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ヨーロッパ音楽紀行 |

メンデルスゾーンハウスから、少し歩いたところに、シューマンハウスがあります。
ロベルト・シューマンが、クララと結婚して新婚生活を始めた家で、シューマン夫妻は1840年から4年間、この家に住みました。ロベルト・シューマンは、46歳で生涯を終えますが、その晩年は自殺未遂や精神病での隔離など不運な人生を歩みます。この家で過ごした期間は、彼の生涯の中でも幸せな時だったようです。
(BGMを用意しました)
ロベルト・シューマン作曲 子供のためのアルバム Op.68 より No.30 

現在この建物は、シューマンハウスとして公開されていますが、クララ・シューマン小学校にもなっています。 ちょうど、学校が終わって子供達が帰るところでした。


シューマンは、ここで交響曲第1番「春」や、弦楽四重奏、ピアノ協奏曲イ短調などを作曲しました。

シューマン夫妻は、二人とも著名な音楽家で、クララも12歳のときからピアニストとして活躍をしていました。ロベルト・シューマンは、高名なピアノ教師であったフリードリヒ・ヴィークのもとに弟子入りしてピアノを学びますが、クララは、このフリードリヒ・ヴィークの次女です。
このロベルト・シューマンとクララ・シューマンの幼少期からの自画像が展示されていました。


こちらは音楽サロンです。ここで、メンデルスゾーンやフランツ・リスト、ベルリオーズ、ワーグナーらを招き、語り合ったり音楽を演奏したりしました。ここで初演された作品もあるようです。現在でも、コンサート会場として使用されています。

こちらは当時の貴重なピアノのようです。「ヴィルヘルム・ヴィーク製 (1860年)」と書いてありました。年代的には、ロベルト・シューマンが亡くなった後に作られたもののようです。


なお、ヴィルヘルム・ヴィークは、クララの伯父にあたり、ブリュートナーでピアノ作りを学んだようです。今でもこのピアノは、演奏会などで使われています。
とても珍しいロベルト・シューマンとクララが合作したリュッケルトの「恋の春」の出版譜も展示されていました。

こちらも珍しいクララ・シューマンが作曲した自筆楽譜です。結構几帳面に書かれていますね。

シューマンハウスの後は、グラッシィ博物館へ行きました。


このグラッシィ博物館は複合博物館で、民族学博物館、工芸博物館そして楽器博物館から構成されています。特に楽器博物館は、世界最大規模の古楽器コレクションがあります。

今回は、楽器博物館を見学しました。

ここには、非常に変わった古楽器がたくさん展示されています。まずは、楽譜ですが、4段譜に四角い音符が書かれています。

現代では、楽譜は5線譜に丸い音符で書きますが、昔はこのような楽譜が使われていました。クラシック音楽の出発点とされている「グレゴリオ聖歌」も、このような楽譜で書かれています。
昔のチェンバロも多く展示されていました。昔の楽器は、周りの装飾もすばらしいですね。正に、工芸品です。

分解して持ち運べるチェンバロも展示されていました。


他にも、茶卓としても使えるピアノや、お裁縫道具入れにもなるチェンバロなど、斬新なアイデアの楽器が多く展示されていました。チェンバロやピアノという楽器が家具としても認識されていたことが改めて確認できます。


弦楽器もさまざまなものが展示されていましたが、形がどれも少し変わっています。いろいろな試行錯誤の上、現在のような形に落ち着いたのでしょう。

こちらは、自動演奏機能付きのピアノです。

鍵盤がたくさん付いているものもありました。弾くのがかなり難しそうです。

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