(この記事は、2024年8月5日に配信しました第403号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、「パリだからこそ生まれた名曲」のお話です。
先日から、パリでオリンピックが開催されていますね。日本選手の活躍が連日報道されています。スポーツは全般的に10代から20代くらいの若手が有利な印象を受けますが、先日の馬術では、40代の選手たちが総合馬術団体で銅メダルを獲得して話題になりました。92年ぶりにメダルを獲得したそうで、まさに快挙なのではないでしょうか。
日本代表の選手たちに、「侍ジャパン」や「なでしこジャパン」などと愛称が付けられますが、馬術は40代という年齢が注目されたためか「初老ジャパン」という愛称が付けられています。「なんだか…」という気もしましたが、中高年の新たな希望の星になるのかもしれません。
開催中のオリンピックにちなんでという事だと思いますが、テレビ番組「題名のない音楽会」ではパリを特集していて、「パリだからこそ生まれた名曲の音楽会」というタイトルが付けられていました。芸術の都とも呼ばれるパリには、昔から芸術家たちが集まってきており、数々の名曲も誕生しています。「なぜ、その名曲がパリで生まれたのか?」を、指揮者の出口大地さんが解説しながら、番組は進行しました。ちなみに、出口さんは、2021年にハチャトゥリアン国際コンクールの指揮部門で日本人初の優勝をされ、日本のオーケストラからのオファーが殺到している注目の指揮者です。
「パリといえば芸術の都と呼ばれていますが、クラシック音楽にとっても重要な街なのですか?」という司会者の問いかけから、番組はスタートしました。
パリだからこそ生まれた名曲、第1曲目は、ロッシーニ作曲のオペラ「ウィリアム・テル序曲」が紹介されました。
オペラ界の巨匠がパリで大ヒットさせた名曲ですが、パリでなければならなかった理由を司会者が聞きますと、出口さんは、「パリ・オペラ座の依頼が無茶ぶりだったからです」と答えていて、「ほほ~っ」と司会者も驚いている様子でした。パリ・オペラ座からの依頼には多くの条件が付けられており、歴史的な興味を引き付ける内容であることや、バレエや大合唱など多彩なスペクタクル要素があることなどが要求されたそうです。当時オペラの上映時間は、3時間程度が相場だった中、この「ウィリアム・テル」はなんと5時間もかかる超大作でした。この様な形態のオペラは、グランドオペラと呼ばれ、当時のパリを象徴する華やかな芸術だったのだそうです。
番組では、出口さんの指揮で「ウィリアム・テル序曲」が演奏されました。テレビ画面のテロップには、「華やかなファンファーレ!パリジャンの好みにドストライクです!」「遠くから行進してくる騎馬隊。特徴的なリズムは馬の足音です!」など、音楽の場面に応じて解説が流れていました。華やかという言葉がぴったりな音楽で、この1曲でその場がとても盛り上がる作品でした。舞台の端で聴いていた司会者も、満面の笑顔で拍手を送っていました。「グランドオペラの序曲というだけあって、華やか!」と感想を話しますと、出口さんも「派手という感じですね」と答えていました。
パリだからこそ生まれた名曲、第2曲目では、ストラヴィンスキー作曲のバレエ「火の鳥」より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」が紹介されました。どんどん新しい音楽表現に挑戦していったところが、パリらしさを表しているのだそうです。
当時、世界中から芸術家が集まり、切磋琢磨して新しい文化が作られていきましたが、その中でも特出していたのがロシアの総合芸術プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフでした。パリでロシアのバレエ団「バレエ・リュス」を旗揚げし、芸術家たちに音楽や舞台美術、衣装などを依頼して最先端の芸術を取り込んでいました。マティスやピカソなど、有名な芸術家もかかわっていたそうです。そのディアギレフが、駆け出しの作曲家だったストラヴィンスキーに作曲を依頼して生み出された音楽が、この曲です。
出口さんは、新しい音楽表現の具体例として、最初にティンパニの演奏方法を挙げました。ティンパニは、通常、先端をフェルトに包まれたバチで叩いて演奏しますが、木のバチで叩くように楽譜上に指示がされているのだそうです。とても斬新ですね。番組では、フェルトのバチを使用した時の音と、木のバチを使用した時の音を比較していました。フェルトのバチは、音が柔らかく角のない丸い感じの音になり、木のバチは、はっきりとしたインパクトのある音になっていました。出口さん曰く、「木のバチを使用した音は、原始的で野蛮な響きがしますよね」と解説をされていました。
続けて、トロンボーンを挙げました。「火の鳥」の中では、滑らかにスライドさせて音を出すグリッサンド奏法が使われています。当時は、とても珍しい演奏方法で、凶悪な踊りの中で、グロテスクな雰囲気を表現しています。番組で演奏されましたが、「ティンパニの画期的な響きに乗って、魔王と手下の凶悪なテーマが管楽器に現れます」「曲の始まりから、かつてないほど鮮やかで緊張感あふれる音楽!さすが当時の最先端!」というテロップも流れていました。指揮者自らの解説を、演奏を聴きながら見ることができるのはテレビ番組ならではで良いと思いました。演奏後に、「激しかったけれど、凶悪でしたよね~」と司会者と出口さんが感想を話していましたが、とても斬新な音楽という事がよく伝わってきました。
パリだからこそ生まれた名曲、第3曲目では、ガーシュイン作曲の「パリのアメリカ人」が紹介されました。「ラプソディー・イン・ブルー」という作品で有名なガーシュインですが、音楽を学ぶためにパリを訪れた時に、パリの街に魅了されて、この曲を作りました。ガーシュインが、パリで実際に耳にした音をそのまま曲に使っているところが、パリでなければならなかった理由なのだそうです。
当時パリで流行した歌「ラ・ソレーラ」のメロディーがそのまま使用され、パリの街を走っていた車のクラクションのような音も使用したり、パリで作成して特許を取ったサクソフォンも使用しました。そのため、1920年代のアメリカ人から観たパリの街を表現した曲という事なのだそうです。
オーケストラの演奏と同時にテロップでは、「小洒落たパリの街を散歩しているガーシュイン。どこからか「ラ・ソレーラ」の鼻歌が聞こえてきます」「タクシーにクラクションを鳴らされるガーシュイン!」「パリの街のあまりの喧騒に、路地裏に逃げ込んでいきます」「トランペットのソロによる哀愁漂うブルースのメロディー。故郷のアメリカを思い出しています」などの解説が流れ、その光景が本当に見えるかのごとく音楽が作られていることがよくわかり、とても楽しく感じました。
ホールに足を運んで、生演奏ならではの迫力や雰囲気を楽しむことが音楽の醍醐味だと思いますが、テレビ番組では音楽を聴きながら同時に演奏の解説を見ることができたり、演奏者のアップが見れたりと別の楽しみ方もあります。初めて聴く音楽だったり、お子様などは、このような音楽の聴き方の方が、わかりやすくて興味が持ちやすいのかもしれません。
パリのオリンピックも開催中ですし、次回の「題名のない音楽会」でも引き続きパリを特集するそうですので、まだまだパリとの関わりは続くようですね。
(この記事は、2024年7月22日に配信しました第402号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」という本のお話です。
各地で梅雨も明け始め、本格的な夏になりました。パリ・オリンピックの開会も、刻々と近づいていますね。
スポーツの世界ではオリンピック、物理や化学、医学などではノーベル賞、音楽や美術などではコンクールと優れた個人や作品を表彰する制度があります。文学の世界では、先程のノーベル賞のほか、日本国内では芥川賞や直木賞、もっと一般的なものでは本屋大賞などもあります。
昨年、書籍の中でもクラシックやポップスなど、世界の様々な音楽をテーマにした書籍を表彰する「音楽本大賞」というものが創設されました。そして、先日第2回の受賞作が発表されましたが、大賞に選ばれたのが、「ミュージック・ヒストリオグラフィー」です。
音楽史をテーマに、学校の理科室に科学者の肖像画はほとんどないのに、なぜ音楽室にベートーヴェンなどの肖像画が掲げられているのかなど、身近な疑問を取り上げたり、歴史上の人物が西洋の白人男性に偏重している点に着目して、ジェンダーや人種の問題にも迫り、音楽の新たな可能性を切り開いた点が評価されたそうです。
本の帯には、「音楽史学で読み解く、まったく新しい音楽史の世界!」「なぜ、音楽史はこんなに珍妙でケッタイなものになっているのか?」「音楽史は演奏の役に立つのか?」など、気になる文言ばかりでしたので早速読んでみました。
3部構成になっていて、パート1では、これまでの音楽史が持っていた問題点。パート2では、音楽史の書き方から問題が起きた背景。パート3では、音楽史の将来について書かれています。それぞれの項目を見てみると、「ちっともロマンティックではないロマン派」「ヒットチャートを駆け抜けたお坊さんのお経」「嘘とジョークの音楽史」など、気になるものばかりでした。
その中でも最初に書かれている、「なぜ、音楽室には作曲家の肖像画あるの?」は、当たり前で疑問にすら感じていなかったことを、まずは再認識しました。言われてみますと、先程も書きましたが、理科室に科学者の肖像画がないどころか、同じ芸術である美術室にもレオナルド・ダ・ビンチやゴッホ、ルノアール、葛飾北斎などの肖像画は一枚もありません。かなり特殊なことだったのですね。
学校の音楽室に作曲家の肖像画がある理由は、楽器販売会社が、学校へ楽器を販売するときのおまけとして作曲家の肖像画を集めたものをカレンダーとして配布したことがきっかけだそうです。しかし、そもそも作曲家の肖像画がたくさん描かれた理由は、歴史的にみると画家などの肖像画にはなかった役割があったそうです。
人に好きな楽曲を説明する場合、その音楽がどのような音色だったのか、どのような作曲技法によって書かれたのかなど、音楽そのものを言葉で説明することは、かなり難しいものです。そのため、「まあ一度聴いてみて」と音源そのものを紹介して終わることが多いように思います。
画家の作品のように、見ることもできませんし(音楽の訓練を積むと、楽譜を見ると頭の中で音が鳴るので理解できますが)、文学作品のように読むこともできません。そのため、作曲家の人となりについて書き、その人物のイメージをつかむために肖像画を描いて、音楽の代わりに語っていたのだそうです。そう言われてみますと、描かれている作曲家のほとんどは、きりっとした少し凛々しい雰囲気を醸し出しつつ、J.S.バッハは、少し厳しそうな肖像画なので、「きっちりした音楽なのかな」とか、モーツァルトは、宮廷の貴族のような服装をしていて明るい表情の肖像画なので、「上品で華やかな明るい音楽なのかな」とか、ベートーヴェンは、髪の毛がぐしゃぐしゃで怖い顔つきをしている肖像画なので、「激しい音楽なのかな」と何となく感じていたものです。
音楽家の初めての肖像画は、吟遊詩人という現在のシンガー・ソング・ライターがモデルだったそうです。フィドルという弦楽器を持つ人物画で、当時の絵画スタイルなので仕方がないのかもしれませんが、かなり変形して描かれているそうです。その後、いろいろな音楽家の肖像画が描かれてきましたが、信憑性が疑わしいものもかなりあるそうです。この本の中には、肖像画の図が掲載されていて、「確実に〇〇(作曲家の名前)」「たぶん〇〇」「確実に〇〇ではない」と具体的に書かれています。どれも似通っていますが、別人もいて驚きました。
他にも、音楽室の一番最初に飾られていたであろうヴィヴァルディの肖像画についても書かれていました。ヴィヴァルディは「四季」で有名な作曲家ですが、見慣れている肖像画は本人なのか、かなり眉唾ものなのだそうです。当時、「四季」を出版したときに、銅版画家によりヴィヴァルディ像が挿絵として使われたそうです。その服装が、音楽室に飾られていた肖像画と大変似ていたということで、おそらくヴィヴァルディだと推測されたそうなのです。服装がかなり似ていただけで、ヴィヴァルディ本人と言ってしまっていたとは驚きですね。
また、このヴィヴァルディを描いた銅版画を鏡写しに反転したものが、中世の別の作曲家マショーの肖像画だとして、一時期英語版のウィキペディアに掲載されてしまっていたそうです。ヴィヴァルディもマショーも、この事実を知ったらびっくりするに違いありません。
ちなみに、18世紀後期以降は、特定の音楽家をモデルに肖像画を描いたことが明確にされているので信憑性が上がるそうです。それまでの時代の作曲家は、文化人として尊敬されず、ブラック企業のサラリーマンのような立場でしたが、17世紀以降は作曲家のステータスが上がり、18世紀には文化人として社会に認知されるまでになっていったそうです。例えば、イギリスでは劇場のホワイエ(人々が団らんする場所)に、「イングランドが生んだ天才たち」と銘打って、シェークスピアなどと共に音楽家のパーセルの肖像画が飾られていたそうです。シェークスピアと肩を並べるまでになったとは、音楽家の地位も以前とは比べ物にならないほど向上したのですね。そして、19世紀になり、より社会的に認知されるようになりますと、音楽家の肖像画もますます重要になっていったのだそうです。
肖像画の重要性が強いのは、近年のポピュラー音楽のように、音楽だけではなくアーティストが前面に出て、ルックスなども全て込みで売るという事とは、かなり違うようです。肖像画は、たいてい若い頃の姿ではなく中高年の姿なので、ルックスも使って音楽を売るのではなく、ステータスや権威を強調して、いかに立派な音楽家であったのかを手っ取り早く表現し、楽曲の素晴らしさを伝えようとするものだったと書かれています。学校の音楽室で当たり前のように飾れていた肖像画ですが、音楽家の肖像画にこの様な歴史的な背景があったとは思いもよらず、とても驚きました。
ちなみに、この本はそれぞれの単元が長くなく、エッセイのようなとても読みやすい文章で書かれていますので、スルスルと読めてしまうことも特徴の一つかなと思います。また巻末には、世界史と音楽史、日本史の年表が一つにまとめられているので、例えばパレストリーナが最初のミサ曲を出版した年の4年後に、イングランドではエリザベス1世が即位して、日本では5年前にザビエルがキリスト教を伝えていたという事がわかるようになっています。
本格的な夏到来で猛暑どころが酷暑となっていますので、休日にエアコンの効いた涼しい室内で、この本を読んでみるのも良いかもしれません。
(この記事は、2024年7月8日に配信しました第401号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、嫌われている大作曲家のお話です。
毎週土曜日に放送されている「題名のない音楽会」で、「嫌われている大作曲家を特集!」とありましたので見てみました。好きな作曲家ですと、モーツァルトやショパンなどと答える方が多そうですが、苦手な作曲家は、聞かれること自体ありませんし思い当たる作曲家もいないので、かえって興味をそそられました。
さて、誰の事かというと、ブルックナーでした。
ヨーゼフ・アントン・ブルックナーは、オーストリアの作曲家で、交響曲ばかりを作曲していましたから、ピアノを弾いている方には馴染みが少ないかもしれません。番組では、いきなり「苦手な作曲家ランキング」を紹介していましたが、音楽雑誌で大変有名な音楽の友社が2011年、2014年、2018年、2021年と4回の調査を行い、常にトップ2にブルックナーが入っていたのだそうです。
「常に上位にランクイン!」とのアナウンスも入り、いかにブルックナーが好まれていないのかを紹介していました。しかし、一方で、近年ブルックナーの曲は演奏会で取り上げられる事も急増しているそうで、実は今では大人気の作曲家でもあるようです。こうなりますと、人気なのか苦手なのか矛盾していて、ますます興味を持ってしまいました。
ブルックナーは、今年生誕200年を迎えた作曲家で、世界中でお祭りムードになっているようです。番組では、ブルックナーをこよなく愛する指揮者として、沼尻竜典さんがゲストとして参加されました。沼尻さん曰く、ブルックナーは、最近コンサートで演奏されることが多く、お客様もたくさん来てくださるようになり、ブルックナーの熱狂的なファンは「ブルヲタ」とも呼ばれているそうです。
この「ブルヲタ」の特徴として、男性ファンが多く、一人で鑑賞するそうです。コンサートでは、男性トイレに行列ができ、「ブルックナー行列」と呼ばれているのだそうです。司会者が、「本当ですか~?」と聞き、オーケストラのメンバーはクスクス笑っていましたが、沼尻さんは真面目な顔で話をしていて、本当なのか冗談なのか判断が難しいですね。
「なぜ、人気者なのに苦手な人が多いのか?」という質問に、沼尻さんは大きく3つの理由があると説明していました。
その1として、「メロディーが口ずさめない!」と話した瞬間に、会場もオーケストラのメンバーも噴き出して笑い声をあげていました。「例えば、ベートーヴェンの第9(交響曲第9番)だと、♯ファ~ソララソ♯ファミレ…と歌いながら今日のコンサートは良かったなあと思いながらお家に帰るわけですけれど、ブルックナーは、そういう感じではないんですよね。音楽を聴いていただいて、口ずさめるのかどうか、お客様に判断して頂いた方が良いかと…」と言って、ブルックナーの交響曲第5番の演奏が少し披露されました。
司会者が、「ほほほ…」と少し困ったようなリアクションをして、「確かに、これは口ずさめないです」と感想を話しますと、「これは、跳躍進行と言って、隣の音より離れた音に飛んで進行するので、人間の声ではコントロールできないところまで音が飛んでいて、音域が広いので、オーケストラだけにしかできない音域のサウンドが楽しめるという事なんですね」と解説をしていました。
その2として、「音楽が重い!」を挙げていました。オーケストラの編成も多く、たくさんの楽器によって音の厚み・音圧がでます。オーケストラの全楽器が同じメロディーを演奏して、重厚感を増す効果があり、ブルックナー・ユニゾンと呼ぶのだそうです。重くないとブルックナーじゃないとも言われているそうで、「アドレナリンが出るんです!」とも話されていました。
番組では、実際にオーケストラが少し演奏をしていましたが、沼尻さんが「かっこいいでしょ!」と話していて、「音圧が、ぐわ~っとくるわけですよ。その後に休みがあったでしょ。それを、ブルックナー休止って言うんです」と続けて話していました。全部の楽器が演奏を休止して、音量や音圧にメリハリを出して、余韻を味わうのだそうです。「だんだん、ブルックナーが好きになってきたでしょ?」と司会者に問いかけていました。他にも、トレモロという、全部の弦楽器が弓を短く反復する演奏で、重厚感を増す効果があるということも紹介をしていました。「みんなで、うわああ~っと、弓を素早く反復して動かして演奏していますけれど、疲れるんですか?」と司会者が演奏後の客員コンサートマスターに聞きますと、「いや~、もう痛いです。人生の中でも指折りの痛みだと思います」と大真面目に答えていました。「一番疲れた頃に、弦楽器のトレモロをやらなきゃならないんです」と沼尻さんも話していて、ブルックナーは演奏者にとって大変ハードな曲を書いているのだなあと思いました。
その3として、「曲が長すぎる!」を挙げていて、司会者も会場の聴衆も思わず声を上げて笑っていました。ブルックナーの交響曲は、1曲で約60分から80分くらいかかるそうで、あまりに長いため、後に削って改訂した曲もあるのだそうです。「なんで、ブルックナーの曲って、長いものばっかりなんでしょうね」と司会者が質問しますと、「曲を作っているうちに、長くなっちゃうんじゃないかと思うんですけれど、例えば、サグラダファミリアやケルン大聖堂なども何百年かけて作られたらしいですけれど、材料を積み上げていくうちに、どんどん長くなってしまったんじゃないかと。それから、緩徐楽章というゆっくりなテンポの楽章があって、これが長いんです。例えば1小節演奏するのに、5、6秒かかるわけですから、8小節演奏すると50秒とかかかるわけです」と沼尻さんが説明しますと、司会者が苦笑した後に、ハッとした顔をして「8小節で?? 50秒?? これは聴いてみたいですね」と話して演奏が始まりました。
「美しい曲じゃないですか。大型客船に乗って、す~っと航海しているようなそんなイメージもありましたけれど、眠くなりそうなテンポ感ですね」と司会者が感想を話しますと、「いつまでも釣り糸を垂らして、いつお魚が来るんだろうって思いながら、私は今、海と繋がっているんだと言う釣り人のような心境ですね」「悟りの境地みたいになってきましたね」と会話が続き、会場のお客さんからも笑いが起こっていました。
「ブルックナー自身は、苦手だと言われている事を聞いたら、どう思うのでしょうね」と司会者が聞きますと、「いや、なんとも思わないでしょうね」と沼尻さんが即答していて少し驚きました。司会者も、「本当ですか?」と不思議そうに聞きますと、「だって、別にお客さんのために曲を作っている訳ではないんです」「えっ?じゃあ誰のために…?」と司会者が聞きますと、即座に「神様。神様のために曲を書くわけですから、先程の跳躍進行は、教会の屋根が空に向かって真っすぐ伸びているでしょ。それと同じように、音楽も出来るだけ神様のところに近づきたいから、3オクターブも音が跳躍しちゃうわけです。また、ブルックナー自身はオルガニストでした。なのでオルガンの重厚な音がぶわ~んとなるんです」と沼尻さんが解説をしていました。
ブルックナーは、幼少時から教会のオルガンで、オルガニストだった父親から音楽の手ほどきを受け、その後オーストリアのリンツ大聖堂の専属オルガニストとして活動をしていました。そのため、ブルックナーが作る音楽も、オルガンの重厚な音をイメージしているのだそうです。
ブルックナーの作った曲が長いという理由も、人間の叡智を超えた神へ捧げる曲だからなのだそうです。また、ブルックナー休止も、音を切った時に、教会でオルガンを演奏すると残響が7~10秒ほどあるので、教会のオルガンの残響をイメージしているというお話もされていました。
実際にブルックナーの演奏をたくさんされている指揮者の解説を聞きますと、ブルックナーの音楽の神髄を解き明かしてくれたようで大変勉強になりました。「段々クセになる」「1度はまると抜けられない」と言われているブルックナーの音楽を、たっぷり時間をかけて聴いてみたいものです。
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