(この記事は、2021年3月1日に配信しました第317号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、自らチェロを製作して演奏する14歳の少年のお話です。
先日、「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」というテレビ番組を見ました。毎週放送されている番組で、好奇心旺盛にして大人顔負けの知識を身に付けた子供を「博士ちゃん」と呼び、サンドウィッチマンのお二人と芦田愛菜さんが解説やコメントをするというものです。
博士ちゃんがスタジオで授業をする形式が定番のようですが、「博士ちゃん検定」という新企画が始まり、ある分野でプロを目指すお子さんが、その道のプロに会って現在の評価を受ける番組になっていました。
今回は、チェロが好きでコンクールの全国大会に出場するほどの実力がある14歳の少年が登場しました。この少年は、将来チェリストを目指しつつも、自分で楽器のチェロを製作しています。今回は、自分で製作したチェロを演奏して、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんに聴いてもらうという企画です。
葉加瀬さんは、ヴァイオリニストでありますが、「情熱大陸」などの名作も生み出し、もはや音楽家と紹介した方がよいほど幅広く活躍されています。実力もさることながら、いつもにこやかで人懐っこい笑顔とユニークなキャラクターで、バラエティ番組でも人気がありますね。
この14歳の少年は、チェロの演奏で全国大会に進むほどの実力ですが、演奏だけでなく、自らチェロを製作して演奏してみたいという気持ちが芽生え、楽器職人に弟子入りしました。そして、わずか半年で本当にチェロを作ってしまったのです。師匠も、凄いと絶賛しギネス記録に残るのではないかと話していました。サンドウィッチマンのお二人は、「チェロって作れるの?」と誰もが思う感想を口にし、芦田さんは「すごい…」とつぶやき、少年にくぎ付けという感じでした。
チェロが完成しますと、この楽器を使って演奏し、一流の音楽家に聴いてもらいたいと思うようになり、今回の企画となりました。少年は、「忖度なしで」と何回も話していて、ご自身の自信と本気度を強く感じました。
葉加瀬さんは、少年が自らチェロを製作した事に興味津々な様子で、楽器製作の話や好きな音楽家などいろいろと聞いていました。
「好きなチェリストは?」という質問に、少年はチェリストの堤剛さんの名前を挙げ、「好きな音楽家は?」という質問に、「バッハ。彼の音楽に宇宙を感じて、神だと思う」と答えていました。「好きなチェリストに、真っ先に堤先生の名前を挙げるなんて渋いね~」と、葉加瀬さんもすっかり感心している様子でした。
楽器製作の話では、ニスを塗る前の白木の状態のチェロを弾いたときの話をしていました。弦楽器のあのツヤツヤした光沢は、ニスを塗っているからですが、見た目の美しさだけでなく、材料である木の湿気や乾燥、腐食を防ぐためのものでもあります。ニスを塗る前に演奏してみると、音が散ってしまうと話していました。ニスを塗ることで音がまとまり、「f字孔」というFの字の形をした空洞部分から楽器全体で響いた音が出てくるのだそうです。
葉加瀬さんは、ニスを塗った楽器しか演奏したことがないから、製作者ならではの体験ですよねと羨ましそうに話していました。
少年が、ケースから自ら製作した楽器を取り出すと、葉加瀬さんは、食い入るように、いろいろな角度から楽器を細かく観察していました。「良い楽器とは音が良いだけでなく、ずっと眺めていたくなるほどの美しさがある」「楽器を見るだけで、どんな音色が出てくるのかわかる」と葉加瀬さん自身が解説されていましたが、確かに(テレビ越しに見る限り)、とても丁寧に作られていて形がきれいに思いました。葉加瀬さんも、「フォルム(形)が良い」と褒めていました。
そして、葉加瀬さんの発案でレッスンが始まりました。
最初の音を出した瞬間に、すぐに葉加瀬さんはストップをかけ、「旅立ちの心の準備ができていない」と忖度なしのアドバイスをしていました。とても分かりやすい表現ですし、私も常々同じような指摘をされるので、その大切さを改めて感じました。
番組のコーナーの最後には、プロのジャッジがあります。星の数で評価するのですが、星ゼロはまだまだアマチュア、星1つはもっと頑張ればプロ、星2つはこのまま続ければプロ、星3つは即プロに通用するレベルとなっています。
ジャッジ前に、少年は星1つ付けば嬉しいと話していましたが、星1つ半という評価になり、嬉しそうな様子でした。「14歳が作ったというだけなら星3つ。純粋に忖度なしで言うと、ボディの作りはほぼ完璧で、f字孔のサイズや作りなど細部の造形美が今後の課題」と指摘していました。
既に恐るべき情熱と才能に溢れていますが、5年10年と経験を積んでいった先に、どのような楽器を生み出すのか大変楽しみに思いました。葉加瀬さんも、「面白い男だ」と絶賛していましたので、今後も大注目という事は間違いなさそうですね。
(この記事は、2021年2月15日に配信しました第316号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、音大生の生態のお話です。
漫画家・コラムニストの「辛酸なめ子」さんの本を読んでみました。「愛すべき音大生の生態」という本です。辛酸なめ子さんは、皇室から恋愛、スピリチュアルなど幅広い分野で本を執筆されていていますが、音大生をテーマにした本も書かれているのですね。
私もかつては音大生でしたが、卒業してからだいぶ月日が経ち、母校には、新しい学部ができたり、ピアノ科などの募集人数も変わり、校舎も新しくなりました。最近の音大生は、どうなっているのかと気になっていました。
辛酸なめ子さん自身も音大付属の幼稚園に通っていたようですが、この本は、3年近くも時間をかけて、いろいろな音楽大学を取材して書かれたものです。
第1章の音大生の話では、音大とはどういうところなのか、東京近郊の音大が紹介されています。
昨今、音大も学生集めが大変なようで、ピアノ科、ヴァイオリン科のように専門の楽器を勉強する学科だけでなく、音楽文化教育学科やミュージックリベラルアーツ専攻、アートマネジメントなどのように音楽だけではない総合カリキュラムを学ぶ学科も登場しています。
第2章では、音大のイベントについて書かれていました。学園祭や公開レッスンなど3つのイベントを通して、音大を知ろうというものです。
学園祭は、ホールやスタジオ、各教室、野外のいたるところでジャズやガムラン(インドネシアの民族音楽)、オペラ、室内楽など殆どプロのような音楽が無料で聴き放題、お客さんも十分楽しめるお祭りと書かれていました。
多くの音大では、気軽に学園祭へ行って楽しめますが、芸大(東京芸術大学)は厳正な抽選に当たらないと演奏が聴けないしくみです。なかなか当たらないようで、芸大に入るより難しいのではとぼやいている人もいたと書かれていました。以前、テレビで芸大の学園祭(芸祭)を見たことがありますが、美術科と一緒になって作品を作ったり、とても盛り上がっている様子でした。コロナが落ち着いて、一般にも見学が可能になったら、一度は行ってみたいと改めて思いました。
公開レッスンは、音大ならではのものです。普段は個人レッスンなので、他の方のレッスンの様子を見ることはできないですし、自分が習っていない先生のレッスンを見ることもできませんが、スタジオやホールなどで、みんなの前で特別にレッスンが行われます。教授や外部の演奏家、海外の音大教授などが来日して、公開レッスンを開くこともあります。
この本では、指導役の演奏家が、的確に慈愛に満ちた笑顔で、また時には自分の体を実験台にして触らせることも厭わない白熱のレッスンで、素人でも分かるような神がかったアドバイスに釘づけだったと書かれています。
私が以前見たヴァイオリンの公開レッスンでは、レッスンの初めに一曲通して演奏をするのですが、演奏が始まって少し経つと、指導役の演奏家がさっと舞台から降りて客席に座り、じっと演奏に耳を傾けていました。そして、演奏が終わると立ち上がって笑顔で「ブラボー」と声をあげて拍手していて、びっくりしました。もちろん、その後レッスンが始まるのですが、とてもフランクで笑いもあり、聴講していてとても楽しいものでした。ちなみに、この時の生徒は、卒業後プロのオーケストラのコンサートマスターに抜擢されていました。
卒業演奏会も、音大ならではのイベントです。卒業試験の演奏で優秀な成績を修めた学生たちのコンサートで、ほとんど無料で聴くことができます。この本では、どの演奏も昔の曲なのに前衛的で、大衆に受け入れられるクラシックとはレベルが違っていたと書かれています。知らない曲ばかりで、素人には不協和音にしか聞こえないような複雑な和音、メロディーもどこにあるのかわからず、キャッチ─なサビもなく、難解な曲を暗譜で弾きこなす音大生は、コンビニのチョコと有名パティシエの高級ショコラほどの違いがありそうだと例えていました。
ちなみに、モーツァルトやベートーベンなどの分かりやすいメロディーやキャチーなサビがある音楽は、一部の曲を除いて卒業演奏ではまず選ばれません。というのも、曲がシンプルで、テクニックも比較的容易なので、高得点が取りにくいからです。実際、モーツァルトを弾きたかったのに先生に反対されて、泣く泣く違う曲に変えたという友人もいました。
第3章では、音大生の不思議な日常がテーマになっています。
音大生のイメージは、声楽科の女子は華やかで、楽器の人はカジュアルとか、だまって息をしているだけならいいけれど、よく見ると動きがおかしいとか、男子学生も、変わっている人が多くて一人でディズニーに行くとか、水族館の年間パスポートを持っていて一人で年間百何十回通っているとか…。専攻の楽器や科によって、キャラクターが異なり、指揮科は変なTシャツを着ていたり、歩きながら手を振っているので(練習している?)、よく職務質問されるとか、声楽科は、声種によってもキャラクターが異なっていて、主役体質だったり、何となく褒めておけば調子に乗るとか、様々な話が書かれていました。
確かに、私が通っていた時も、走り格好が妙に不器用そうだったり、ピアノ科の男子学生が円陣を組んでカップラーメンをすすっていたり、芸人さんさながらの全身黄色のスーツを着ている人などがいましたから、昔も今も学生のキャラクターは変わらないのかもしれません。
音大生がよく使う隠語や必需品などについても書かれていました。「なにもんか?」という隠語?は、「何門下」、つまり、どの先生の生徒(門下生)なのかを尋ねるときのフレーズです。そこから話が広がることも多いのですね。
必需品については、声楽科はみんなが龍角散の「のど飴」を持ち歩いています。やはり喉に良いらしいですね。ピアノ科の学生にとっては、爪切りや製本テープ(楽譜を貼るテープ)、楽譜が入るサイズの大きめのカバンは必需品になると思いますが、音大を卒業してもよく持ち歩いています。
音大の潜入ルポや音大生の光と闇、未来などについても取り上げられていました。
最後には、音大生が想像以上にストイックで厳しい世界に生きていて、普通の大学生のように遊ぶ暇はなく、日々練習して学費捻出のバイトに明け暮れ、精神的にも自立していて、一人でも群れたりせず、音楽と向き合っているという感想が書かれていました。
ありそうでなかった本なので、音大生の生活や実態に興味がある方にはおススメです。
(この記事は、2021年2月1日に配信しました第315号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回の「たのしい音楽小話」は、バッハの職人気質のお話です。
先日、「ららら♪クラシック」というテレビ番組を見ました。司会を務める俳優の高橋克典さんが、作曲家でピアニストの加藤昌則さんをゲストに迎えて、バッハの面白さを楽譜の中から読み解くという番組です。
楽譜の中に、バッハの職人気質が表れているというのです。
番組では、洗練された技術が楽譜に現れている「卓越した技術」、次の世代に技術を伝えるべく楽譜にメッセーズが込められている「技術の伝承」、手を抜かずにこだわりぬいて作曲する「こだわりぬく姿勢」の3つキーワードで解説をしていました。
高橋さんが、「興味深いですね。楽譜から作曲家の気質まで読み取ることができるか?」と発言されると、作曲家の加藤さんが、「楽譜だからこそ、読み取れるのです。楽譜を読めない方も、デザインのように楽譜を見ていただいて、感じていただけたら」と話します。
最初に、「卓越した技術」の解説ですが、一枚の肖像画を紹介していました。バッハの肖像画では大変有名な絵画で、バッハはボタンのたくさん付いた黒いジャケットを着て、右手に楽譜を持っています。
こちらのサイトで、この肖像画を確認できます。
バッハは、1747年 音楽家たちのコミュニティである「音楽学術協会」に入会しようと決意します。そこには、当時ヨーロッパの音楽文化をけん引していたテレマンやヘンデルが所属していました。超エリートしか入会が許されず、音楽家として名声があり、なおかつ音楽の根本的な理論に通じている必要がありました。入会するには、作曲した楽譜を提出する必要がありましたが、バッハは、自身が持っている技術をつぎ込んで作曲し、見事に入会が許されます。
この有名な肖像画は、「音楽学術協会」への入会が決まった記念に描かれたものです。手に持っている楽譜は、入会する時に提出した「6声の3重カノン」の楽譜です。五線を3段使用した3パートからなる音楽で、わずか3小節だけの楽譜です。おそらく誰が見ても簡素な感じがする楽譜ですが、これが楽譜の全てで、これだけで完璧な作品なのだそうです。超エリートしか入会できない協会に提出する作品としては、たったこれだけ?という印象しかありません。
番組では、繰り返し記号の付いた2、3小節目のみを、実際に3人で演奏しました。
高橋さんが、「楽譜通りに演奏していたことは分かったのですが、これがスゴイ技術なのですか?」と不思議そうに聞きますと、加藤さんがわかりやすく解説をされました。実際には6人で演奏する曲なので、同じ楽譜をもう一つ用意して縦に並べ、「カノン」という輪唱の曲なので、1小節ずらして置きます。3つの声部(パート)がそれぞれずれてカノン(輪唱)しているので、3重カノンになるのだそうです。
この6人での演奏を実際に聴いた高橋さんが、「聴いたことがあるようなバッハの音楽ですね」と話していましたが、アナウンサーが思わず、「これで完成なんですよね?」と腑に落ちない感じで話していました。加藤さんが、「でも、どうですかね。超エリートしか入れないようなところに、ただコピペして1小節ずらしただけで入れるなら、簡単すぎますよね。僕も入りたいなあ」と話しつつ、楽譜の解説の続きが始まりました。
2、3小節目の音符を裏返しに読んでいき、3人は楽譜通り、残りの3人は楽譜を裏返したように音を読んで演奏しますと、ずっと聴き続けられるような美しい音楽になっていきました。
「肖像画の中に描かれていた楽譜に、こんな秘密があったとは」と、高橋さんも驚かれていました。
「技術の伝承」の解説では、職人が弟子に技を伝えていくように、バッハも技術の伝承に力を入れていたのだそうです。長男のウィリアム・フリーデマンへ、楽譜を使って技術を伝えていました。その一つが、インベンション第1番です。インベンションは、発想という意味で、バッハは「良い音楽の発想を身に着け、それを巧みに展開する手引き」を伝えたかったようです。インベンションで技を身に着けたバッハの息子たちは、それを次の世代に伝えていきました。カールフィリップ・エマヌエル・バッハは、ベートーヴェンに、ヨハン・クリスティアン・バッハは、モーツァルトに伝えていったのだそうです。
バッハは、「音楽を学ぶ人は、まずインベンションを勉強しなさい」と言っていたそうです。インベンションでバッハが行った技術の伝承とは、どのようなものなのか、加藤さんが解説していました。
良い音楽の発想を展開する力とは、分かりやすく話すと、小さな一つのメロディーだけを使って曲全体を作ってしまう事なのだそでうす。
インベンション第1番の楽譜を見ますと、冒頭部分に16分休符の後、16分音符でドレミファレミドが書かれていて、これこそがバッハが伝えようとしていた発想なのだそうです。このたった7つの音のフレーズが、この曲全体を支配しているという話をしますと、「これだけを?全体を?」と疑問の声が上がっていました。
番組では、この箇所全てにチェックが入った楽譜を写していましたが、実に37回も出てきています。22小節の曲の中に、小節数よりも多くの同じ形のフレーズが出てきているなんて、凄い技ですね。この限られた一つの素材だけで、音楽を作っていく事の素晴らしさを、バッハは伝えたかったのです。それは、今でもピアノや作曲の勉強としても使われています。いかに、バッハが技術の伝承を大切にしていたかがわかりますね。
次は、「こだわりぬく姿勢」の話です。バッハは、38歳の時に教会の音楽監督に就任しました。信心深いバッハは、自分の音楽によって神を身近に感じ、そして、音楽を心から楽しんでほしいと思っていました。そして、30分もの長さの教会カンタータを、週に1回の礼拝に合わせて、新しく作り直していました。たいていは、型にはめて簡単に作り、練習して歌うようですが、バッハはそれでは満足せず、常に全力投球で新しいサウンドや新しい組み合わせを試しました。それが自分の義務でもあり、そしてチャンスでもあると考えていたようです。弟子たちのレッスン、音楽学校の授業、礼拝のリハーサルと多忙を極めていましたが、個性あふれるカンタータを作曲し続けました。
番組では、バッハの一番有名なカンタータである147番のカンタータ「主よ、人の望みの喜びよ」を紹介していました。まずは、元の讃美歌を一節演奏します。「まあ、これだけでも美しいですけれど、賛美歌っていうだけの音楽ですよね」という感想の後に、解説が続きました。
元々の讃美歌のフレーズと同じタイミングで、バッハは新しいフレーズを付け加えていて、とてもカラフルで華やかな音楽に様変わりしています。それだけではなく、また同じタイミングで、少し動きを加えるような新しいメロディーも作曲しています。このフレーズは、目立つものではなく、いわば隠し味のようなものですが、有るのと無いのとでは雲泥の差があります。このような見えないところにもこだわって、毎週作曲をしていました。
これら全てを同時に演奏すると、元の讃美歌からは考えられないくらい華やかな音楽になり、これを知っていますと、逆に元の讃美歌だけでは物足りなくなってしまいそうです。
バッハの作品は、実際に弾いたことがある方も多いかもしれませんが、このようにじっくりと楽譜を見て、その奥深さを感じることは、意外に少ないかもしれません。楽譜を読む事の大切さを改めて感じました。
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