(この記事は、2022年4月4日に配信しました第344号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、「春の曲」のお話です。
各地で桜が咲き始め、正に春本番です。先日「題名のない音楽会」というテレビ番組では、「春が来た音楽会」と題して、新しいことが始まる春にピッタリな、気持ちを明るくしてくれる名曲を特集していました。
ゲストは、俳優の鈴木福さん、声優の林勇さん、ピアニストの小林愛実さん、箏(琴)アーティストのLEOさんでした。
アニメ「東京リベンチャーズ」でマイキー役を務める人気声優で歌手でもある林勇さんが選んだ春の曲という事で、森山直太朗さんの「さくら」を披露していました。旅立つ「はかなさ」と桜散る「はかなさ」がリンクしたところが好きなのだそうです。
ちなみに、鈴木福さんのお母様、お婆様が箏の先生、お爺様と叔父様が尺八の演奏家なのだそうです。なのでという事ではないと思いますが、鈴木福さんが箏で「さくらさくら」を演奏し、森山直太朗さんの「さくら」を歌う林勇さんとコラボしていました。
箏アーティストのLEOさんは、高校生の時に、当時小学生だった鈴木福さんと箏の子供演奏会で出会ったのだそうです。それから月日が経ち、鈴木福さんの奏でる箏の芯のある伸びやかな音を聴いて、成長を感じたと話していました。
ピアニストの小林愛実さんは、天才少女としてデビューし、昨年のショパンコンクールで第4位に入賞された大人気ピアニストです。小林さんは、昨年までアメリカに住んでいたそうですが、パリに拠点を移されるそうで、ヨーロッパに住んだことがないので楽しみとお話されていました。春の曲という事で、メンデルスゾーン作曲「春の歌」を披露していました。優雅で前向きで、春の息吹を感じられる曲ですが、小林さん自身はこれまで弾いたことがないそうで司会者も驚嘆の声を挙げていました。
これまで小林さんの演奏するメンデルスゾーンを聴いたことがなかったのですが、とても柔らかく美しい演奏で、ショパンコンクールで見せていた緊張感と悲壮感、パワフルでアグレッシブな演奏とは、また随分と異なる印象を受け、すっかり日本を代表するピアニストになったなあと感慨深いものを感じました。「空中に出た音が体に溶け込んでくるような印象で、温泉につかった後のような満足感だった」と箏アーティストのLEOさんが、表現豊かな感想をお話されていましたが、大いに納得でした。そんなお話を聞いた小林さんは、嬉しさと気恥ずかしさを感じているような様子でした。
箏アーティストのLEOさんは、昨年、藤倉大作曲「箏協奏曲」をCDリリースした、新世代の箏アーティストです。「勉強が嫌いで箏の練習に打ち込み、勉強しないで生きていくにはどうしたらよいだろうと思い…」と話している最中に、「わかるわかる」と司会者がすっかり共感していて笑いを誘っていました。
そして、中学2年生の時に、プロになる決意をしたそうです。東日本大震災後に、松任谷由実さんがこの曲を用いてチャリティー活動をされていて、過去を思う切なさ・儚さ(はかなさ)が有りつつ、未来への力強い想いも同時に含んでいる所が好きなのだそうです。また、メロディーが5音階(1オクターブの中に、ド・レ・ミ・ソ・ラの5つが入っている音の階段)になっているので、箏との相性も良いのだそうです。
トークの後に、LEOさんが松任谷由実の「春よ、来い」を演奏していました。誰もが知る名曲ですが、箏での演奏は初めてでとても新鮮でした。お話にあった通りに、箏の繊細で儚く、雅な音色ともピッタリで、違和感がないどころか、まるでこちらが原曲と思えるくらいのしっくりさでした。
最後は、なんと司会者の石丸幹二さんが、福山雅治の「桜坂」を披露しました。同じ曲でも、石丸さんが歌うと、ポップスではなくすっかりクラシックに聴こえてしまうのが、当たり前でもありますが、どこか不思議な感じもします。ピアノも、弾く人によって同じ曲でも印象がだいぶ異なりますが、人の声ですと、もっとわかりやすくダイレクトに感じられます。
音楽の奥深さを改めて感じつつ、音楽で季節を感じるという、至福のひと時を過ごしました。
コロナや世界情勢、最近日本各地で起こっている地震など、なにかと暗く不安なニュースが多いですが、なんとか気持ちを明るく前向きに過ごしたいものです。
(この記事は、2022年3月21日に配信しました第343号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、お子様の発表会に向けた曲選びのお話です。
だんだんと暖かい日も増えて、春本番もそこまで近づいているような今日この頃です。
大変な世界情勢に、クラシック音楽界もいろいろな影響を受けており、指揮者や演奏家の降板や演奏会のプログラムの変更なども起きているようです。一刻も早く、平和で穏やかな日々が訪れることを願うばかりです。
3月が近づく辺りから、毎年夏に行われるお子様の発表会の準備を始めています。生徒さんには、あらかじめ「今年の発表会で弾きたい曲やこんな感じの曲が弾きたいなあというものがあったら、今度教えてね」とお伝えしていました。しかし、中学生や高校生は、ある程度自分で選べられても、小学生では、なかなか難しいものなので、生徒さんお一人お一人を思い浮かべながら、レッスンで弾いている曲や使っている教材、過去数年に発表会などで弾いた曲や弾かなかったけれど紹介した曲も考慮しつつ、生徒さんの得意なタイプの曲やこれから伸ばすべきポイント等も踏まえて、総合的に考えて候補の曲を4、5曲選び出しています。
お子様の生徒さん全員分を行いますので、なかなか時間もかかり悩むことも多いのですが、それでも、自分で弾きながら「この曲は、○○ちゃんが気に入りそうだなあ」とか「これは、△△君が好きそうなんだけど、ちょっと難しいから来年紹介することにしようかなあ」などと、あれこれ考えることは、ちょっと楽しい気分にもなります。
時には、「これは、□□ちゃんにピッタリ。だけど、昨年もこの作曲家の作品を弾いていたから、今回はやめておこうかな」なんてこともあり、スムーズに作業が進むとは限らないのですが、本番で生徒さん方が、それぞれ一番好きな曲を、緊張しつつも楽しそうに弾いている姿を想像しますと、自然と紹介する曲選びにも力が入ります。
こうして選んだ候補の曲を、レッスンの時に生徒さんやご家族に説明して、ご自宅で聴いていただき、他にもいろいろな曲を聴いていただきながら最終的に決定していきます。翌週のレッスンで、どの曲を発表会で弾きたいのかお返事を聞ければと思っていたのですが、2、3日後に早くもお返事が次々と入り大変驚きました。と同時に、生徒さんやご家族の皆様が、とても張り切って曲選びをしてくださったようで嬉しく感じました。
「楽譜、用意します!」というご連絡をくださった方や、候補の曲を1曲ずつ聴いた感想を、事細かに知らせてくださった方もいました。中には、「○○の曲は、難しいでしょうか?」とご質問もあり、「その曲は今弾いている教材の、次の次の教材あたりの難易度ですし、オクターブの連打でメロディーを弾いたり、オクターブの分散でメロディーを弾くところもあり、まだ手が小さくて大変なので、もう少し先にとっておいた方がよろしいかと思います」というお返事をしました。そうしますと直ぐに、「そんなに難しい曲だったのですね。もう少し教材が進んでから、挑戦したいと思います」と前向きなお答えを頂きました。憧れの曲を持つことも上達への大切な要素なので、それを励みに、今回の発表会の曲にも取り組んでもらえたらと思いました。
また、「以前から△△の曲を弾きたいと言っているのですが、弾けそうな難易度の楽譜はあるのでしょうか?」というご質問もいただきました。クラシック以外の曲では、いろいろなアレンジの楽譜があり、楽譜によっては初級や中級などと難易度も書かれていますが、これだけではなかなか選びにくいものです。今回ご相談いただいた曲についても、アレンジの楽譜が何曲もあり、同じ難易度でも複数のアレンジがあるので、きちんと楽譜を見てみないと、最も適切な楽譜を見つけられない状況でした。
楽譜をあれこれ見て、一番良さそうな楽譜をご紹介したところ、翌日のレッスンでは、なんと生徒さんが楽譜を持っていらっしゃり、しかもそれだけではなく「1ページ練習してきたよー」と元気よくお話していました。よっぽど好きな曲だったようで、早速熱心に練習してきた様子に、とても嬉しくなりました。
レッスンでは、「難しい~」と何回も口にしていましたが、反復練習をして気が付けばだいぶメロディーが流れて弾けるようになり、口ずさみながら弾けるまでになりました。レッスンに同席されていたお母様も、発表会の曲のレッスン初日にもかかわらず、どんどん弾けるようになってく様子を目の当たりにして、にこやかな表情をされていました。
中学生の生徒さんは、これまでバロック期のバッハや近現代のドビュッシーの曲などを好んで弾いていましたので、他の時代の作品をと思い、ショパン、モーツァルト、メンデルスゾーンの作品をご紹介しました。発表会の曲をどれにするのか、改めて聞いてみたところ、「ショパンの曲が良いなあと思って譜読みを始めて、だいたい弾けるようになって改めて音楽を聴いたところ、思ったよりもだいぶ速いテンポで弾いていて、これを本番で弾くのはかなり大変な事になりそうで、ちょっと難しそうだなあと思って、メンデルスゾーンの曲にしました」とお話をしていました。
「そうなのね。さすが中学生にもなると、仕上げまでの道のりや見通しも考えて曲を選ぶのね」と私も感心してお返事をしました。単に弾けるようになるだけではなく、より興味を持ったり理解を深めるために、メンデルスゾーンの人柄や生活ぶり、家族の話、時代背景などをお話して、次回から早速練習を始めることになりました。
もうすぐグレード試験を迎える生徒さんは、その忙しい最中にもかかわらず、ご紹介した曲をあっという間に聴き比べたようで、2日後には「発表会の曲は、○○にします」とお教室に着くなり、真っ先に答えてくれました。先日、ご両親がグランドピアノを購入されて、「家のピアノが弾きやすい」という事で、ますます日々の練習に精を出しているようです。
グレード試験が終わるなり、翌日から発表会の曲の練習を始めるというスケジュールなので、一息つく暇もなさそうですが、「グレードの試験会場のすぐ近くに楽譜屋さんがあるから、終わったら楽譜を見てみましょうね」と、お母様もおっしゃっていましたし、生徒さんも頷いていました。忙しくなりそうではありますが、発表会に向けても頑張っていただけそうな気がしています。
少しずつコロナが落ち着き始めていますが、今年のお子様の発表会も、概ね昨年と同じく1回の参加人数を例年の半分ほどに減らし、演奏を終えたら直ぐに解散という流れになりそうです。少々味気ない感じですが、安心して参加いただき、1年に1度の晴れ舞台を楽しんでいただけるように、これからしっかりと準備をしていきたいと思います。
(この記事は、2022年3月7日に配信しました第342号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、ピアノの魅力のお話です。
以前撮りためていた、「クラシックTV」という番組を見てみました。歌手でモデルの鈴木愛理さんとピアニストの清塚信也さんが進行を務める番組ですが、ピアノの魅力について語るエピソードで、ジャズピアニストの小曽根 真さんがゲストとして登場していました。
小曽根さんは、ジャズピアニストでありながら、その枠にとらわれず、クラシックの演奏などにも定評のあるピアニストです。
ピアノは、どんなところが凄い楽器なのか?という問いかけに、ヴァイオリンなどの弦楽器やトランペットなどの管楽器は、最初はなかなか音が鳴らないのに、ピアノは鍵盤を下げるだけで簡単に音が出せるところや、ピアノは「楽器の王様」と呼ばれていることなどを取り上げていました。
番組では、ピアノの歴史について話が進み、ピアノが発明される前の鍵盤楽器であるチェンバロと、ピアノの比較をしていました。弦をツメでひっかいて音を出すチェンバロは、音の強弱を出すことが難しい楽器です。ここで、小曽根さんの意外なエピソードが飛び出しました。プロのピアニストとなりますと、一般的に3歳くらいからピアノを習い始めることが多い中、小曽根さんは、12歳からピアノを習い始めたのだそうです。だいぶ遅いスタートに驚きましたが、レッスンも大変ユニークだったそうです。
ピアノで曲が弾けるようになるとマルをもらい、次にチェンバロで同じ曲を弾いてマルになると、次にパイプオルガンのタッチになっているオルガンで同じ曲を弾いてマルをもらうという、3つの鍵盤のタッチを指に覚えさせるというレッスンだったのだそうです。
このようなレッスン自体、初耳でしたので、本当に面白いなあと思いました。番組では、小曽根さんがチェンバロでバッハの演奏を始め、それがジャズアレンジになり、そこへ清塚さんがピアノで参加してセッションが始まるという、なかなか見られない楽しいシーンも流れました。
その後、イタリアでのクリストフォリがピアノを発明した話や、当時新しかったピアノの音の出し方の解説などに話が進みました。弦を叩いて音を出すという、今では当たり前のようなピアノの音の仕組みが、音の強弱を生み出せることになったので、クリストフォリは、発明したピアノに「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(小さい音と大きい音が出せるチェンバロ)という名称を付けたのです。このとても長い名前が、年月とともに段々と縮められ、現在の「ピアノ」という名前になったのですね。
清塚さんは、「バッハは、当時チェンバロで曲を作っていたこともあり、バッハの曲をピアノで弾くときに、強弱をどうすべきかという問題が起こるわけですが(ちなみに、楽譜にはほとんど強弱は書かれていません)、今はピアノで強弱を付けて演奏できるのだし、バッハが生きていたら、きっと強弱を付けて弾いたはず」とお話されていて、そうだなあと思いました。
そして、バッハのイギリス組曲第3番の一部を、清塚さんがエモーショナルな解釈で演奏された後、番組では、ベートーヴェンのピアノソナタから、ピアノの歴史が見えるという話に移っていきました。
ベートーヴェンが活躍していた時代、ピアノの鍵盤数が61鍵盤から73鍵へと増えて、出せる音域が広がっていきました。ベートーヴェンは、この鍵盤数を目一杯使用して作曲をしました。番組のスタジオには、ピアノとチェンバロの他に、鍵盤楽器が所狭しと並び、ベートーヴェンも使ったという61鍵のピアノや、チェレスタ(鍵盤で弾く鉄琴)、ハモンド・オルガン(歯車が音源になり、レバーの操作でいろいろな倍音を組み合わせて音色を変えられ、足鍵盤もある楽器)、ローズ・ピアノ(スーツケースピアノとも呼ばれ、温かい音色を出せる電気楽器)などが紹介され、実際に小曽根さんと清塚さんが演奏をして、それぞれの音色の違いなども紹介されていました。このようないろいろな鍵盤楽器を一堂に揃えて、音も聞けるという事はないので、とても興味深かったです。
小曽根さんが、「いろいろと鍵盤楽器を見せてもらったけれど、ピアノはやはりオールマイティですね」と、感想をお話されていましたが、まさに同感でした。
その後、音楽家たちが求める理想の音色というテーマで、ショパンが用いていたという「第2響板」の話が紹介されていました。通常の響板(弦の下にある大きい板)の他に、弦の上に折り畳み式の小さな響板を下すことで、音の響きの角が取れて、まろやかな音が出せる仕組みです。まるで、ピアノの蓋が2枚あるような感じで、中音域から低音域に被さるような構造になっています。よく低音の伴奏の音が出過ぎてしまうというお悩みを抱えている方がいますが、この機能が付いていたら、一気に解消されそうですね。私も欲しいくらいです。
ちなみに、番組の中で、音色を作るために大事にしている事は?という問いかけに、清塚さんは「和音のバランス」と答えていました。全部の音を同じ強さで弾くのではなく、それぞれの音の強さを工夫することで、音楽の輪郭がはっきりしてくると話していました。そして、音楽家たちもそれを意識していたことが読み取れるということで、ベートーヴェンのソナタ「悲愴」と、ショパンの練習曲「革命」の楽譜を並べて解説していました。どちらも同じハ短調の作品ですが、ベートーヴェンは低音部の和音をよく使用していて迫力のある音を求めていて、ショパンは和音を分散させて一音ずつ並べて使用して、繊細でクリアな音を求めていたのだそうです。
一方で、小曽根さんは「ペダル」と答えていました。ペダルを使用することで、弾いた音が波紋のように広がり、音に潤いが出てくるというのです。その美しさが小曽根さんは大好きだそうで、コンサートでもお客さんと共有できるところが生の楽器の良さでもあると話していました。
お客さんの前での演奏は緊張するものですが、そのような視点を持つことで、本番でも変に緊張せず、楽しんで演奏できるのではないかとも思いました。ピアノの奥深さを、改めて感じた番組でした。
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