(この記事は、2024年4月1日に配信しました第394号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、春を迎えたピアノ教室の様子です。
今年の春は、急に寒くなったり夏日さながらの陽気になったりと、気温の変化が激しい気がします。そのためなのか、生徒さんの中には体調を崩してしまった方が何人もいて、心配をしているところです。
お子様の生徒さんは、3学期が終了して春休み真っ最中です。新学期になるとクラス替えがありますので、今のクラスが名残惜しいのかと思いきや、「いや、別に…」と答える生徒さんが多くて、意外に人間関係がさっぱりしているのだなあと思ったりします。新しい出会いの期待の方が大きいのかもしれませんね。
楽しく春休みを過ごしてほしいと思いつつ、ピアノ教室では、3月は発表会の曲決めと練習を始める時期になりますので、そうのんびりとはしていられません。生徒さんご本人に、今年の発表会でどんな曲を弾きたいのかを考えてもらい、生徒さんのご家族の希望と、生徒さんの長所を生かすような曲想やテクニックを踏まえた曲をいくつかご紹介して、音源を聴いていただき、最終的に決めてもらいます。決まらなかった場合は、また新しく数曲を選んでご紹介して、音源を聴いてもらうという事を繰り返す事になります。
生徒さんの中には、発表会の曲選びがご家族の楽しみの一つになっている方もいます。「そろそろ、発表会の曲を決める季節になりましたね。幾つか曲を選んできましたので、ご自宅でYouTubeなどを利用して聴いてみてくださいね。ちなみに、この最初の曲は、〇〇ちゃんがすごく気に入りそうなので聴いてみてくださいね。それで、次回のレッスンで、どの曲が弾きたいのか教えてくださいね」とお話しますと、お母様が「あら~、楽しみね。早速聴いてみましょうね」と生徒さんに話しかけていて、生徒さんがニコニコしながら「うんっ!」と返事をしていました。発表会本番前から、楽しみを共有されている様子が伺えて、素敵だなあと思いました。
翌週のレッスンでは、早速「この前、先生が言っていた最初の曲、すっごく好き。それから一緒に組み合わせて弾くって言っていた曲の方も好き。これにする」と、お返事を頂きました。だいぶ張り切って練習をしていますし、レッスンでは、紛らわしい箇所について曲の作りを一緒に見て、どうやって区別をしていくのか、特にどこを気を付ければ弾けるのかをお話して、一緒に部分練習をしました。曲全体の中で一番難関な箇所を自力で弾けるようになりましたので、1曲目の譜読みもほぼ出来た状態まで進みました。これから2曲目の譜読みも始まりますが、このまま楽しく進めてほしいものです。
別の小学生の生徒さんは、「この曲が弾きたいのですが、いかがでしょう?」とお母様からご連絡を頂きました。どうも、以前どこかでその曲を弾いていた人がいて、弾きたいと思ったそうなのです。私が当初想定していた難易度よりも易しい曲でしたので、譜読みも早く進み、「だいぶ早く曲が仕上がりそうなので、これならもう1曲組み合わせると良さそうですね」と、お母様に話したところ、その場にいた生徒さん本人が「もう1曲弾くのはいや。これだけがいい」とお返事をされていました。お母様も私と同意見でしたので、後日追加をする1曲を選んで、ご紹介することになりました。
その後、どんなお返事になるのかと思っていたのですが、なんと「コンクールを受けてみたいんです」というお話が出てきました。以前からそのような話をされていて、コンクールのご紹介もしたのですが、それから少し経っていましたので、どうされるのかと思っていました。しかも、姉妹揃ってチャレンジしたいとのことでした。その後も、お母様と頻繁に連絡を取って、既に練習をしている発表会の曲、追加の新しい曲、コンクールの曲、普段のテクニックの曲と4曲練習するのは大変なので、コンクールで弾く曲を発表会でも追加の曲として弾くという事になりました。発表会で、コンクールのリハーサルのような事もできるので、場慣れもできそうです。また、ピアノ教室内のオーディションや、他のシーズンに行われる別のコンクールにも挑戦したいとのことで、ピアノに対して大変意欲的で熱心な姿勢にとても驚きました。かなり責任重大になりますが、生徒さんの力を引き上げて、努力が良い結果に結びつくように、気を引き締めてレッスンを行いたいと思っています。
新学年を迎えて新しい学校やクラスに進まれるお子様とは異なり、大人の場合は、明確な区切りが無いのですが、それでも春は何か新しいことを始めようかと思わせる季節のようです。先日も、相次いで大人の方の体験レッスンを行いました。
お一人は、結構なブランクがあるとはいえ、ピアノ歴20年というベテランの方です。20年間もピアノを弾いていた経験がありますから、「以前弾いていた曲は、どんな曲ですか?」とお聞きしますと、ベートーヴェンのソナタやショパンのワルツなど、なかなかの難易度の曲名が挙がりました。ずっとクラシックを弾いてきたので、せっかくまたピアノを弾くなら、今度はポピュラーな曲を弾きたいそうです。「ずっと弾いていない時期があったので、全然弾けなくなっちゃって…」とおっしゃっていましたので、用意しておいた曲のうち、比較的易しいレベルの曲の楽譜を広げて、「このくらいの曲は、弾けそうですか?」とお聞きしました。少し楽譜を見てから、「片手なら弾けそうです」との事なので、弾いていただいたところ、ほぼノーミスで弾けていました。「初見なのに、ほとんど弾けています。凄いですね。左手はいかがでしょう?」とお話をして、今度は左手を弾いていただきました。ヘ音記号で書かれた楽譜を読む事や、左手の指を動かすことに少し苦労される方も珍しくない中、この方はすらすらと弾いていて、またまたびっくりしました。「左手もいいですね。片手ずつは弾けていますから、次はもう両手を合わせて弾くしかないですね」とお話をしますと、ニコッとされながら、かなり順調に弾いていました。
同時に弾く音だけど長さが異なる箇所に、少々ややこしさを感じているようで、少し部分練習をしましたが、あっという間に弾きこなし、気が付けば体験レッスンで3曲ほど弾けるようになっていました。葉加瀬太郎さんの曲が弾きたくて、楽譜も用意して練習をしているそうですが、途中でよくわからないところがあって、その先が進めないとのお話もされていました。レッスンでは、あらかじめ決められたカリキュラムはないので、弾きたい曲だけを1曲レッスンしたり、テクニックの教材と好きな曲という組み合わせ、弾きたい曲を複数レッスンすることも、クラシックとポピュラーの曲を交互に弾くなど、いろいろと自由にレッスンができる事をお話しました。楽譜をお持ちいただければ、よくわからないところのレッスンも可能という事もお話したところ、「あっ、いいですね」とお返事をされていました。1人で弾いていますと、どうしてもよくわからない指使いやリズムなどが出てくる事も多々あり、行き詰ってしまう事もあると思います。レッスンで解消して弾けるようになったら、ピアノを弾く楽しみもまた広がっていくと思いますので、今後も楽しみです。
ちょうど同じタイミングで、他の大人の方も体験レッスンにお見えになりました。レッスンのご要望として、シャンソンが弾きたいと記入されており、ちょっと珍しいと思いました。シャンソンというと一般的には歌なので、シャンソンを歌いたいから声楽科の体験レッスンを受けてみたいという事になると思うのですが、シャンソンをピアノで弾きたいという事は、どういうことなのかと少し不思議に思っていました。体験レッスン当日、ご本人にお話を伺ったところ、既に他の教室でシャンソンのレッスンを受けていたとのことです。しかし、コロナの影響でレッスンが休止となり、やっとレッスンが再開されたところに、先生の体調不良でレッスンが無くなってしまったのだそうです。そこでピアノを習って、弾き歌いなんかもできたらいいなあと思って、体験レッスンを申し込んだとのことでした。ピアノは、少し弾いたことがあるとのことでしたので、易しくアレンジされたシャンソンの名曲をいくつか用意して、様子を見ながら曲を選び体験レッスンを行いました。同じ曲でも難易度が異なる楽譜を用意したので、実際に見ていただき、弾けそうなアレンジの楽譜を見て、メロディーを少し弾いていただきました。選んだ曲がお好みとぴったり合ったようで、「こういう曲が弾きたかったの!」と大喜びで、即入会され、楽譜もその場で注文し、次回のレッスンのお約束もしました。大変良いスタートが切れたようなので、これから進み具合を見ながら、まずは体験レッスンで扱った曲を仕上げていこうかと思っています。
今後、幼稚園生のお子様の体験レッスンも予定されていますので、出会いの春はまだまだ続きそうです。
(この記事は、2024年3月18日に配信しました第393号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、「情熱大陸」というテレビ番組のお話です。
毎週日曜日の夜に放送される「情熱大陸」は、様々な分野で活躍している人々を、密着取材を通して紹介するテレビ番組です。ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さん作曲のテーマ曲が大変有名で、今では小学校の合奏にも使用されるほどの人気なのだそうです。
音楽番組ではないのですが、これまで何人もの演奏家も取り上げていて、大変人気のあるピアニストのフジコ・ヘミングさんも、かつてこの番組に登場していました。リアルタイムで見た覚えがあるのですが、波乱万丈の人生を歩まれ、だからこそなのかもしれませんが、大変奥深く印象強い演奏をされていました。フジコ・ヘミングさんが番組内で演奏していたリスト作曲の「ラ・カンパネラ」も、この番組がきっかけで、今では彼女の代名詞とも言える作品になっています。
また、反田恭平さんも、かつてこの番組に登場され、以前このコーナーでも取り上げた覚えがあります。その後のご活躍は言うまでもなく、ショパン国際ピアノコンクールで、歴代の日本人最高位である第2位を受賞され、瞬く間に世界の一流ピアニストの仲間入りをされました。ピアニストとして活躍するとともに、ジャパンナショナルオーケストラを結成して様々なコンサートを開催し、プロデュースなどもされています。結成して3年目を迎え、チケットは軒並み完売という大変な人気で、大変珍しい株式会社の形態をとっているオーケストラなのですが、既に黒字化しているようで経営手腕も確かなようです。
前回の放送では、ピアニストの亀井聖矢さんが登場しました。満を持しての登場と言うセリフがピッタリな気がします。桐朋学園大学に飛び級入学して、その年に日本音楽コンクール、ピティナ・ピアノコンペティションという日本の若手音楽家たちの登竜門として大変有名な2つのコンクールの両方に優勝されました。演奏家を多く輩出しているトップクラスの音楽大学である桐朋学園大学に史上初の飛び級入学しているだけでも驚きですが、さすがに入学して1年も経たないうちに同時制覇するとは、大学側も想像していなかったのではと思います。この圧倒的な実力は、数々の国際コンクールでも発揮されていますが、2022年にロン=ティボー国際コンクールで優勝されて、知名度を不動のものにされました。
番組は、亀井さんが2年前に語ったという「ピアニストのゴールは、コンクールじゃない」という言葉から始まりました。ストラヴィンスキー作曲の「ペトルーシュカからの3楽章」という難曲を弾く亀井さんの姿は、番組で流れた「憑りつかれたかのように弾きこなす」という言葉そのもので、切れ味鋭い演奏と共に、惹きつけられる魅力を醸し出していました。もちろん番組の一場面なので、演奏もごく一部のみしか流れませんでしたが、おそらく誰もが、その凄さを感じたのではと思います。演奏直後に、会場のあちこちから歓声が沸き、映像を見る限りでは観客全員がスタンディングオベーションという状況になっていました。
これほどの輝かしい活躍をされていますが、ご本人は「いつまでも超絶技巧ばかり弾いていないで、ちゃんと自分の内面とかを含めてピアニストとしての幅をもっともっと深めていきたい」と、にこやかな表情でしたが、冷静な自己分析をされていました。昨年あたりから、ショパンの作品の練習をされているそうですが、「僕にとって、ショパンは凄く難しい作曲家で、全力で気持ちよく弾くと、繊細なショパンのキャパシティをオーバーしてしまうので、今はまだショパンが見つかっていない状態で、自分の中の良いショパン像に出会えるところまで成長できるように頑張ります」ともコメントをされていました。番組では、おそらくショパンと同時期のピアノフォルテでショパンの作品をを演奏している亀井さんが映っていました。素晴らしい演奏でしたが、ご本人はもっと高みを目指しているようです。
昨年、ドイツに移り住んで、200年以上の歴史があるカールスルーエ音楽大学に留学して、日本人ピアニストで教授の児玉桃さんに師事しているそうです。番組では、なかなか普段見ることのできない、ピアニストのレッスン風景の映像も見ることができました。
亀井さんの演奏を聴いた児玉さんは、「ショパンは、センチメンタルに弾こうとしてテンポを揺らしがちだけど、一定のテンポを保って弾いている所は良いと思います」と感想を話しつつ、「顕微鏡で楽譜を見るように、細かく見ていきます」という発言もしていました。児玉さんが、「長いフレーズなので、先に進みたいという気持ちはわかるけれど、進まないで、ショパンの祖国であるポーランドの事を思い(当時はロシアの支配下で、ショパンはフランスに亡命していた)、痛み、凄く寂しい気持ちを思いながら弾く」とアドバイスをしますと、亀井さんは頷きながら、時には児玉さんの顔を見つつ、iPadの楽譜に熱心に書き込みをしていました。「すごくきれいな音なんですけれど、もう少し深くまで行けると思うんですね」「ここまでは深いんですけれど、あとからその魂みたいなものが昇っていくように」という旨のアドバイスもされていて、ピアニストがレッスンを受けると、このような風景になるのだなあと大変興味深く見ました。
番組では、ピアノ以外でのプライベート映像も流れていました。友人の留学仲間とルームシェアをして住んでいる家で、携帯でレシピを見ながら、先程スーパーで買ってきた食材を使い、料理を始める姿も映っていました。ルームシェアしている友人が番組スタッフのインタビューを受けている最中に、亀井さんが若干危なっかしい手つきで食材を切りつつ、「今日、ゴミ出しありがとね」と話しかけて、友人が笑って返事をしていたり、亀井さんが、「僕は、一緒に住んでいてストレスは無いんですけど、どう?」と笑いながらルームシェアしている友人に返事を求めると、友人がニコニコしながら、「(ストレスは)無い、無い!」と答えて2人で笑いあっている姿は、普段の2人の生活ぶりが垣間見えたようで、ほほえましい感じがしました。
「一緒に過ごしていて面白いですね、楽しいし、話も面白いよね」と友人がインタビューに答えると、それを聞いた亀井さんが、「おお~、いいね。もっともっと(言って)」と笑いながら話していたり、パスタ料理を作りながら、「頼む、美味しくなってくれ」と話しながら「最後は、混ぜるで合っているよね?頼む、いい匂いではある」と、コメントも面白くて、亀井さんのユニークなキャラクターもよく伝わってきました。
リトアニアの音楽祭に招かれた亀井さんのリハーサル風景も流れていました。亀井さんがピアノを弾きつつ、不意に演奏を止めて、iPadの楽譜に書き込みをしていましたが、赤や青のペンでの書き込みがたくさんありました。左手の伴奏形の反復練習などもされつつ、また書き込みをしたりで、この日は8時間みっちりと練習をしたそうです。リトアニアでは初演奏だったそうですが、ここでも拍手喝采と次々とスタンディングオベーションも起こり、大好評の様子が映っていました。「完璧だったわ。とても個性的」「演奏の内容が、とても深くて日本の精神が感じられたよ」と聴衆のコメントも紹介されていました。
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団との日本公演の様子も流れていました。リハーサルが短時間しかなく、オーケストラとタイミングが合わず苦悩する亀井さんの姿もありました。「本番のつもりで弾いたけれど、思うように提示しきれなかった。難しい。どういうプロセスが正解なのか、分からない。どうしたらいいんだろうなあ…」と、うつむいて無言になってしまっていて、相当悩んでしまっている様子でした。本番前に、この状態ですとかなり深刻だと思うので、本番の演奏はどうなってしまうのか、番組を見ている私も祈るような気持ちでした。本番の演奏が始まり、オーケストラの前奏の後に、亀井さんのピアノソロ部分が始まりましたが、先程の苦悩に満ちた姿とは打って変って確信を持った演奏をされていて、非常に驚きました。亀井さんの、憑りつかれたかのような表情まで見受けられ、「ホールで聴きたかったなあ」と後悔すら感じるような素晴らしい演奏でした。
演奏後、舞台袖に戻ってくると、水を飲み開口一番「楽しかった!」と晴れやかな顔をされていたところが、とても印象的でした。指揮者も、亀井さんと抱き合って演奏を称えていましたし、「オーケストラをよく聴いて、しっかり反応していたよ。素晴らしかった。このまま進みなさい」と声を掛けていました。亀井さんには、大変嬉しい言葉だったのではないでしょうか。
どこまで極めていくのか、目が離せない若手ピアニストの亀井さんを、これからも大いに注目していきたいものです。
(この記事は、2024年3月4日に配信しました第392号のメールマガジンに掲載されたものです)
今回は、小澤征爾さんのお話です。
指揮者の小澤征爾さんが、2月6日心不全のため88歳で死去されました。クラシック音楽ファンだけではなく、普段クラシック音楽にあまり接点がない方も、小澤さんの死去はニュースで大きく取り上げられたので、ご存知の方も多いと思います。このニュースは、日本だけでなく世界中で報道されたようで、名だたる音楽家の方々が相次いでメッセージを発表していました。その報道を見ますと、改めて小澤征爾さんの偉大さを感じた次第です。
齋藤秀雄に指揮を学び、桐朋学園短期大学を卒業後、24歳でブザンソン国際指揮者コンクールに優勝、カラヤンやバーンスタインの弟子となり、ボストン交響楽団の音楽監督を29年務めつつ、トロント交響楽団やサンフランシスコ交響楽団の音楽監督、タングルウッド音楽祭の音楽監督、師匠である齋藤秀雄の名を冠したサイトウ・キネン・オーケストラやサイトウ・キネン・フェスティバル松本(現在は、セイジ・オザワ松本フェスティバル)の立ち上げ、新日本フィルハーモニー交響楽団の創立もしています。
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の創立100周年記念公演の指揮や、毎年1月に開催されているウィーンフィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートに日本人初として指揮を振ったり、東洋人初としてウィーン国立歌劇場音楽監督にも就任しました。クラシック音楽は、西洋で生まれて花開いたものですが、小澤さんがブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した当時は、東洋人が西洋の音楽を理解し、表現できるわけがないという偏見がまだまだ多くあった時代でした。語りつくせない程の多くのご苦労があったのではと思いますが、それを乗り越えて、こうして世界中の音楽シーンの第一線で活躍し続けたという事は、本当に凄いことだと思います。
ちなみに、新日本フィルハーモニー交響楽団は、音楽家の山本直純さんと共に創立しています。山本直純さんは、小澤さんの3歳年上のようですが、齋藤秀雄の指揮教室で出会った旧知の仲だそうです。まだ若かりし当時、山本さんは、小澤さんに「お前は、世界の頂点を目指せ。俺は、日本で底辺を広げる」と言ったという有名なエピソードがあります。その後、小澤さんは、その通りに世界中で大活躍をし、「世界のオザワ」と呼ばれるまでになりました。ちなみに、山本さんは、10年間程テレビ放送されていた音楽番組「オーケストラがやってきた」の司会から音楽監督を一手に引き受けたり、作曲活動にも力を入れ、映画「男はつらいよ」のテーマ曲、童謡「1年生になったら」「こぶたぬきつねこ」、テレビ番組「8時だよ!全員集合」のテーマ曲などなど、次々と代表作を生み出し、日本国内で音楽を大衆に広めました。おそらく、誰もが聴いたり歌ったことのある音楽だと思います。うろ覚えではありますが、私も小さい頃に「オーケストラがやってきた」の公開録画に行き、黒縁メガネで髭のある陽気なおじさんが、ニコニコしながら話していたり、指揮をしていたことを覚えています。サインをもらったり、赤ちゃんだった妹を抱っこしてくれたそうです。小澤さんに話した通り、日本の音楽界の底辺を広げる活躍をしたのですね。
小澤さんの死去のニュースが世界中を駆け巡り、いろいろなところで追悼の番組や特集が組まれています。先日のニューズウィーク日本版では、「世界が愛した小澤征爾」と大きくタイトルが書かれ、「巨匠・小澤征爾、88年の軌跡」という特集が掲載されていました。小澤さんの師匠であったカラヤンやバーンスタイン、チェロの巨匠ロストポーヴィチとの写真や、小澤さんが指揮をしている写真、山本直純さんとの写真などがたくさん掲載され、その他にも、小澤さんのアルバムの名盤紹介や小澤語録などもありました。
その中で、指揮者の佐渡裕さんのインタビュー記事が目に留まりました。佐渡裕さんは、小澤さんの弟子であり、小澤さんと同じくバーンスタインの弟子でもあります。小澤さんの亡き後、次世代を担う世界的指揮者と言っても良いかと思います。インタビュー記事には、小澤さん(記事では小澤先生と書かれています)の死後初めての演奏が、小澤さんゆかりのホールで、偶然にも葬送の曲だったことや、小澤さんが指揮をした演奏を初めて聴いた時の事、初めて小澤さんの前で指揮をして、振り間違えて落ち込んでいた時に声を掛けられて号泣したこと、ママさんコーラスや高校の吹奏楽の指揮などを掛け持ちしていて、そこそこ収入があると話した際に、「今、親のすねをかじってでも勉強しなきゃ駄目でしょ」と小澤さんに一喝され、全てを辞めて、小澤さんのアドバイス通りに留学した事など、大変興味深いエピソードが満載でした。
かつて、小澤さんがNHK交響楽団のメンバーからボイコットされた時を振り返った小澤さん自身の発言や、佐渡さんがコンクールで優勝してからのアドバイスなどは、弟子から見た小澤さんの人柄が垣間見えるようでした。佐渡さんは、昨年から、小澤さんと山本さんが創立した新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任していて、これも運命だと思ったそうです。師匠である小澤さんへの思いに溢れた記事でした。
小澤さんの活躍は、普段クラシック音楽にあまり接点がない方でも、目にしているかも知れません。1998年の長野オリンピックの開会式で、ベートーヴェンの第9交響曲、通称第9を小澤さんが指揮したわけですが、この時の有名なエピソードがあります。覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、開会式では、航空自衛隊のブルーインパルスが飛行しました。時速600キロで飛ぶブルーインパルスが、第9の演奏後という絶妙なタイミングで聖火台の上から飛ぶことになっていて、練習自体は順調だったそうです。しかし、全体リハーサルになると、開会式の各演目が数分ずつ時間がずれてしまい、ブルーインパルスの到着時刻を正確に決められない問題が発覚しました。この大問題をどうやって解決したのかと言うと、小澤さんの演奏の正確性でした。何回演奏しても、演奏時間が秒単位でいつもピッタリ正確なのです。オリンピック当日は、リハーサルより10分も遅れたそうですが、小澤さんの全くぶれない正確な演奏時間のおかげで、会場到着時刻が予測でき、ブルーインパルスがピッタリのタイミングで飛行できたそうです。凄いの一言ですね。
小澤さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
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