「ピアノが上達する効果的な練習方法」では、「長時間の苦しい練習と生まれ持った才能があって、ようやくプロの世界で戦える」イメージがありませんかと言う問いかけからスタートしています。
ピアノの練習の目的は2つあり、「体を柔軟にすること」「脳を鍛えること」と書かれています。体の動きを効率よく音に結び付けて、全身を柔軟にして、少ないエネルギーでピアノを弾けるような状態を目指し、その動きを記憶に留めることを目指すと良いそうです。「そうは言っても、それ以前に、いつも間違えるとか、強弱を忘れるとか、楽譜通りに弾けないことが悩みで、そんなレベルまで行っていない」と言う声も聞こえてきそうですが、体に力が入っているために音を間違えてしまう事はよくありますし、楽譜をよく読んで音の進行を理解することで、暗譜の間違いを防げたりもしますので、ピアニストではない私達も、実は大いに参考にできることだと思います。
筋肉を鍛えるとか反復練習は、場合によっては逆効果とも書かれていて、確かにピアノを上手に弾くために筋トレするというのは聞いたことがないですし、やみくもに反復練習をしても、頑張っているのに大して効果がないどころか、無理な練習をし過ぎて指を壊してしまう事にもなりかねないので、気を付けないといけないですね。
ちなみに、最新の記事では、クラシック音楽の歴史をそれぞれの時代ごとにコンパクトに解説されています。いつも、ご自分が弾いている曲がどのような時代背景を元に作られた曲なのかを知ることができて、曲への理解も深まるかと思いますし、これまでとは違った感じの曲を弾いてみたいと思った時に、大まかな時代ごとの音楽の特徴を知っておくと曲探しのヒントにもなるかと思います。
先日亡くなった坂本龍一さんにも触れていますので、ご興味のある方は読んでみたらいかがでしょうか。
(この記事は、2023年5月1日に配信しました第371号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、芸術の都パリのお話です。
「クラシックTV」というテレビ番組で、「アンミカさんと!芸術の都パリ」というタイトルのエピソードが放送されていたので見てみました。コロナの影響で、海外旅行へ行けない状況がしばらく続きましたが、このような番組で旅行へ行った気分に浸れたら嬉しいですね。
番組の司会者でもある、ピアニストの清塚信也さんが弾く「オー・シャンゼリゼ」の音楽から番組はスタートしました。もう一人の司会者である、歌手でモデルの鈴木愛理さんも、にこやかな笑顔で音楽に耳を傾け、「パリに行った気分!」と感想を話していました。番組のテーマがパリなので、パリと言えば誰もがイメージする音楽ですね。
番組のゲストは、パリコレのモデルをされていたアンミカさんで、パリコレのランウェイでのウォーキングを見ているかのような、きれいな歩き方で登場しました。
パリと言えば、「芸術の都パリ」という事で、音楽、美術、グルメ、ファッションなどが有名ですが、このような大都市になったきっかけは、フランス革命だったようです。「今では当たり前ですが、自由・平等というものは、この革命の時の人々のおかげですね」とアンミカさんがコメントされていて、司会者のお二人も頷いていました。この革命後、パリは人口が爆発的に増えて、新しいものが生まれていったという経緯があるのですね。
その中で、才能ある芸術家たちもパリに集まってきて、サロンで活躍をしていました。サロンは、芸術家たちが自分の才能を売り込む場でもあったのです。「サロンって、感化されたり刺激を受けて、切磋琢磨していった場でもあったんですかね」「サロンなくしては、その後の文化も生まれないものがいっぱいあったんじゃないかな。ハイクラスなホームパーティーとも言えるかな」「ホームパーティーと思うと、親近感が湧きますね」と、次々にコメントと笑いが飛び出していました。
このようなサロンを上手に利用していた音楽家として、ショパンの話題へと移りました。ショパンは、コンサートホールなどでの演奏は数えるほどしか行っておらず、サロンを一晩に何軒もはしごして生きていたのだそうです。ショパンと、ショパンのライバルであり親友でもあったリストが、サロンで弾いていた曲を番組で紹介していました。
ショパンの「ノクターン作品9-2」の演奏では、ピアニストの仲道郁代さんが、ショパンが当時愛していたプレイエル社のピアノで演奏していました。えんじ色っぽい木で作られたピアノで、ピアノ側面の金属の装飾や譜面台の透かし彫りがとても美しく、少し素朴な雰囲気のある音色が印象的です。清塚さんが、「ショパンの作品は、曲によっては大ホールで弾くと合っていないなあと思う事があり、もっと演奏者の近くで聴いてもらう音楽だなあと思う事が多々あります。繊細な強弱の違いとかを、堪能していただきたい」とピアニストならではのお話をされていました。ちなみに、この作品はショパンのパリでの生活を支えたマリーへ捧げられた音楽です。
また、リストの「セレナード」は、シューベルトの歌曲の作品をリストがピアノ曲に編曲したものですが、当時のサロンでは、ワインを飲みながら、また会話を楽しみながら思い思いに耳を傾けていたようです。ショパンがパリに来た当時、既にリストはサロンの大スターでした。ショパンは神経質な性格もあり、なかなか苦戦していたようですが、リストは、そんなショパンをいろいろと支援して、社交界にもデビューさせてあげたようです。ショパンの才能を高く評価していたのですね。
ショパンやリストは、19世紀の作曲家ですが、20世紀に入ってもサロンの文化は続きます。フォーレは、サロンの女性たちに旅費を出してもらったり、ラヴェルがローマ賞に応募して予選落ちした時には、サロンの女性たちが新聞の紙面で非難をして、炎上させたこともあったそうです。貴族や富裕層の芸術家たちだけで、芸術論をぶつけ合うようなサロンもあり、音楽家としては、その唯一のメンバーがドビュッシーでした。そのサロンでは、物事を断定的に捉えず、曖昧さなどを好んでいたそうで、ドビュッシーの作品作りにも大きな影響を与えました。確かに、ドビュッシーの音楽は、浮遊感やグラデーションのような雰囲気があるように思えます。
アンミカさんも、「眠気のような、けだるさのような、でも心地よいような」と例えていましたし、清塚さんは、「物事をはっきりと断定的に言わないけれど、でもしっかりとした背景や物語がある。ドビュッシーは、そういう事を音楽で表現する天才だと思う。そして、私たちが思うフランスらしい音楽というのは、こういう音楽を指すことが多い」とも話していました。
サロンに入れるような後ろ盾が無い芸術家や、サロンで求められる華やかさや堅苦しさを嫌う芸術家たちは、カフェやキャバレーへと向かいます。そこでピアノを弾いていたのが、サティです。異端児とも呼ばれたそうですが、ドビュッシーやラヴェルも影響を受けており、ドビュッシーはサティの「ジムノペディ」がとても気に入り、オーケストラ用に編曲したくらいです。
いろいろなジャンルの芸術家が集まると、コラボレーションも生まれるもので、1924年に上演されたバレエ「青列車」は、衣装デザインをガブリエル・シャネル、舞台担当をジャン・コクトー、音楽をダリウス・ミヨー、舞台の幕を描いたのはパブロ・ピカソと、ありえないくらいの豪華メンバーで作られています。若者のトレンドを描いたバレエで、番組でも映像が流れましたが、私達がイメージするバレエとは全く異なり、「こんなバレエは見たことがない!」というほどの斬新さで、大変すばらしいものでした。「今見ても、モダン!」と、アンミカさんが話すほどです。
新しいものを見せていくのが、当時のパリのトレンドであり、パリで初演や発表することはステータスでした。そして、熱心に見たり聴いてくれる有識者が集まっていて、芸術への愛が強いところがパリなのだそうです。
番組の最後には、清塚さんが、サティの「あなたが欲しい」をアレンジして、パリの空気感を表現しながら演奏していました。
久しぶりに、海外にいるかのような雰囲気を味わうことができ、また、パリで活躍した芸術家たちの事をいろいろと学べました。当時の芸術家たちが集っていたカフェなどは、まだお店が残っているようですし、パリへ行く機会があったら、是非訪れてみたいと思いました。
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